きちんとお仕事、伝わるデザイン。
藤井香氏:香工房

藤井香氏

広告やデザインのスキルを高めることはもちろん、社会人としてもビジネスパーソンとしても、普段から積極的に学んでおきたい…。藤井香さんは、積極的に自分を伸ばし、効率的に時間を使い、クライアントに最大の効果をもたらそうと働いている。

かわいく温かなイラストが持ち味

京都教育大学を卒業した後、何度かの転職を経て、2012年10月、グラフィックデザイナーとして独立した藤井香さん。翌年2月に屋号を「香工房」とした。現在、大阪でグラフィックデザインやイラストを中心に精力的に活動している。
メビック扇町WEBサイトの「クリエイティブクラスター」に掲載したのを機に、さまざまなクライアントと出会った。その一つが、大手の転職サイトを運営する企業で、求職者に対して会社の魅力をwebのデザイン画面で表現してほしいと依頼された。この画面の目的は「求職者に応募してもらう」こと。だから、エントリーしやすく、わかりやすいデザインを心がけた。

「私自身の転職や過去に苦しい思いをした会社員時代の経験が生きました。求職者がどんなポイントに魅かれるのか、どこで会社を判断しているかなど、求職者の視点や感覚が体感的に想像できるのです。その企業の魅力を引き出し、どのように見せたらよいかを考えて、デザインで表現しました」
藤井さんのデザインは、かわいい・楽しい・女性向け・リアル…いろいろな表情をイラストで使い分け、手書きや漫画に温かみを感じる。それらが求職者の心に届いたのか、今まで応募が少なかった企業へのエントリーが伸びたことも。ひとつひとつ丁寧な仕事を続けるうちに、「藤井さんのデザインだと、応募人数が上がるなぁ」と評判が広がり、多くの担当者が声をかけてくれるようになった。

「『たくさん応募が来ましたよ』とリアルな反響を聞けると、本当にうれしい。ある企業さんにお仕事をリピートいただき、撮影画像を見ていたら、『この社員さんは以前の藤井さんの画面を見て入社した方ですよ』と。その人の人生を変えるきっかけとして貢献できたのかもしれないとしみじみと感じて…特にうれしい経験でした」


転職サイトのデザイン画面。温かく可愛い手書きのイラストで、求職者の心をつかみ、応募を促す。

クライアントの目的や隠れた想いを聞き取る

藤井さんのモットーは「しっかりヒアリング」「きちんとお仕事」「伝わるデザイン」の3つだ。
まず、企業概要や商材のコンセプト、広告で表現する目的や方向性などを、クライアントにしっかり聞く。
「実を言うと、すべてのクライアントが今、何をしたいと明確になっているわけではありません。だから、おっしゃっていることを丸呑みにハイハイと聞くだけではダメで、やり取りする中で矛盾点や迷いを感じ取ったら、そこを聞き出して掘り下げていきます。そして、必要だと感じた時に、方向性や手法をご提案するようにしています」
しっかりヒアリングしておけば、後々「こんなはずじゃなかった」「ちょっと違う」「やり直してほしい」という、すれ違いやトラブルを減らせる。目標を確認して、完成予想図をはっきり描けていれば、プロジェクト全体はスムーズに進行する。
それがクライアントにとってもデザイナーにとっても、合理的なビジネスのあり方ではないか、と藤井さんは考えている。


素材にこだわった本格米粉クレープのお店のロゴとイメージキャラクターのイラスト。南フランスの女の子をイメージしたキャラクターは、カバンや手鏡などグッズ展開へ。関連して、チラシやメニュー表、HPなども制作した。

タイムマネジメントとスキルアップ

藤井さんはこれまで、締切に遅れたことは一度もない、と言う。段取りを決め、時間管理をしながら仕事に臨み、完成した後に再度見直す時間も含めてスケジューリングする。「きちんとお仕事」というモットーは、プロなら当たり前だと考えている。
もう一つ、自分に課しているのは、社会情勢に目を配り、必要なことや自分に足りないことを勉強し続けること。マーケティング講座を受けたり、労務や法律の知識をつけたり、経済や世界情勢、脳科学、心理…どこかで生かせるだろうと思うテーマは貪欲に学んでいる。
「デザイナーは人にモノを伝える仕事。デザインの知識やスキル以上に、一般常識や社会の幅広い知識が必要な職業だと思っています。また、お客様と同じ目線で社会のさまざまな事象に興味をもっていれば、対話が進めやすくなります」

