転職6回、シングルマザー時代を経て、私らしい働き方へ
クリエイティブサロン Vol.206 アベチカ氏

今回のゲストスピーカーは女性だけの会社、株式会社chit-etto(チットエット)代表取締役 / クリエイティブディレクター アベチカ氏。成果にこだわった制作や女性の感覚を活かした仕事を得意とし、女性スタッフ3名と最強の女性チームをめざしている。6回の転職、育児との両立、ネガティブな出来事など平坦ではない道のりを紹介しながら、今年39歳になる現在の“私らしい働き方”について語ってくれた。

アベチカ氏

売れるって快感! ヒットを飛ばす商品企画デザイナーに。

広島県の瀬戸内海のそばで動物に囲まれて育ち、海と生きもの(特に犬)が大好き。小学5年から漫画家をめざし、商業高校から神戸の専門学校のまんが学科に進む。画力に自信はあった。しかし、ストーリーづくりのうまい同級生を目の当たりにし「面白い話が作れない自分は漫画家に向かない」と挫折。夢をあきらめて絶望したが、卒業後「とにかく働かなければ」とマーケティングリサーチ会社でアルバイト。仕事はUSJのアンケート調査員で、外国人でも怖そうな人でも呼び止めてアンケートをとった。コミュニケーション力が上がり、他人の冷たい対応も受け流せる強いメンタルとなる。「アンケート結果でアトラクションやイベントが改善されるのを見て、リサーチって大事と思いました」

2年間アルバイトして「専門学校で学んだスキルを活かさねば」と思い、大手ファンシー文具メーカーの商品企画デザイナーの求人に応募する。採用条件のIllustratorとPhotoshopは使えなかったが、「基本的な操作ができます」と書くと書類審査に通り慌てて勉強した。次の審査課題は傘のデザイン。前職のリサーチ経験を活かし、販売店で売れ筋をヒアリングしてデザイン3案を提出。これが売上トップ3のモチーフだったことで、応募者100人から2人採用という難関を突破した。この会社で売れる商品企画のやり方を徹底的に学ぶ。

24歳のとき上司に誘われ、雑貨メーカーに転職。新規事業部の立ち上げを任され、2億円の売上を課題に、中国人との交渉や品質管理のほか予算管理など数字も扱った。小さな会社なので何でもやったが、社長と合わず会社を辞める。「次はアパレル!」と服飾雑貨メーカーに転職。取引先の衣料品チェーンストアは50店舗の販売テストの結果で商品化を決める。「絶対に売れるものを作る」と大量に商品を企画して瞬発力&提案力を養う。企画した商品が月間3万個売れて大ヒットしたり、担当ジャンルの売上が伸びてシェアを拡大したりして、売れる快感を味わう。リーダーとしてチームの目標達成の喜びも知る。

アベチカさんファミリー
メビックで知り合った、犬好きのデザイナーと3年前に再婚。「苦手な家事は、夫と子どもと分担して乗り越えてます(笑)」

妊娠・育児で苦い思い。独立後シングルマザーに。

27歳でペット用品のネットショップに転職。なぜペット用品? 小型犬を飼っていたが、理由はそれだけではない。子どものとき雑種の犬を外飼いしていた。よく吠える犬で、隣家のクレームで手放さざるを得なくなる。「いなくなった後しばらくは放心状態。中学のときでしたが、今も思い出すと泣けてきます。将来、犬を飼って幸せにすると誓いました」。そんな経験もあってペットへの思い入れは強く、「最終的な夢はペットに囲まれて生きること」と語るほどだ。ペット業界で仕事ができると喜んだのも束の間、研修期間中に妊娠が発覚。つわりがひどく、4ヵ月で退職した。「とても残念で、いつかペットの仕事をすると決めました」

出産後、Webを学んで就活するが、立て続けに不合格。面接で「子どもがいるの?」「2人目の予定は?」などと聞かれ、「ママは働いてはいけないの?」と悔しかった。29歳のときWeb制作会社に入り、Webディレクター兼デザイナーとして働く。ここでお客様の倒産というショックな経験をする。「若いオーナーの整体院で経営が危なかったのに『サイトを作れば売上がよくなる』という営業の言葉を信じて300万のローンを組んで申し込まれました。サイト公開3ヵ月後につぶれました」。デザインだけではダメだと、SEOやマーケティングを独学した。社長に販売方法の変更や経営の改善を提案したが聞いてもらえなかった。仕事は忙しく、夜中に帰る日が続き、子どもが熱を出しても病児保育園に預けて出勤した。「何のために働いているのかわからなくなり、会社を辞めました」。退職後、この会社は倒産したという。

