何を成して、何を残したいか その気持ちを大切に
クリエイティブサロン Vol.217 有柚まさき氏

ワークライフバランスが多様化する昨今。働き方も、会社員、フリーランス、副業……と選択肢はさまざまだ。今回のゲストスピーカー・有柚まさきさんは、もともと会社員としてデザインの仕事をしていたが、現在はフリーランスとして広告漫画とデザインを軸に、各種セミナーに登壇したり、作家としてアートイベント「LIMITS」に参加したりと多方面で活躍している。どのように現在の働き方に至ったのか、お話を伺った。

有柚まさき氏

社会人としての最初の一歩

子どもの頃から絵を描くことが好きだった有柚さん。紙と鉛筆さえあれば、何時間でも遊んでいられる子どもだったそう。次第に「クリエイティブ業界で働きたい」という思いを抱くようになり、高校卒業後は、大阪コミュニケーションアート専門学校(現・OCA大阪デザイン&ITテクノロジー専門学校)へ進学し、グラフィックデザインを専攻した。当初は初めて触れるMacに翻弄され、「思い通りに動かない!手で描いた方が早い!」と嘆いたようだが、徐々に使いこなせるようになり、3年間かけてじっくり技術を身に付けた。

そして卒業後は、夢だったデザイナーとして制作会社へ入社することとなる。が、ここで待っていたのは、超がつくほど多忙な日々。目の回るような生活の末に退職を決意し、大手制作会社に転職することとなった。

ここでの有柚さんの仕事は、学校関係や工業系の会社のパンフレット、化粧品や食品の商品カタログなどのデザイン。時にはディレクターのようにプロジェクトを任せられ企画段階から携わったり、営業部とともに見積を作ったりすることもあり 、得意の漫画やイラストの力も発揮しつつ充実した日々を過ごした。また、周囲の先輩にも恵まれ、提案書作りやプレゼンの上手い上司を見つけると、参考にできることはどんどんマネて吸収した。

にわかに沸き起こった独立への思い

しかし、心地よい環境にいればいるほど、人は「自分」に意識が向くものである。有柚さんも、自身の今後のキャリアについてあれこれ悩むようになった。

「デザインが好きな人って、仕事、プライベート関係なく、ずっとデザインのことを考えています。これから10年間キャリアを積んだ時に、そんな人たちと戦って自分は勝てるのかなって。実際、私は子どもの頃からずっと絵を描いてきたので、デザインよりイラストの方が好きだし、できればイラストの道に進みたい。だけど、独立してイラストレーターになるかと言えば、それだけで食べていく自信もない。そんなことを思うと、最終的に『自分が本当にやりたいことって何だろう?』と考えるようになりました」

悩んだ有柚さんは、メビックやトークイベントなど人が集まる場に出向いてさまざまな人から話を聞き、著名なデザイナーの本を読んで、自分自身の答えを求めた。その中で、最も納得したのが「成功するにしても、失敗するにしても、行動するなら早い方がいい。若ければやり直しがきく」という言葉である。

「独立への不安が完全に消えたわけではありませんが、『とりあえずやってみよう!』と思えたんです。それで、さっそく新しいパソコンを買い会社を辞めました」

2019年1月のことである。

書影
当時、読んだ書籍の中で特に参考になったのが、『経営とデザインの幸せな関係』(中川淳著/日経BP)と『クリエイターが「独立」を考えたとき最初に読む本』(日経デザイン編/日経BP)

「君はクリエイターとして何がしたいの?」

勢いよく新たな世界に飛び込んだ有柚さんは、週3日Web制作会社でデザイナーとして勤務しつつ、残りの時間をフリーランス活動にあて、商品カタログのデザインなど、少しずつ案件を獲得していった。

この時、有柚さんに大きな影響を与えたのがWeb制作会社の社長だ。

「『君はクリエイターとして何がしたいの?』とかなり掘り下げて聞かれました。当時の私は『え? この人何を言っているの?』と思いましたが、今考えると、一人のデザイナーとして、一人のものを作る人間として、何を作りたいか?社会に何を残したいか?を考えながら生きた方がいいよ、と言ってくれたんだと思います」

この言葉に後押しされ、1年後の2020年1月、有柚さんは「イラストを描く仕事に集中したい」と退社。フリーランスに仕事を一本化し、 それまでメインにしていたデザインから、本来したかった広告漫画とイラストの仕事、作家活動に軸足を移したのである。

自分のしたい仕事を獲得するために

しかし、ここで気になるのは、「どのように、自分のしたい仕事を獲得したか?」ということだ。「こんな仕事がしたい!」と思っても、クライアントワークである以上、依頼がなれば仕事は成立しない。どう行動したのだろうか?

