コンピュータが、コミュニケーションデザインの本質を見せてくれた。
杉崎 真之助氏:(株)真之助デザイン

杉崎氏

地下鉄天満橋駅にほど近い静かな場所に(株)真之助デザインはある。代表の杉崎真之助氏は、数多くの受賞歴を持つグラフィックデザイナーであり、2009年8月〜9月にメビック扇町で開催された『デザインスーパー』のプロデュースを手がけるなど、様々な方面で活躍されている。今回は、グラフィックデザイナーとなったきっかけや、マッキントッシュの登場によって見えたコミュニケーションデザインの本質、杉崎氏自身の未来に向けた思いについておうかがいした。

“絵が上手”、僕にはこれしかなかった。

杉崎氏にグラフィックデザイナーになったきっかけを聞くと、真っ先に見せてくれたのが、ガリ版で刷られた学級新聞の写真。小学校三年生の時に自分で勝手に学級新聞を制作して発行していたという。
「今思えば、これが一番最初のグラフィックデザインの仕事です。当時は漫画家になりたかった。親が教師だったのでガリ版の印刷機材が家にあったんです。子どもの頃はグラフィックよりも、自分で描いた絵が印刷されることに強い憧れと興味がありました。アミ点や版ズレを見るとなぜかワクワクして(笑)」
デザイナーという職業を意識したのは、意外にも高校三年生の時、将来の進路を見据えた時だったという。
「絵が得意なこと以外に、特別に体操や勉強ができたわけでもなかったですから、自然のなりゆきでしたよ。でも、デザイナーを選ぶことで自分の人生が既定されるのではなく、将来に向かって努力していけるという気がしたのでデザインを学ぶことに決めたんです。」
現在、客員教授をつとめる大阪芸大デザイン科を卒業したあと、実際に携わったグラフィックデザイナーの仕事は非常にハードな毎日だったが、不思議としんどさは感じなかったという。「当時は徹夜の連続でしたけど、仕事とはそんなものだと思っていました。やはりモノを作る仕事は8時間きっちりじゃ終わらないし、グラフィックデザインの仕事は、手と頭の両方を使うから疲れを感じなかった。でも一番大きかったのは、やっぱり好きなんでしょうね、この仕事が(笑)」

アナログからデジタルへ。コンピュータがもたらしたもの。

取材風景

1989年、杉崎氏の仕事を一変させたのは、マッキントッシュ(以下:Mac)との出会いだった。
「Macが登場するまでは、“コンピュータ=人間の敵”みたいなイメージでした。モニターに白い背景画面に文字や絵が黒で表現される。これはもしかしたら紙の延長であり、デザイナーにとって敵ではなく、味方なのではないかと思ったんです。」
杉崎氏の事務所には当時のMac『SE/30』が今も保管されている。
「当時は、本体が100万円、レーザープリンターが120万円。しかも、日本語の書体はわずか2書体。それでも当時は衝撃的でした。」
Macという相棒を得て、杉崎氏の創作スピードは一気にハイスピードになった。
「ロットリングを使って、手書きで描いていたのがマウスになると、今まで膨大な時間を費やしていた正確な図形の描画が、いとも簡単になった。アナログとデジタル、両方知っているからこそわかる素晴らしさ。それから本気でデザインにのめり込むようになりました。」
さらに頭の中も整理されて、デザインの本質について考えるようになったという。
「今まで紙の上に表現されていたものが、モニターの上に表現されるようになりました。つまり、デザインの本質は表現されるコンテンツにあると理解したのです。これにより、グラフィックデザイン=コミュニケーションデザインの見方が変わりました。デザインは紙の上に描かれているからデザインなのではなくて、表現されている情報に意味があるのだと気づいたのです。」

コミュニケーションデザインの本質は、情報の設計と印象の設計。


アニュアルレポート2009

Macの登場により、グラフィックデザインの発想法は大きく変化したという。杉崎氏にとってMacとの出会いは、先述のデザインに対する姿勢の変化のほか、コンピュータ内の情報を階層整理するうちに、自分の机上をはじめとした身の回りも整理整頓するようになったり、画面上での修正やコピー&ペーストが可能になったことで、自分を表現するツールとして“文章”が加わるなど、プラスの影響を数多く与えてくれたという。
さらに、杉崎氏のデザインの本質に対する思索は続く。
「ユーザーインターフェイス、すなわち人とビジュアルの関係に興味を持ちました。商品マニュアルの改良の仕事などを通じて、ユーザビリティが大切だと感じたのです。デザインの力を駆使して情報を構造化し、構築することが重要だと。そんな事を考えるうちに、情報をデザインしてコミュニケーションすることの本質が見えてきたのです。それは、『コミュニケーションデザインの本質は、情報の設計と印象の設計である』ということ。言葉や色、配置など目に見える形で構造化された“情報”と、無意識のうちに見る人に届くメッセージ、すなわち“印象”の両方を設計することが重要であると。」

これからの自分を見据えた3つの目標。


個展「アノニマ」2005

杉崎氏はコミュニケーションデザインの仕事を精力的に行う傍ら、1990年代から個展を開催して実験的なグラフィックや造形を発表するなど、活動の幅を現在も広げ続けている。そんな杉崎氏にこれからの活動についておうかがいした。
「デザイナーとしてビジネスをする、社会のために何かをする、自分のために楽しむ。この3つをバランスよくできればいいなと考えています。ビジネスにおいては、いろいろな国のデザイナーとコラボレーションしていきたい。また、“社会のために何かする”というのは、大学など教育の現場で、若い人にもっと“デザインの本質”や私の経験を伝えていきたいですね。そして最後の“自分のために楽しむ”という点では、版画などの造形にもっとチャレンジしてみたい。もちろんこれは仕事としてではなく僕の楽しみとしてね。」

公開日:2010年01月20日(水)
取材・文:株式会社ショートカプチーノ 中 直照氏
取材班:株式会社ライフサイズ 杉山 貴伸氏