ものづくりは、AI・ロボット時代に人類の創造性を育むカギになる
クリエイティブサロン Vol.225 森澤友和氏

AIやロボットの進化が加速を続けている。今ある人間の仕事がそれらに取って代わられるという議論もされる中、「ものづくりが人類のクリエイティビティを育むカギの1つになる」と指摘するのが、ものづくりのためのコワーキングスペースを運営するThe DECKの森澤友和氏だ。今回のクリエイティブサロンでは、森澤氏の現在までの足取りを交えながら、なぜ、ものづくりが人類のクリエイティビティを育むことになるかについて語られた。

森澤友和氏

当事者意識と危機感が、人生を方向づけてきた

高知市出身の森澤氏は、システム会社でマネジメント業務に携わった後に、外資系の製薬会社へ転職。そこで、MBAホルダーたちが質の高い仕事をする姿を目の当たりにする。

「MBAのことは知識としては知っていました。でも、実際に職場で接することで、ビジネスパーソンとしてのレベルの高さを実感することができました。MBAであることが可能にするキャリアアップの選択肢の広さも知りました。何よりも、身近な同僚を通じてMBAを『自分ごと』ととらえるようになったことが、このときの大きな変化です」

自分自身もMBAのプログラムで学びたい、学位の取得を通してステップアップしたいと考えるようになった森澤氏。2年間の準備期間を経て、ロンドンを拠点として世界各地で学ぶことができるコースに入学した。そこで出会ったのは、数多くの起業家たちだ。

「もともとは、帰国したら以前と同じ製薬業界をはじめとしたヘルスケア業界の会社に就職しようと考えていました。ところが起業家たちの話を聞くうちに、またしても起業というものが『自分ごと』になったんです。当時の私は30代半ば。帰国して会社員になったら、どんどんチャレンジに対する腰が重くなってしまうように思いました。そこで、帰国後には起業を前提にしたうえでスタートしたばかりのコンサルティング会社に就職。企業のイノベーション支援の仕事に就くことにしました」

留学時代の森澤氏には、忘れられない経験がある。コースが開催される都市の1つである上海に滞在し、アクセラレーションプログラムのデモデイ(最終プレゼンイベント)に参加していたときのことだ。そこでは、森澤氏よりも年下の中国人起業家たちが次々にピッチに登壇し、英語で堂々とビジネスプランを発表していた。そして、資金をはじめとした支援を訴え、コンペを勝ち抜きそれらを獲得していた。

「見た目が変わらない同じアジアの若者の堂々とした姿に衝撃を受けるとともに、大きな危機感を持ちました。当時は今ほど日本のスタートアップとの接点がなかったとは言え、これだけの課題意識と熱量をもってビジネス構築に取り組んでいる人を、日本では見たことがなかったからです。同時に、『これだけのことをしないと日本は危うい』と感じました。いまもその危機感は私の原動力の1つであり、危機感を共有するための情報発信は事業の重要な柱になっています」

MBAコース留学時代
MBA留学時代の森澤氏(中列左から3人目)。世界中のビジネスパーソンとともに、ロンドン、ドバイ、上海で学んだ。

アイデアが浮かんだ「次の一歩」を後押しする

帰国した森澤氏は、コンサルティング会社でオープンイノベーションをテーマにしたコンサルティング業務に携わる。その中でThe DECKの立ち上げが持ち上がり、森澤氏も創設メンバーとして加わった。

「The DECKのように『ものづくりができるコワーキングスペース』が、当時の関西には6カ所しかありませんでした。それに対して首都圏では、東京だけで17カ所あった。この環境格差はまずいという問題意識が、The DECK設立の背景にあります」

私たちは日々、「こんなものがあったらいいな」「こんなものを作りたいな」というアイデアを思い浮かべている。しかし森澤氏によると、「そのほとんどはアイデアの次の一歩が踏み出せないまま、その人の頭の中だけで消えていきます」と言う。次の一歩を踏み出せない理由の中の大きな部分を占めるのが、「作るための道具がない、場所がない、仲間がいない」といったハード的制約、あるいは知識や人的ネットワーク、アイデアなどのソフト面での制約だ。それらの制約を乗り越えるサポートをし、「次の一歩」を踏み出してもらうことこそが、The DECKの役割だ。

「荒削りな状態でもいいので、アイデアを実際の形にしてみると、改良点などが見えてきます。それを繰り返すことでイノベーションが生まれるはずです。ですから私たちは、『アイデアが思いついたら、まずはThe DECKに行ってみよう』と言われる存在になりたいです。そのための設備を用意していますし、情報提供やコンサルティングといった、ソフト面での支援も行っています。コンセプトでもある『Make It Happen(実現しよう)』を叶える場所が、The DECKです」

すでにThe DECKからは、商品化を実現した企業が誕生している。学生向けのワークショップを開催したり、スタートアップ企業に対してWebサイト構築をはじめとした情報発信全体での支援を行ったりもしている。ものづくりを核にして人や企業、技術、コミュニティをつなぎ合わせ、「Make It Happen」を実現する拠点となるのが、The DECKだと言えるだろう。

