神様の飛び蹴り、回し蹴り……でも前を向いていれば大丈夫
クリエイティブサロン Vol.195 岡貴美氏

人生には、さまざまなターニングポイントが訪れる。壁にぶつかったり、環境が変わったり、往々にして思いがけない出来事ばかりだ。この日の登壇者、Scratch Factoryの岡貴美氏もこれまで数々の不測の事態を乗り越えてきた。今回のクリエイティブサロンでは、現在のSP(セールスプロモーション)デザインの仕事を含め、公私にわたるお話をじっくり聞かせていただいた。タイトルは「ボサッとしてると、神様から蹴りが入るんです」さて、神様はどんな蹴りを入れたのか? 会場の参加者は岡氏の話に興味深く耳を傾けた。

岡貴美氏

お絵描き好きの少女からデザイナーへ

祖父は日曜大工、祖母は手芸、母は洋裁、叔母は編み物、叔父は絵画……と、ものづくり好きの家系に育った岡氏は幼稚園の頃からお絵描きが得意で、漫画家を夢見る少女だった。小学校では少女マンガ誌『なかよし』を愛読し、中学校ではチェッカーズらアーティストの似顔絵を描き友達に売っていたことも。当然のこと高校は美術系を望んだが、学業を重視する両親から反対され、泣く泣く進学校へ進むこととなった。

これを機に両親への反発心が芽生えた岡氏は、その後も美大受験を諦めきれず人知れずデッサンの練習に励んだと言う。また、その一方で入学先の自由な校風の中、当時人気だったユニコーンのコピーバンドを組んで学生生活を謳歌した。その頃の様子について「ミッション系の学校だったので授業科目に聖書の時間があったんです。担当の先生が『笑っていたらいいことあるよ』といつも言っていたので、とにかく毎日笑っていました。あの頃はまだ平穏な日常のありがたさより、何か特別なことが起きることを“いいこと”と思っていたんでしょうけどね」と振り返る。

その後、念願だった美術系の短大に進学。インテリアデザインを勉強し、その知識を活かして高校時代からの夢であるディスプレイデザインの仕事を目指すようになった。ちょうど時はバブル崩壊直後、大手企業が内定切りを始め多くの学生が涙を飲む中、岡氏は希望とはやや違うものの無事に設計コンサルタントの会社に就職したのである。

作例
現在は、SPデザインの一環として、大型施設のサインやショッピングモールのディスプレイも手掛ける。

初めて味わう豪快なハイキック

しかし、そこで待ち受けていたのは思いもよらぬ環境だった。周囲の四大卒、大学院卒と比べられ、満足に仕事を任せてもらえない日々が続いた。心ない言動から精神的に追い詰められ、徐々に体力も落ち時には点滴を打つため通院したことも。ストレス反応が体に出て、ついに退社を余儀なくされた。

岡氏によると、これは「神様からのハイキック」だそう。「学生時代までは神様もチョイ蹴り程度でしたが、社会人になり、いよいよ本気の蹴りが始まりました」

その後、何度か転職することになるのだが、あるサインデザインの制作企業に勤務していた時のこと。現場を取り仕切る設計・現場監理を任されるようになった。こういった大人数が関わる現場の場合、密なコミュニケーションがなければ作業は進まない。もともと人見知りだった岡氏だが、この環境下、必要に迫られ自ら話しかけるようになった。また、誰がジュースを奢るか決めるじゃんけん、略して「ジューじゃん」など、日々の他愛もないやりとりの中で次第に周囲と打ち解けていった。

「ここの職人さんたちには本当に助けてもらいました。カッティングシートや電動ドライバーなど道具の使い方を教えてもらったし、制作現場は人のコミュニケーションで成り立っているということも。おかげで人見知りもずいぶんマシになりました。神様から『転んでもただでは起きるなよ』と言われた気がします」

やっぱりドSな神様はいる

そんな岡氏がSPデザインの仕事と出合ったのは、その後、派遣社員として務めたSP専門のデザイン企業。ここでは、商品の販売やPRに関するポスター、パンフレット、ポップ、什器、パッケージ、サンプルなど幅広い制作物に関わり、制作したツールをいかに販売促進につなげるか、その活用法にまで携わることができた。

「SPデザインは、店舗のイメージづくりや販促企画も含め、平面から立体までデザインを総合的に担当します。これまでの職歴で身に着けたグラフィックや設計のスキルを全て活かすことができ、毎日仕事が楽しくてワクワクしていました」

SPの説明図

しかし、こんな時も神様はローキックを忘れない。一時の派遣ブームで増加し過ぎた就業人口を調整しようと、時給下落や派遣切りが始まったのだ。次第に岡氏も「派遣」という働き方に限界を感じ、正社員をめざしせっかくの職場を退社することに。さらに次に転職した大手SP会社では、約7年半の勤務の末、会社側から強引な部署異動を言い渡された。その後も異動先で頑張ってはみたものの、やはり肌に合わず1年後に再度退社の道を選ぶこととなった。そして続く転職先でようやく落ち着いて働ける環境を得て肩書もデザイナーからプランナーへ、さらにディレクターへ。仕事の幅が広がり、自身を取り巻く状況も変わって充実した日々を過ごすようになった。

