印刷はアートであり、クリエイティブとしての「価値」がある
クリエイティブサロン Vol.209 矢田幸史氏

209回目のクリエイティブサロンは、特殊箔印刷技術「Sプリズムプリント®」を駆使し、印刷というクリエイティブのさらなる高みをめざす有限会社サンクラール代表取締役の矢田幸史氏が登壇。クライアントの「無茶ぶり」をクリアしながら作った印刷物のサンプルを前に完成までのエピソードを語りつつ、「Sプリズムプリント®」の可能性やこれからめざす方向性などについてお話しいただいた。

矢田幸史氏

印刷工場は、遊び場から仕事場へ

有限会社サンクラールは、1974年に矢田氏の父が設立した印刷会社で、設立当時は下請けの印刷工場としての仕事が主体だった。矢田氏自身は子どもの頃から会社が遊び場のひとつで、10歳になる頃には会社で仕事を手伝い、中学生の頃には会社を継ぐと決意を固めていた。高校卒業後、別の会社で働いてから父が営む会社に入社する予定が、人手が足りないということで卒業後すぐ父の会社に入社することに。

「人手に余裕がない中、父が新しい印刷機を購入したんです。でも印刷機を動かすオペレーターが足りなくて、私を入社させて新しい印刷機のオペレーションを担当させたんです」

ただ、新しい印刷機のオペレーションは誰もが望む花形業務のひとつ。その担当を社長の息子とはいえ、入社すぐの新人が担当することを良しとしない先輩社員もいた。それでも先輩社員に教えを請いながら、印刷オペレーターとしての腕を磨いた。

「印刷機どころか印刷の知識すらない自分が新しい機械を担当することは、ほかの社員にしてみれば良い気分がしないのは当然のこと。でも、そんな気持ちが伝わってきてプレッシャーを感じていましたし、同時に跡継ぎとしてのプレッシャーも感じていました。でも当時は『絶対に負けない』と心に決めていました」

作業風景

印刷オタクが魅了された唯一無二の革新的印刷技術

印刷の現場からスタートした矢田氏も、徐々に会社全体が見えるようになり、父である社長が70歳となったのを機に代表取締役に就任。社名も有限会社サンクラール印刷から有限会社サンクラールに変更した。会社を継いだあともずっと右肩上がりの成長を続けていた。

「10年ほど前から何かを変えたいとメビックに通ってクリエイターとつながり、一風変わった印刷物をはじめ、手間が掛かったりややこしかったりして、普通の印刷会社はあまり受けたがらないような仕事を受けていました。時には赤字を出すこともありましたが、今思えば、それが将来の大きな仕事につながったように思います。ただ、当時は、受注仕事の枠を超えることはなく、そこが今とは違うところです」

また、プリンティングディレクターという仕事に気づき、その領域を極めたいと思ったのもこの頃。「印刷オタク」と自称する矢田氏にとって、まさに天職と言える仕事だった。2017年頃にある事情から売上の2割を失う事態に見舞われ落ち込むこともあったが、その後の会社の方向性を大きく変える特殊箔印刷技術「Sプリズムプリント®」に出会ったのもこの頃だという。

「この2つの出来事を機に、自身の動き方が大きく変わったと思います。同時に、会社がこれまでにない速さで変化しはじめたんです」

特殊箔印刷技術「Sプリズムプリント®」とは、箔押しと通常印刷を組み合わせることで「あらゆる箔の色を表現できる」「光らせ方をコントロールできる」「ホログラムのような表現力を発揮する」という3つの特長を兼ね備えた印刷技術で、矢田氏はその唯一無二の表現力に魅了され、「印刷はアートだ」と考えるようになった。

カレンダー表紙画像

「印刷はアートだ!」という断言が未来を切り拓いた

矢田氏に驚きと感動をもたらした「Sプリズムプリント®」だが、その特殊性や希少性が災いし、コストが高い、印刷が難しい、仕上がりをイメージしにくいといった課題も抱えていた。そのため通常の印刷で用いるにはハイリスクな上、印刷費も高額になるため、クライアントに興味は持ってもらえるものの受注に至ることはごく希だった。そこで矢田氏は、自社の販促物兼自社商品をこの技術を用いて作ろうと考えた。

「自社商品なら技術向上のために失敗のリスクも許容しやすいですし、自社の販促物と考えれば長期スパンの投資として回収も可能だと考えたんです。あと単純にカッコイイ印刷物を作りたかった(笑)」