2014年、31歳で独立。得意の“飲みニケーション”で飲み仲間に営業し、飲み屋で新規開拓した。「独立当初は“早い、安い、うまい”を求められ、時間と体力を削って必死に食らいつきました」。翌年MEBICのイベントなどに参加するようになると、飲みニケーションで仲間がさらに増え、売上もアップする。仕事が順調な一方、家庭は冷え込んで離婚。5歳の息子と小型犬、大型犬とのシングルマザー生活で仕事・家事・育児・犬の世話に追われ、「一人では無理」とギブアップ。父親に半年頼った後、家事代行サービスを依頼する。仕事ではスタッフを雇い、時間に余裕ができる。

作例
ペットの骨壺 アモフロール」はリビングに置けるような素敵な骨壺をつくりたいと1年かけて企画。百貨店やインテリアショップなどでも販売されている。

大切にしていることと、最強の女性チームづくりの夢。

2018年1月、株式会社chit-etto(チットエット)を設立。自社ブランド「ペットの骨壺 アモフロール」を企画開発し、念願のペット事業に踏み出す。11月に再婚。プライベートは順調だったが、翌年、仕事でピンチに陥る。ミスで売上3割の仕事がなくなり業績低迷。自社ブランドの販促とスタッフ増員の経費増加が重なり、赤字に転落する。融資を受けて事業体制を見直した。制作中心だと常に営業が必要で、売上が安定しないため、マーケティング重視に舵を切る。現在は制作単体の仕事は減少。お客様から話を聞き、「どんな目的を達成したいのか」を考えて必要なものを提案する仕事のやり方に変わっている。

補正下着メーカーの仕事例
女性の感覚を活かした補正下着メーカーの仕事。Web制作、ECサイト運営、商品企画アドバイザー、SNS運用、撮影、イラストなど広く関わっている。

これまでの道のりを語り終え、大切にしている5つのことを教えてくれた。1つ目は、“好き”という原動力。「熱意が成果に響くので、好き!やりたい!と思ったら動きます」。確かに、犬と泊まれる貸別荘の仕事の紹介では「大型犬と添い寝ができる夢のような別荘なんです」と熱意が伝わってきた。2つ目は、夫婦のようなパートナーになる。「いい距離感でそばにいて、信頼し合える夫婦のような関係性をつくりたいんです」。3つ目は、“早い、安い、うまい”はやらない。4つ目は、“成果”にこだわったものづくり。「きれいなデザインは当たり前。お客様が求めるのは売上や認知などの成果です。『Webサイトを作りたいけど10万円しかない』と言われたら、チラシのポスティングやSNS広告などから一番成果が出るものを提案します。ときどき考えるんです。あの倒産した整体院、今ならどんな提案ができるだろうって」

大切にしていることの5つ目は、女性が活躍できる仕事と環境づくり。「私を含め女性4名で働いています。子育てなど各自の事情で働き方を選べるように、家族みたいに支え合いたいと思います。また、女性の感覚を活かせる仕事を増やしたいですね」。補正下着メーカーの仕事では、試着して男性にはわからない繊細な点に気づいて喜ばれ、Web制作からECサイト運用、商品企画のアドバイザーなどへ仕事が広がった。

「夢は最強の女性チームをつくること。それには働きやすいだけではダメ。一人一人がプロフェッショナルとして力をつけなくては」。そこで、仕事やプライベートでみんなから求められる“最強モテ女”になるための社内勉強会を始める。専門家を講師にメンタルやお金について学んでおり、今後もさまざまな講座を開くという。

まだ30代のアベチカ氏。これからやりたいことは、会社を大家族(10人ぐらい)にする、1億円稼ぐ、新規ペットビジネス、海沿いに住む……。10年、20年後どんな風に変化するのか楽しみだ。

イベント風景

イベント概要

“私らしく働く”ということ。最強の女性チームをめざす理由。
クリエイティブサロン Vol.206 アベチカ氏

まっすぐに漫画家をめざした学生時代の挫折から、ハッタリで切り開いたデザイナーの道。幼少期のトラウマから芽生えたペットへの強い愛情。出産後の就活ハラスメントで感じた女性の働き方。シングルマザー時代の葛藤から向き合った自身の働き方改革など……ネガティブなきっかけからうまれた“私らしい働き方”について、女性ならではの経験を交えながらお話しします。お客様との関わり方や大切にしていること、そして常にめざす“最強の女性チーム”づくりについての活動などもご紹介できればと思います。

開催日:2021年8月4日(水)

アベチカ

株式会社chit-etto 代表取締役 / クリエイティブ・ディレクター

広島県尾道市出身。漫画家をめざし専門学校で学んだ後、ファンシー文具・生活雑貨・アパレル雑貨・ペットグッズ等のメーカーで、商品企画デザイナーとして約7年勤務。主に量販店向けの“売れる商品”を作ってきた。出産を期にWebを学び制作会社で実績を積んだ後、2014年に独立。2018年1月に法人化し「その先にある“笑顔”のためにできること」をテーマに、Webプロモーションや成果にこだわったデザイン制作、商品企画などを手がけながら、自社ブランド(ペット関連商品)の企画・販売も行っている。

アベチカ氏

公開:
取材・文:河本樹美氏(オフィスカワモト

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