起業や会社経営の原点は、倒産の経験
クリエイティブサロン Vol.198 鳥山進氏

スマートフォンやコンシューマーゲーム機向けの3DCG映像の制作や、遊技機向けの液晶演出開発などの受託制作事業に取り組む株式会社トリサンを設立、現在も代表取締役として会社を率いるのが鳥山進さんだ。現在は40人を超えるクリエイター集団を率いる鳥山さんも、起業前に勤めていた会社が倒産したり、起業後も自身が大けがをして会社の運営に頭を悩ませるなど、さまざまな苦労をしてきた。今回は、ゲーム業界に飛び込んだきっかけや10年以上の会社経営で大切にしてきた「想い」や「人」について語った。

鳥山進氏

勤務先の倒産が起業のトリガーとなった

今はゲーム業界や遊技機業界に深く関わる事業を営む鳥山さん。もともとゲームとは無関係の業界で働いていたが、どうしてもゲーム業界で働きたいと未経験でゲーム業界に飛び込んだ。しかも、誰もが知る大手ゲームメーカーでデザイナーとしての入社だった。

「当時の採用担当者が『絵は下手だけど面白そう』という理由で採用を決めてくれて潜り込めたんです。当時のゲーム業界が牧歌的な時代だったのもありますし、この頃から人の縁には恵まれていたんですよ(笑)」

入社後はドット絵の作り方を手取り足取り教わるなど、仕事や業界を一から学んだほか、初期のiモードコンテンツに関わるなどしながら複数のゲームメーカーでゲーム開発を経験。遊技機メーカーへの転職後はパチスロ機の開発にも携わった。

その後、開発会社に移り係長として複数の部下を抱えるなど順風満帆に見えたが、突然自分が働く会社の倒産に遭遇することに。

「社長が急に来なくなったり、社内の機材が突然消えたり……。社内の変化を間近で見ながら『まさか自分が働いている会社が倒産するなんて』と思いましたし、逆に『会社はいつ倒産して消えるかわからないものなんだ』とも思いました」

だが「倒産という経験が自分を強くしてくれたのも事実」と鳥山さん。

「倒産経験には意味があると思うようにしました。そして最後を見届けようと。実際に、この倒産の経験が起業の大きなトリガーになりましたし、会社の行動指針に『変革』を入れているのもそう。『この世に生き残る生物は、最も強いものではなく、最も知性の高いものでもなく、最も変化に対応できるものである』という言葉を常に意識するようにしています」

働く会社が倒産に直面した結果、自らトリサン(当時は合同会社)を設立してメビックの門を叩くことになる。

「株式会社トリサン」ウェブサイト
https://torisan-net.com/

会社経営は苦労やトラブルの連続!?

鳥山さんは、旧水道局庁舎時代の「扇町インキュベーションプラザ メビック扇町」に、起業から約2年入所していた。起業して以来、さまざまな経験をしてきた鳥山さんだが、特に印象に残る出来事として「会社は止められない」や「金銭トラブル」などのエピソードを挙げた。

まず「会社は止められない」というのは、まだ会社が20名ぐらいの体制の頃、出張先の東京で大けがをしてしまう。転倒して病院に運ばれてしばらくは左手しか動かない状態で、会社はもちろん仕事のハンドリングも自身が行っていたため、自分の身体よりも会社が気になっていた。

「とにかく『自分がいないと会社は回らない。お客様には迷惑は掛けられない』と必死で、会社が正常に稼働するよう、iPad片手にベッドの上から指示を出していました。しばらくして見舞いに来てくれた社員から『今は会社を自分たちに任せて、治療に専念してください』と言われた時、社長である自分不在でも仕事が回る会社をめざそうと決意しました。おかげさまで、今はいる方が邪魔という状態で(笑)」

会議風景

他人の貴重な時間を使う時は「楽しんでもらう」意識で

次に話したのが社長の仕事について。出会った人たちの言葉や行動をトレースしながら、肌で社長の仕事や考え方を身につけてきた鳥山さん。その中から、「利用されてナンボの精神」や「営業と会食」などについて、自らの想いを語ることに。

「自分が利用されるのが嫌というクリエイターもいます。でも私は、尊敬する社長から『相手は自分に利用価値があると考えて寄ってくる。だから、まずは利用されてみるようにしている』と聞いた時、自身の価値を矮小化していること、自分の世界観の狭さを痛感したんです。安売りは良くないですが、まず利用されてみるのも手だと思うようになりました」