この考えのもと、6名のクリエイターと「Sプリズムプリント®」がコラボして生まれたのが「むか〜し昔カレンダー」だ。昔話や神話や童話のワンシーンの中に、その年の干支を入れ込んだイラストが描かれているというもので、2018年からスタートしたこのプロジェクトは初年度から国際アートフェア「UNKNOWN ASIA」に出展し、2年目にはクラウドファンディングで100万円以上を集めたり、ポストカードの制作&EC販売に挑戦した。3年目は初めてディレクターを立てて制作するなど、新たな挑戦とそれに伴う成果を着実に得てきた。

「先は見えませんでしたが、『印刷はアートだ!』と言いきってはじめたプロジェクトです。4年目となる2022年のカレンダーも着実に進んでいます」

カレンダーに取り組み始めた頃から、付加価値が高い「Sプリズムプリント®」は東京にニーズがあると考えて東京営業を始めたものの、当時はほとんど受注に至らなかった。

「キレイとかいいねと言われるものの、仕事にはつながりませんでした。でも、どこにニーズがあるのかは見えたような気がしましたし、この時に作ったネットワークが、将来多くの仕事につながっていきました」

実際に「むか〜し昔カレンダー」を始めてから、待ちの受注仕事から自社製品を通じて情報発信する会社に変わった。それに伴って、大手印刷会社などから「Sプリズムプリント®」はもちろん、矢田氏の技術や経験が求められる機会が増え、面白い仕事に数多く携われるようになったという。

クラウドファンディングページ

「コト」と結びつけ、「場」をつくり、「人」をつなげる

最近は、矢田氏自身が「待ちから攻めへ」と語るとおり、コラボレーションや協賛を得ながら活動を活発化させている。そのひとつがクリエイターと組んで実験的な印刷に挑戦する「ART MAGAZINE」だ。

「仕事ではあり得ないような印刷にチャレンジしています。クリエイティブと印刷現場が力を合わせて生み出すアートワークに挑戦することで、私自身も知らなかったインキや印刷の魅力に気づくなど、新たな発見があります」

フリーアートマガジン「PLANT ARTMAGAZINE」表紙
フリーアートマガジン「PLANT ARTMAGAZINE」

これからは、「Sプリズムプリント®」をさまざまな「コト」と連動させていきたいと考えている。

「さまざまなコラボを生み出し、当事者を増やすことで話題を作り盛り上げていきたい。お金よりも話題を作っていきたいですね(笑)」

さらに今後の新たな取り組みとして、週一回京橋にあるbarのカウンターに立ち、クリエイターや印刷関係者をはじめとする人々をつなげるような「場」を作りたいと考えている。

自らを「印刷オタク」と称する矢田氏が放った言葉たちは、改めて印刷の「価値」を考えるのに十分な熱量が込められていた。

イベント風景

イベント概要

印刷というクリエイティブ。モニターやネットプリントでは表現できない、印刷物としての価値。
クリエイティブサロン Vol.209 矢田幸史氏

“「できない」を「できる!」に変える印刷会社”を経営理念に掲げ、現場でありとあらゆる印刷物に揉まれる中で出会った、特殊箔印刷技術「Sプリズムプリント®」。この技術で作られた印刷物はアートだと言い切り、国際アートフェア「UNKNOWN ASIA」に出展、そこからさまざまなクリエイターと繋がりを深め、クリエイティブな活動を進めています。これまでに作ったさまざまな印刷物のサンプルをお見せしながら、デジタルで多様な発信が可能になった今、今一度、“印刷物”の価値をお伝えしたいと思います。

開催日:2021年8月31日(火)

矢田幸史氏(やた こうじ)

有限会社サンクラール 代表取締役 / プリンティング・ディレクター

1974年大阪生まれ。10歳の頃から父の経営するサンクラール印刷の手伝いを始め、中学の時に後を継ぐ事を決める。36歳の時に代表取締役に就任、社名を有限会社サンクラールに変更し、現在の経営理念を掲げる。企業からの無茶ぶりとも言えるさまざまな案件をこなしつつ、自社発信のオリジナルツールの企画製造販売も進める。最近では、クリエイティブサイドと一緒に、フリーペーパー「PLANT ARTMAGAZINE」を不定期に発刊している。

http://www.sunklarl.co.jp/

公開:
取材・文:中直照氏(株式会社ショートカプチーノ

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。