建築に没頭して掴んだ、居心地の良い空間のつくり方
クリエイティブサロン Vol.197 池田久司氏

今回のゲストスピーカーは大阪府茨木市で建築設計事務所を営む池田久司さん。ご自身のブログタイトルでもある「タテモンのすゝめ」と同じタイトルで、働きながら気づいたエピソードを話してくれた。建物への思いから、池田さんらしい居心地の良い空間や、将来を見据えた配慮が浮かびあがるサロンとなった。

池田久司氏

建築が偉そうな顔をするのはおかしい

三人きょうだいの末っ子として茨木市の山手台の団地で育ったという池田さん。高校生までは「前にならえの学校が嫌い」「将来サラリーマンにはなりたくなかった」と語り、当時思い浮かんだ将来像はデザインや建築の道。その後、京都工芸繊維大学に進学。しかし、入学当初は「夏休みにやっと課題から解放された」と考えるような学生だったという。

そんな池田さんが建築の面白さに気づいたのはある課題だった。

「検討段階の設計案を見てもらうために学生グループでゾロゾロと先生の研究室に訪れるのが緊張するし、好きじゃなかったんです。嫌だなと思っているときに、教室のある建物と先生の研究室がある建物の間を橋渡しする空間に製図室をつくれば、先生が教室に移動するまでの間に自然と学生の様子をチェックできるのではと気づいたんです。設計次第で人の流れがつくれる建築の面白さに初めて気づいた瞬間でした」

また、後の師匠と出会ったのも学生時代。屋根や外壁に鉄板を使うことで有名な建築家・木村博昭さんに大学の先生と生徒の関係で出会い、木村先生が設計した神戸の「鉄の教会」と呼ばれる神戸新生バプテスト教会を見て感動した。

先生からの「自分ならどんな教会を建てるか?」の課題に対し、池田さんが出した答えは「ボーダレスチャーチ(境界のない教会)」。

ボーダレスチャーチ(境界のない教会)

「母方の祖父が牧師だったので、教会は自分にとっては親しみやすい場所でした。だから、生活に寄り添った、閉じない建物にしないほうがいいと考えたんです」

この課題以降、「建築が偉そうな顔をするのはおかしい」と意識するようになったと池田さんは述懐する。

大学院時代に京都工芸繊維大学の創立60周年事業の目玉としてつくられる学内の記念館を木村先生が担当することになり、「ちょっと模型づくりを手伝ってくれ」という言葉からはじまり、憧れの木村先生の事務所の所員になった。

大学院に行けば実務経験が2年カウントされるものの、実際は未経験に近く、所員時代の池田さんは体当たり的に仕事を覚えていった時期だと振り返る。

「建設工事現場にはたくさんの職人さんがいます。時には仕上がりをめぐって怒鳴り合う声が聞こえてくることもありました。自分の指示不足が原因で天井が予想外の色に塗装され、怒られながらも、建物をつくりあげていくプロセスの中でのコミュニケーションの大切さを学んでいきました」

その後、店舗設計や民家のリノベーションなどさまざまなジャンルの建物に携わりつつ、4年間在籍した木村先生の事務所を退職し、2013年に独立した。

設計した空間は建築家の思想があらわれる場所

独立後には木造住宅にも携わった。舞台は神奈川県厚木市。大豆畑の広がる光景の中にたたずむ木造の「厚木の家」(協働:橘川雅史)だ。自動車が頻繁に行き交う県道近くにあった住まいから、少し離れた奥にセカンドステージのための住まいを建てたいという夫婦の願いを叶えた物件だ。

「畑が広がる空間に佇んでも建築が負けていない、シンプルな建築は強いと感じました」

窓の高さと比べてさらに高い天井をつくり、建築に包みこまれるような、落ち着いた空間に仕上げた。

厚木の家(写真:橘川雅史+池田久司)

また、大阪の住宅街にある「香里園のH邸」では、寝室とリビングの間をつなぐ空間を意図的につくり、ご夫婦の間のまだ小さなお子さんが思春期を迎えたときにも居心地よく過ごせる空間を意識した。池田さんは空間から感情を受け取ることもあると語る。

「あの人とは『壁を感じる』とか『奥が深い人だ』とか空間を使った感情表現があります。それなら空間から思考を受け取ることもあるのではと考えているんです」

香里園のH邸(写真:杉野圭)