文具会社から、学習用デスクマットのデザインを依頼された時のことだ。子ども向けの商品には動物柄がよく使われる。藤井さんは子どものころから絵や漫画が好きで、大学時代には環境学コースに在籍し、高校の理科の教員免許をもっている。もともと自然や生物が好きだ。
「昆虫のデザインをする時には、節の数や足の出ている位置などを子どもたちが間違って覚えてしまわないように、昆虫の写真をたくさん見て確かめます。同時に、子どもたちが毎日、目にするものなので、楽しい気持ちになるように、かわいらしくデフォルメして描きました」
デザインは、子どもたちへの愛情であり、教育ともなる。

2年ほど経った頃、この文具会社から「女の子向けのデスクマットのデザインを提案してほしい」とオファーを受けた。競合他社の製品をリサーチしたり、マーケティングすると、「アナと雪の女王」や「シンデレラ」の映画がヒットし、プリンセスブームを感じていたので、「女の子はきっと好きなんじゃないかな」とお姫様の柄を提案した。
「プリンセスデスクマット」は予想以上にヒットし、「藤井さん、大変な売れ行きです。ありがとう」とクライアントに喜ばれた。


「わくわく昆虫デスクマット」のイラスト。子どもたちに昆虫の正確な姿を伝えつつ、毎日、楽しく使ってほしいと願いをこめて。

日常の生活でも感覚を研ぎ澄まして

たいていの人は、じっくり広告を眺めない。だから、最初の1、2秒でぱっと気をひく、人の目をひく色使いやキャッチフレーズが大切だ。せっかくお金をかけてつくったのに、「必要ない」と無視されては元も子もない。一瞬でターゲットの興味と関心をひくことに、デザイナーは集中すべきだ。
「私は、デザインは必ずしも美しくなくていいと考えています。人を動かす。人を誘導する。『伝わるデザイン』であることがまず最初に大事です」
その一方で、藤井さんは最近、自分のコンプレックスにも向き合い始めた。美術系の大学や専門学校で基礎を学んでいなかったので、どこか自信を持ちきれないでいた。
2年前から、マサモードアカデミーオブアートのイラスト教室に通学して、デッサンやイラストを魅力的に描くコツ、さまざまな画法、画材の使い方などを幅広く学んでいる。メビック扇町が企画した「イタリアのデザイン思考の原点を探る」ツアーにも参加。クリエイター7人で、ミラノ、ボローニャ、トリノの3都市を訪問し、そこに根ざすデザインの本質を学ぶセミナー、ワークショップで学んだ。
仕事の現場で実践しつつ、日常の生活でも感覚を研ぎ澄まし、小さな気づきと発見を繰り返しながら、自分の力として身につけていこうと心がけている。

広告の仕事は、クライアントありき、で始まる。だからこれまで、自分のオリジナリティをあえて出そうとはせず、ひたすら「クライアントは、なぜ私にお金を払って依頼するのか、私に何をしてほしいのか」を考え、それを叶えるものを制作してきた。
多様な業種の人と知り合い、交流して、いろいろな世界を知りながら、これからは少しずつオリジナルなデザインやイラストを確立させていきたいと藤井さんは思い始めている。
「将来は『自分発信』で何か商品やサービス、ブランドづくりができればなぁと思って…」
社会で働き始めてから14年、独立してから丸4年。フリーランスになってからの方が、より自分の時間を自分で管理でき、今の自分に必要な投資をすることができて、働きやすくなったなぁと感じている。
「ずっと効率よく働き、きちんと成果を上げることを心がけてきました。デザインの仕事って、『重労働できつい仕事』『何度も修正されて当たり前』というイメージがありますよね。けれど、段取りを工夫することで、デザインの仕事はもっと効率よくできるし、効果を上げられます。デザイナーは、幅広い知識と応用力を伴う特殊技能をもった仕事だと、もっと世の中に浸透していけば…。そのために私自身も貢献できたら、と考えています」

藤井さんの胸に、夢のかけらが瞬いている。


改めて美術の基礎を学んでみようと、仕事の傍ら、マサモードアカデミーオブアートに通学している(写真は作品)。

公開日:2016年09月29日(木)
取材・文:鶴見佳子 鶴見佳子氏
取材班:yellowgroove サトウノリコ*氏、株式会社アイズオブシー 平田剣吾氏