「好き」なものへの熱量が、人との出会いや、仕事を生み出す。
クリエイティブサロン Vol.224 福田愛子氏
今回のクリエイティブサロンは、グラフィックデザイナーの福田愛子氏がスクリーン前にお気に入りの紙を並べるところから始まった。花や海藻が入った紙や、クラシカルなイタリアのデザインペーパー……。紙以外にも印刷、万年筆のインク、お茶、GLAY、香水……とたくさんの「好き」があるという福田氏。「好き」に一直線だった幼少期〜学生時代から、「好き」を足がかりに、自分らしくアグレッシブに活動する今について、存分に語っていただいた。

高校時代に描いた文化祭のポスターが、デザインの原体験に。
2015年に独立し、2017年より、ウェブ担当の相方とともに「ふくまつでざいん」というフリーランス同士のユニットで活動する福田愛子氏。香川県に生まれ、小豆島の美術ワークショップに参加したり、陶芸や藍染めなど、クリエイティブなあれこれに親しむ子ども時代を過ごす。学校生活に違和感を覚え休みがちになったこともあったが、そんな多感な時期にも、音楽やアートを始めとするたくさんの「好き」に支えられてきたという。
高校時代には美術部の部長をつとめ、先生の依頼で文化祭のポスターを描いたことが、現在の仕事にも通じる“デザイン”の原体験に。
「過去のポスターを見ると、文化祭を楽しんでいる自分たちを描く、みたいなのが多かったんです。でも、私は具体的な何かを描くより、見る人が自由に想像できるようなポスターが良いと思った。そこで、エアブラシで光をイメージした白や黄色を噴射し、“infinity(無限)”というテーマを抽象的に表現しました。それまでは自分が描きたいものを自由に描いていたけれど、初めてポスターを見る人が『どう感じるか』を想像しながら制作したんですね」

(右)東京・自由が丘の「Paper Story」で購入したイタリア ROSSI社のデザインペーパー。優雅で美しい鳥や花のほか、香水や心臓(!)といった福田氏好みの変化球モチーフも。
自分なりの問題意識から、卒業制作はソーシャルデザインに挑戦。
高校卒業後は滋賀にある成安造形大学へ進学、いきいきと制作に没頭する日々が始まった。放送研究会というサークルに所属し、チームで制作する楽しさや醍醐味も知る。やがて、卒業制作の時期となり、福田氏が取り組んだのは「LOVE FOR LIFE」と銘打った、セーフセックスをテーマとする作品だった。中学時代のクラスメイトに起こったあるできごとから、性について考えるようになったことが発想のベースにあったという。
「レッドリボンというエイズへの理解と支援を掲げる活動があり、当時、そのポスターにGLAYのTERUさんが登場していたんです。公益財団法人エイズ予防財団のキャンペーンポスターで、アーティストって歌うだけじゃなくて、こういうソーシャルな活動もするんだと初めて知った。私もデザインの力で、何か少しでも社会を変えられるようなことがあるかもしれない、と考え始めました」
この作品にはデザインするだけでなく、会場となる美術館で、来場者にコンドームと小冊子を配布するというアクションも含まれていた。そのため、制作にかかる費用を賄うために自ら企画書をつくり、女性の心身の健康を守るという趣旨に賛同してくれる企業に協賛を募った。さらに、性にまつわる啓蒙的な内容の小冊子も制作し、正確を期するため、婦人科の医師に監修をオファー。まだ世間を知らない学生が手がけるには少々ハードルが高いプロジェクトに思えるが、すべてをひとりでやりきったという。

独立して数年、少しずつ「好き」が仕事とつながりはじめた。
2009年、いよいよプロのデザイナーとしてスタートを切った福田氏。新卒で京都の広告制作会社に入社し、4年ほど経験を積んだのちに、大阪の和雑貨企画販売会社へ。毎日終電、時にはタクシーで帰宅する日々が続く。心身ともに疲弊していくなか、まさかの退職勧奨。
会社員としての未来が描けず、2015年、ついに独立を決意する。2年後の2017年、有馬温泉 湯本坂に店舗を構える、室町時代創業の「佃煮元祖 川上商店」の仕事が舞い込んできたことがひとつの転機に。この仕事がウェブデザイナーの旧友と、「ふくまつでざいん」を結成するきっかけともなった。
商品撮影ではスタイリングに自ら選んだ和紙を使ったり、名刺やショップカード、パッケージのデザインにおいても紙や印刷好きならではのアイデアがうまく生かされた。その後、レシピブックを提案したり、社用車のデザインまで手がけることに。この頃から、少しずつ「好き」が仕事とつながりはじめる。