「同じようにデザイナーからイラストレーターへ転身された、上田バロンさんに相談したら、『肩書と周囲の認識を変えた方がいい。やりたい仕事はどんどん口に出して言うべきだし、肩書もそれに合わせるべきだ』と教えてくれました。当時の私には、それがすごく励みになりました」

この言葉の通り、有柚さんはすぐさま名刺の肩書を変え、「デザインもできる広告漫画家です!」と名乗り「イラストが描ける子」というイメージを定着させた。その後も、トークイベントに登壇して人前に立ったり、SNSで情報発信したりと、継続的なアプローチを続けながらすぐに存在を思い出してもらえるよう努力している。

また、弁護士を招いて著作権に関する勉強会を開催するなど、日々の自己研鑽が周囲からの信頼につながり、現在は教育関係や医療系など、幅広いジャンルの広告漫画、イラストを請け負っている。

制作実績
広告漫画の利点は、読者の興味を引きやすく情報を理解しやすいこと。現在、新たな広告手法として定着しており、有柚さんもさまざまな媒体で活躍している

今の自分に合ったバランスとは?

そんな有柚さんが現在抱えているのが、Web制作会社の社長に言われた「君は何がしたいの?」という問いだ。コロナ禍、家で過ごすことが増えた分、働き方について改めて考える機会ができ、クライアントワークと作家活動のバランスを探るようになった。

「もちろんクライアントワークも好きだし、今後も続けていくつもりです。でもその一方で、ものを作る一人の人間として考えた時、作家活動は新たな気づきを得られる場だし、自分を表現し、その作品を好いてくれる人がいれば、こんな嬉しいことはありません。私は、お金より心豊かに生きる方が大切なので、心身が健康でものを作り続けられる環境にいることが一番だと思っています」

今後は、いろいろ実験しながらちょうどいいバランスを模索するそう。

そして、参加者に向け「とりあえず何事もやってみることが大事! 自分が何を成して、何を残したいかという気持ちは大切にしたほうがいい」という言葉でサロンを締めくくった。

「自分は何を成して、何を残したいか」

この問いに、即答できる人はそう多くないだろう。目の前の慌ただしさに振り回されて考える暇がなかったり、あまりに大きな問いにあえて考えることをやめてしまったり。有柚さんもその答えを探している真っ最中だ。しかし、これまでの経緯を思うと、有柚さん自身この問いと対峙することで自分の道を切り拓いてきた。そして、たぶんこれからも。何度も問いを反復しながら、思いを明確化しそれを原動力に変えていくことだろう。

イベント風景

イベント概要

会社員デザイナーをしていた私がなぜ独立し、広告漫画家になったかのお話
クリエイティブサロン Vol.217 有柚まさき氏

幼少期から絵を描くのは好きでした。しかし仕事にするならとデザイナーを志すことに。新卒入社し夢を叶えました!が、そこはなかなか香ばしい会社で問題山積。逃げるように大手制作会社に転職。よい先輩に恵まれ、デザインのたのしさを思い出しました。そのとき20代半ば。世の中には毎日寝る間も惜しんでデザインし、それを自主制作として発表する人が多くいます。それを見たときに「自分はここまでデザインに熱意はあるか?」「こんな人たちと競えるか?」と考えてしまいました。「自分はこの先、何を作って、何を残したいのか?」そんなことを悶々と考えるようになり、行動し、今日に至ったお話をさせていただければと思います。

開催日:2021年11月10日(水)

有柚まさき氏(あゆず まさき)

広告漫画家 / デザイナー

2013年大阪コミュニケーションアート専門学校卒業。グラフィックデザイナー、Webデザイナーとして3社5年勤務。その後2019年1月より個人事業を開始。「クライアントと共に問題解決をする情報設計」を軸とし「訴求力の高い広告漫画」にこだわって制作している。デザイナーとして培ってきた広告の知見を漫画・イラストにも活かし、企画から制作、その先の広報提案まで含んだ漫画広告制作を得意とする。今まで100枚以上広告漫画のお仕事(非公開実績含)をさせていただいています。

https://msak-note.com/

有柚まさき氏

公開:
取材・文:竹田亮子氏

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。