さらに、一時は年間80日近く会食していただけに、「会食」についても明確な考えがあった。

「会食中は自分自身や会社を理解してもらい、私と会えば楽しいと思ってもらえるように、と考えています。支払にも意味があって、相手のために自分の会社のお金を使うこと自体に意味や意図があります。まぁ、社員には単に飲み歩いてると思われていますが(笑)」

また、社長になって初めて「社長の時間は貴重」という言葉にも合点がいった、と鳥山さん。

「訪問先の社長に会う時は『貴重な時間を自分のために使ってくれている』という意識を強く持ちます。場が楽しくなるように意識して『鳥山さんのために時間を使って良かった』と思ってもらうことが、将来のビジネスにつながると考えています」

社長は人と会うこと自体がビジネスで、会食ひとつにも意味や意図があるという言葉には、修羅場をくぐり抜けてきた重みを感じた。

「トリサンクリエイター」ウェブサイト
2016年に立ち上げたクリエイティブ専門の人材事業「トリサンクリエイター関西

未来を切り拓く原動力は人とのつながり

起業直後から経営思想も変化してきた。自社の成長に伴って、クライアントからの要求もレベルが高いものに変化していく。その変化に対応するには、社内の複数の要素を同時に向上させなければならないという。

「ものづくりと人づくり、そして組織づくりの3つを三位一体で回して同時にレベルアップさせるサイクルが必要です。良いサイクルを生み出すには、起業や人の成長や変化が必要。新しい人や技術、システムを吸収し、改善を重ねることがカギです」

現状維持ではなく上のレベルを求め、新しい情報と人を自社内に取り込んで社内を強化していかなければ、クリエイティブ業界で生き残ることはできないとの考えを持つ鳥山さん。特に力を入れているのが教育と採用だ。

「設立当初は気持ち優先のベンチャー経営でした。しかし今では、会社で『人間的成長』という言葉を大切にしていて、この言葉の実現のために裁量労働制も廃止しました。プライベートの時間を大切にしながら、高付加価値な製品を生み出し続けられる社内体制の構築をめざしています」

ほかにも、工数管理の厳密化や残業申請制など、鳥山さんの言葉を借りれば「仕事だけじゃなく、プライベートも充実する会社になる」ためのシステムを整備中だ。

「スタッフを大切にしているという想いを伝えるだけじゃなく、実際に安心して暮らせる会社にするのが社長の仕事ですから」

今後の事業展開としては、ゲーム機と遊技機の事業はどちらも企画から製作、運営までオールインワン開発体制をめざすという。

「『このタイトルはトリサンが作りました』と言える開発をしてみたい。ほかにもVRやカジノ機のグラフィック開発、既存事業である人材事業も挑戦&拡大していきたいですね。そして自分がいなくても成長する会社をめざします」

将来は「デジタルエンターテインメント=トリサン」と思われる会社にしたいと夢を語る。最後に語ったのは人の重要性だった。

「経営も会社の成長も、最後は人と人のつながりが重要なファクター。皆さんと一緒に頑張って“生きましょう”」という言葉に、鳥山さんの人を大切にする経営者としての姿が垣間見えた。

イベント風景

イベント概要

ゲーム・遊技機デザイナー 倒産からの会社経営への道
クリエイティブサロン Vol.198 鳥山進氏

ゲーム開発・エンタメ業界に携わり20年以上過ぎました。会社倒産をきっかけに、すがる思いでメビック扇町で起業し、気が付けば13年が経ち、40人規模の会社になっていました。「ものづくり」「ひとづくり」「組織づくり」の考え方、これまでに起こった「事件」や「人のご縁」、そして今だからたどり着いた「気付き」などを、自分の言葉、経験則からお話しできればと思います。エンタメ開発者やこれから起業をめざす方の参考になれば幸いです。

開催日:2021年3月10日(水)

鳥山進氏(とりやま すすむ)

株式会社トリサン 代表取締役

1969年、大阪府生まれ。10代から働いていた会社を20代半ばで退職、それまで未経験だったゲーム業界に飛び込む。デザイナーとしてゲームメーカーで働いた後、遊技機メーカーでパチスロの開発に携わり、会社倒産を経て2008年、「株式会社トリサン」を設立。現在では大手メーカーを中心に、「ゲーム開発」「遊技映像開発」を柱に受託開発、VR、展示映像など主に映像エンターテインメント開発を行い、2016年にはクリエイティブ専門の人材事業「トリサンクリエイター関西」を立ち上げる。

https://torisan-net.com/

鳥山進氏

公開:
取材・文:中直照氏(株式会社ショートカプチーノ

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