「好き」を介して人と会い、話すことで、世界が広がる。
2019年からはコロナ禍により自宅にいる時間が増えたが、新たに出会った「好き」もあったという。紙好きであることから、ステーショナリー類にも目がなく、なかでも万年筆のインクはいくつも所有するお気に入りのアイテムだった。
「仕事ではパソコンでデザインしていますが、アナログで絵を描くなど自主制作からは長い期間、離れていたので、この機会にもう一度やってみようと」
そこで、アイテムを製作・展示販売する企画に参加するほか、モノラインレタリングやブラシレタリング、インク調色にも挑戦。さらに、「インク好き」が高じてインクや文具のイベントにスタッフとして参加し、来場者にインク調色をレクチャーをしたことも。
2021年には堂島アバンザにある文具店「ギフショナリー・デルタ」のオリジナルインク「散歩道」シリーズのパッケージをデザイン。これは顧客として足繁く通ううちに、仕事に発展したという。パッケージデザインを福田氏が、ラベルデザインはインク好きの仲間が担当した。ショップツールのリニューアルも企画進行中だ。
「好きなことがあると、外に出かけますよね。そうすると、いろんな人と出会って、いろんな話をするチャンスが増えると思うんです。『好き』を思うハードルは低くてもいい。『好き』をすぐに生かせなくても、いつか生かせることがきっとあるし、『好き』によって世界が広がるのが楽しいんです」
「ペーパーサミット2022」への参加でめざすべき未来が見えた。
2022年1月には「ペーパーサミット2022」に、主要メンバーのひとりとして参加。印刷会社とクリエイターがコラボ開発したオリジナル商品を通じて印刷や紙の可能性を発信するというもの。
福田氏は、イラストレーターのにしはらあやこ氏とともに、株式会社シオザワとのコラボで同社の「大阪 森の間伐紙」を使った紙ファイルやコースターを制作した。
「紙のファイルは1枚ずつ、ミシンがけするというアイデアを出しました。この紙は原料の調達から製造まで大阪で行い“循環”をテーマにしているので、経済も循環するのが良いだろうと、大阪の就労支援施設にお願いして1枚1枚縫ってもらうことに」
このほか、白石封筒工業株式会社ともコラボし、「塗って楽しむ飾り紙」を筆頭に、自分らしいアイデアで存在感を示した。「飾り紙」とは封筒の中に一枚プラスすることで、華やかさや特別感を演出できる紙のことである。福田氏は自分で彩色したり、絵やスタンプでひと手間をプラスして楽しむセットを考案。
「私が長年、つくりたかったアイテムを、そのまま叶えてもらった商品です。柄ありのものは、白い紙に黒と白インクで印刷しました。そうすることで万年筆インクなど染料で塗ると柄がゆっくり浮き出てきます。塗る前と塗った後の変化を楽しんでいただくことを考えながら、全6柄デザインしました」
2019年以降の、インク関連の仕事、そしてこのペーパーサミットへの参加が、自分の強みや個性を改めて見つめ直すターニングポイントになったという福田氏。「好き」に突き動かされての行動が、クライアントワークとは別の、新たな事業や活動のヒントを見出すことにつながったのである。

(右)「塗って楽しむ飾り紙」と18種の推しペーパーでつくった封筒4種。飾り紙は彩色などのひと手間をかけることで、世界でひとつの封筒になり、受け取る相手に思いを伝えられる。
クリエイターとしてのキャリアが長くなるにつれ、自分の趣味嗜好はひとまず置いておいて、クライアントの要望に添うことがプロだという意識が強くなってくる。しかし、自分にしか出せないテイストというのもやはり大事なわけで、プライベートで深掘りしていることが、思いがけず仕事につながった経験を持つクリエイターは少なくないのではないだろうか。
「好き」を味方につけるために大切なことは、福田氏のように、その魅力を他者に伝える自分なりの視点や言葉を持っていること、そして臆することなく、人や場に関わっていく姿勢にあるといえるかもしれない。
イベント概要
“好き”を味方につけた私の今までとこれから
クリエイティブサロン Vol.224 福田愛子氏
好きだ好きだと言い続け、気づけば好きなことが仕事になっていました。特にここ数年、好きなことのおかげでプライベートと仕事との垣根がなくなり様々なチャンスに恵まれることが増えたような? 今、登壇に向けて引き出しを開けながら記憶を掘り起こしている最中です。なんやかんやと楽しくやってきましたが、引き出しを開けると、時にはデザイナーをやめようかと思ったり、様々なことで悩んだ日々もあったり。けれども、“好き”を味方につけてここまでやってきたような気がします。そんな私の今までとこれからについてお話ししたいと思います。
開催日:2022年2月14日(月)
福田愛子氏(ふくだ あいこ)
ふくまつでざいん
グラフィックデザイナー / ディレクター
香川県生まれ。成安造形大学卒業後、広告制作会社・和雑貨企画会社を経て2015年に独立。名刺やショップカードなどの小型ツールからパッケージデザインまで「実際に手に触れられるもの」のデザインを中心にトータルデザイン・ディレクションを行っている。2017年にはフリーランス同士のデザインユニット「ふくまつでざいん」を結成。じっくり話をきく時間と丁寧なモノづくりを大切に、ヒト・モノ・コトへの架け橋になるデザインをめざしている。プライベートでは紙と印刷とインクと香水とお茶とチョコレートなど様々な沼にいて、ライブが生きがい。
https://www.mebic.com/cluster/fukumatsu-design.html
https://www.instagram.com/loveko_fukuda/

公開:
取材・文:野崎泉氏(underson)
*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。