The DECKの様子
The DECKのものづくりFABスペースでは、3Dプリンターやレーザーカッターなどの機材を使用できる。

ものづくりは頭の中の引き出しを増やしてくれる

太古の時代に狩猟や農耕に道具を用いたように、人類は豊かな想像力を起点として道具を開発・活用することで生産性や効率を高めてきた。それはすなわち、人間は生きることに直結した忙しさからも開放されることを意味する。AI・ロボットの活用もその流れの延長にあるはず。農林水産業や製造業だけでなく、サービス業にまでAIやロボットが使われることも、「もはや『予測』ではなく将来を語るうえでの『前提』です」と森澤氏は言う。つまり、今にもまして人類は「ひま」になるのだ。そのような時代において、ものづくりはこれまでとは違った意味を持つようになると森澤氏は指摘する。

「The DECKの利用者様のなかに、コスプレイヤーさんがおられます。コスプレをされる際に身につけるこだわりのアイテムを、The DECKで作られているのです。一見するとものづくりとは無縁のように思える女性なのですが、『好きなキャラになりきりたい』との想いから様々な設備を駆使されて、驚くほどクオリティの高いアイテムを自作されています。これこそ、人類が『ひま』になったがゆえのものづくりではないでしょうか。時間にゆとりができ、何かに没頭できる時間が確保できるようになる。『好き』という思いが大きければ大きいほど、規格化された市販の商品ではもの足りなくなる。結果、自分でものづくりをし、規格品では得られない満足を得る。忙しく仕事に追いかけられているときには生まれてこない、人類の新しいニーズです」

コスプレは世界中に愛好者がおり、すでに大きな市場となっている。同じように熱烈な「好き」や強烈な「こだわり」が出発点となってオリジナルアイテムを作った結果、ファンが集まり、市場が生まれるという現象は様々な分野で起こっている。それらはすべて、「ひま」によって生まれたニーズで、そこから生まれた想いが育てた市場と言える。そして先のAI・ロボット活用社会の到来を前提とすると、人類はますます多くの「ひま」を手にすることになる。

コスプレイヤーが自作したアイテム
The DECKの利用者が制作したコスプレ用アイテム。

そしてもうひとつのAI・ロボット時代のものづくりの意味が、人類の創造性を養うことだ。

「実際に自分の手を動かしてものを作ってみても、同じようなものが百円ショップで売っていてびっくりすることがあります。いかに現代のものづくりが規格化・高度化・効率化されているかを実感することでしょう。そういった気付きに出会えるのは、自分でものづくりをしたからこそです。また、同じようなものが安価で売っていても、やはり自分で作ったものへの思い入れは違います。なぜなら、自分なりの試行錯誤を経て生み出した唯一無二のモノだからです。その結果、ものを大切にする心も芽生えるでしょう。もちろん、試行錯誤の過程では『もっとこうしたらどうだろうか』など、いろいろなアイデアが浮かんできます。つまり手を動かしてものを作る体験とは、私たちの頭の中に様々な引き出しを作ってくれることなのです。引き出しが増えていくこととは、創造性が豊かになっていくことです。創造性というと一部の人の特別な力やセンスのように思われますが、決してそんなことはありません。手を動かし、ものを作ることで誰もが豊かにできる素養だと私は考えていますし、実際、The DECKを活用いただく方の創造性が広がる過程をいくつも見てきました」

「Make It Happen」を支えるための森澤氏の取り組み。今以上にThe DECKを利用しやすいサービス体系を構築するとともに、最新の知識・技術を学べる場としてのイベント開催などにも力を入れていくと言う。さらに、海外との連携も深めていきたいとのこと。「技術も情報も、国内も海外も、あらゆる面において『The DECKに行けばなんとかなる』と言われる立ち位置を確立したいです」と抱負を述べて、サロンを締めくくってくれた。

イベント風景

イベント概要

ものづくりは自分づくり -AIとロボットでますますヒマになる人類のクリエイティブ-
クリエイティブサロン Vol.225 森澤友和氏

生きるために狩猟も農耕もしなくてよくなった人類。これからAIやロボットまで手に入れて、接客などのサービス提供まで人がしなくなる社会がすぐそこまで来ています。この2年で通勤通学や、対面ミーティングのための移動時間が大幅に減り、その恩恵を受けている人も多いはず。つまり人類、特に先進国の住人は、ヒマな時間が増えています。こうした時間をどう充足させ、心豊かな暮らしを送るか。こうしたテーマが個人でも企業でも課題になっています。
ものづくりの機材と知見、さまざまなネットワークを持つThe DECKを経営する中で、このテーマに「ものづくりの民主化」を通じて貢献するべく活動しています。

開催日:2022年3月3日(木)

森澤友和氏(もりさわ ともかず)

The DECK 株式会社 代表取締役CEO

高知市出身。システム会社でのマネージメント業務を経て外資系製薬企業のIT システムプロジェクトマネジメントを担当。MBA留学時代、ロンドン、上海、ドバイで学ぶ。2016年、大阪市中央区にものづくりのためのデジタル機材を備えたコワーキングスペース、The DECK設立に携わる。「Make It Happen」を掲げ、プロトタイピングの支援や、企業のオープンイノベーションの取組支援、スタートアップ支援など、さまざまな想いを実現するためのコミュニティを運営・提供中。

https://thedeck.jp/

森澤友和氏

公開:
取材・文:松本守永氏(ウィルベリーズ

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。