その空間への配慮は次に紹介する池田市「石橋のY邸」でも顕著だ。三角屋根の天井の部屋や広場のような部屋など、空間の中に5つの「つくり」の違う空間をつくり、それぞれの体験を変えていこうとコンセプトを練った。

石橋のY邸(写真:髙橋菜生)

内覧会を開催した際、尊敬している建築家から「これまでかっこいいとされてきた形ではないけれどデザインされているよね」と語ってもらったことで、「石橋のY邸」はチャーミングな住宅だと気づいたという。

メビックがきっかけで大きな案件にも出会った

独立から5年経った2018年、販路を広げようと異業種交流会など人の集まる場所に顔を出すよう心がけたという。そんな中、出会ったのがメビックだった。

「メビックでの『企業によるクリエイター募集プレゼンテーション』で知り合った方に紹介していただいたクライアントから『3日後提案してもらえませんか』とご相談いただきました。大急ぎでプランを練って提案したところ、企画が通ったんです」

それが兵庫県の淡路島にある、航空機・宇宙機器部品などをつくる工場だ。池田さんは構想設計とデザイン監修を行い、地元の設計事務所である株式会社たくと建築設計と取り組んだ。

「工場特有の威圧感を和らげたいと考えて、川沿いの道路から見える範囲に会議室など比較的小さな空間に納まるオフィス機能を配置して、加工機械が設置されるボリュームの大きな加工場部分は道路から離れた奥の部分に配置しました」

また、屋根の形もまっすぐではなく、山並のように見せて風景とのバランスを考えたという。

左:淡路島の工場 右:「OQ」と名づけた応急のテイクアウトスタンド

工場の設計に携わった同時期に、コロナ禍の飲食店を応援するため、友人の建築家バンバタカユキさんとテイクアウト用の応援スタンドを考案した。コンセプトは「ホームセンターで購入できる道具で専門の工具を使わずに安価に組み立てられるもの」だ。

「インターネットで屋台を調べたら15万円もして高いと感じました。OQなら6000円程度でDIYすれば制作できます。つくってみたらなんとなく自分らしさが出ました」

マニュアルを公開し、誰でも自由に使ってほしいと語る。

最後にご自身がデザインしたペンギンをモチーフにした事務所ロゴになぞらえて、「自分の目指す建築のあり方がペンギンに似ている。派手さはないけれどチャーミングさを備え、環境に適応する建築をつくっていきたい」と語った。

最初に語られた「前にならえの学校が嫌い」といった強制的なものへの抵抗が、設計された建築に反映されて、池田さんらしいチャーミングさや配慮が備わった居心地のよい空間に設計されていると素人ながら感じた。

イベント風景

イベント概要

タテモンのすゝめ
クリエイティブサロン Vol.197 池田久司氏

虫も鳥も獣も人も巣をつくります。人がつくる巣は建築と呼ばれています。人が住むところにはどんな辺境の地でも家があり、ジャングルの奥地には虫や鳥の巣があります。つまりどこへ出掛けようとも、建築好きには垂涎の観光地になるのです。そんなに遠出をしなくても、建築を知ると何気ない街の風景も少し表情が変わります。
普通の団地で生まれ育ち、建築の「け」の字も知らなかった私が大学での課題や仕事での悪戦苦闘、様々な名建築との出会いから得た気付きによって、建築という沼にズブズブはまっていく様をクリエイティブサロンらしく、その成り行きをお話しさせていただきます。皆さんもこの沼にまずは片足を突っ込んでみませんか。

開催日:2021年3月4日(木)

池田久司氏(いけだ ひさし)

池田久司建築設計事務所 代表 / 一級建築士

1983年大阪府生まれ。2009年京都工芸繊維大学大学院建築設計学博士前期課程修了。同年 木村博昭 / ケイズアーキテクツに入所。2013年にHI STUDIO(現・池田久司建築設計事務所)を設立し、現在に至る。地域の自然環境や人々の営み、歴史を丁寧に読み解き、人が生きることの本質に寄り添うチャーミングで美しい建築をデザインすることを信条としている。神戸松蔭女子学院大学、大阪成蹊大学非常勤講師。

http://ikd-a.com/

池田久司氏

公開:
取材・文:狩野哲也氏(狩野哲也事務所

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