が、やっぱりこんな時も神様は飛び蹴りを忘れない。勤めていた会社から急に不当な減給を求められ、さらに思いもよらない経営実態も発覚。さすがの岡氏もこれには驚き、退社を決意した。一連の出来事を通して「やっぱりドSな神様はいる!と確信しました」と笑う。

期せずして始まったフリーランス生活

この退社を機に、岡氏は起業を決意。幸いにも以前の取引先が仕事を発注してくれたり、メビックのイベントや交流会に参加し新たな人の繋がりを得たり、フリーランス生活は徐々に軌道に乗っていった。

また、神様が背中を一押ししてくれるような出来事も起こった。その一つが、クリエイターのオリジナル商品を制作・販売する「Creator’s Showcase」だ。2007年から雑貨作家の活動を続ける岡氏は、作品の制作を通して良質な商品を提供してくれる仕入れ先や小ロットから引き受けてくれる業者を地道に開拓してきた。そのうち、周囲のクリエイターからも「良い取引先を教えてほしい」と相談を受けるようになったため、希望者を募って複数名で発注し、自分たちで販売しようと考えたのだ。 2017年から始まったこの企画は参加クリエイター、消費者、双方から反響を得て、すでに百貨店などで3回の開催を果たしている。

「Creator’s Showcase」展示風景
左:ペーパーグッズをテーマにしたCreator’s Showcase Vol.1(近鉄百貨店上本町店 2017年8月)
右:Vol.3は、「ステーショナリー」をテーマにノートやペンケースなどを制作、37組のクリエイターが参加した。

さらに、4年前からはメビックのコーディネーターを務め、他にもカルチャーセンターの講師や専門学校の非常勤講師としても活躍している。図らずも退社しフリーランスになったことは、岡氏の言う通り「神様のお計らい」だったのだろう。

セミナー開催風景

サロンの終盤、岡氏は高校時代に学校で教わった聖書の一節「希望は失望に終わることはない」という言葉を紹介した。

「当時はあまり意味が分かりませんでしたが、社会人になりいろいろ経験するたびに、少しずつ実感できるようになりました。前を向いていれば何とかなる! まさにこれだな、と」

時に神様の飛び蹴りを全身で受け止め、時に回し蹴りで思いもよらぬ方向へ飛ばされ、紆余曲折の道を歩んできた岡氏。だが、その語り口調は終始軽やかで、「過去のことは全部笑い話だし、苦労話は誰にでもある。そのことばかり引きずって悲壮感を漂わせていたら楽しくない」と話す表情は晴れやかだ。これまでの蹴りの数々を、全て神様の深い愛ゆえと理解しているからだろう。そして今後について、「頑張るのは当たり前だけど、頑張り続けるのは大変。だから、これからもちょっと気を抜いては神様に蹴りを入れてもらいながら持ち直していきたい」と語った。「神様、どうぞお手柔らかに」と願いつつ、どんな蹴りも華麗に受け止める岡氏の姿が頼もしく思えるクリエイティブサロンであった。

イベント風景

イベント概要

ボサッとしてると、神様から蹴りが入るんです。
クリエイティブサロン Vol.195 岡貴美氏

何かが起こるタイミングってありませんか? ターニングポイントってヤツ、私には何度もあるんです。多分私の人生をチェックしている神様がどこからともなくやって来て、飛び蹴りを見舞って去って行きます。ある時は見ている方向を変えられ、ある時は吹っ飛ばされて居場所が変わる。不意を突く会心の一撃により、毎回私はオロオロするばかり。でも、めげずにいれば結果的にいい方向へ向かってたりするんですよ。今もデザインのお仕事を続けられているのは、そんな神様がいるからじゃないか?という、わかってもらえると(私が)嬉しいお話です。あと、SPデザインについても少し話すと思います。

開催日:2021年2月18日(木)

岡貴美氏(おか たかみ)

Scratch Factory / SPデザイナー

1972年、大阪の下町で生まれ育つ。短大のインテリアデザインコース卒業後、店舗設計アシスタントとして社会人をスタートし、サイン、ディスプレイ、グラフィック、店頭販促(SP)等数社で空間・平面を取り混ぜた商業デザイン全般に携わる。仕事の傍ら2007年よりハンドメイド作家としても活動。デザイナーからプランナー・ディレクターを経て2014年にScratch Factoryとして独立開業。現在はこれまでの様々な経験を活かし、SPをメインにグラフィック作業からディスプレイ製作現場まで興味の赴くまま活動中。肩書はデザイナー、やってる事はデジタルからアナログまで。
京都芸術デザイン専門学校 非常勤講師
ラッピング協会認定講師(ギフトラッピング)

https://www.scratch-factory.com/

岡貴美氏

公開:2021年3月22日(月)
取材・文:竹田亮子氏

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。