ゼロから掴み取った、嘘も妥協もない自分だけの生き方
クリエイティブサロン Vol.186 松本陵氏

今回のクリエイティブサロンは、フォトグラファー・シネマトグラファーの松本陵氏。現在は広告やファッション関連の写真や映像を中心に活躍しているが、独立した4年半前は、クリエイティブ業界に全く知り合いがいない状態だったという。これまでの経歴とともに、トークテーマとして掲げられた「考える前に動く。とにかく速く」の意味や、真っすぐで嘘のない仕事への姿勢を語ってくれた。

松本陵氏

インテリアデザインからフォトグラファーの道へ

1987年生まれ。太陽の塔が見守る北千里で育った松本氏。高校卒業後は専門学校へ進学し、インテリアデザイン学科で空間デザインを学んだ。「そのとき、建築士の方とお話しした際に『インテリアデザイナーは建物の中身だけで、外側を知らない』と聞いたんです。それではよいデザインはできないと思って」と、インターンシップで大手建築会社へ。しかし、当時の建築業界は姉歯事件の影響で不況の真っただ中。現場の空気は重く、仕事としても自分には合わないと感じたという。「それじゃ何をしよう?と考えて思い付いたのが、趣味のカメラでした」。早速、インターネットで“カメラ 求人”と検索。軽い気持ちで求人に応募し、入社したのは大阪・ミナミの写真スタジオ。ここからフォトグラファーとしてのキャリアがスタートする。

入社後、先輩に教わりながら学べると思っていた松本氏だが、現実は大きく違った。前任カメラマンとの入れ替え入社で、スタッフは社長以外に1カ月先に入社した新人のみ。「ストロボってどうやって使うんですか?と聞くと、『分かりません』って感じで(笑)。自分で勉強するしかない状態でした」と振り返る。会社の機材を“壊す勢い”で触り、練習し続け、なんとか仕事に食らい付いた。チーフ・フォトグラファーとして3年間勤めた後に転職。ブライダル関連のスタジオを2社渡り歩き、フォトグラファーとしての経験を積んだ。そして、2016年2月1日に独立。第一子が生まれる10日前だった。

前のめりなアクションで仕事を手繰り寄せる

ここで松本氏が手掛けてきた、ファッション関係の仕事がいくつか紹介された。まずは「ファッションエディトリアル」と呼ばれるジャンル。ファッションを表現手段として世界観やメッセージを伝えるアート性の高い写真で、海外では専門誌が多く刊行されている。「自主撮影した作品を海外の雑誌社に売り込んだりしています」。次に紹介されたのは「ルックブック」。ブランドのコンセプトを表現するための冊子で「撮影だけではなく、キャスティングやロケーションの選定など、ディレクションから入ることが多いですね」と言う。どの仕事もアーティスティックな作風で、いわゆる商業カメラマンとは異なる印象を受ける。

「独立時はブライダル業界以外に知り合いがおらず、広告業界への繋がりも、仕事の経験もありませんでした」と語る松本氏。では、どうやってこれらの仕事にたどり着いたのだろうか? 孤立無援の状態で仕事を掴むために取った行動は「とにかく人に会う」こと。あらゆるイベントに顔を出しては、名刺を交換し、後日全員に会う機会を作って、ポートフォリオを見てもらった。また、制作会社へも片っ端からメールと電話を繰り返したという。

独立2カ月後、地道な努力の末に手に入れた初仕事が、神戸市にあるファッションビル・ミント神戸のバーゲンビジュアル。生まれて初めての広告撮影でもあった。「クライアントが20名くらい来るし、めちゃくちゃ緊張しましたね。お金もないし、毎晩子どもが泣いて寝不足だし、撮影中はストレスでお腹が痛いうえに、カメラまで壊れるし(笑)。けど、ずっと平気な顔でやり通しました」と感慨深げに思い返す。松本氏には、依頼を持ち掛けられた際に貫いている姿勢がある。それは「できますか?」という質問に対して、全て「できます」と答えること。そこには、いつどんな仕事が舞い込んでも「できます」と言えるよう、常に誰よりも学び、新しい手法への研究も怠らないという努力の裏付けがある。「『できます』と答えてできないとタダの嘘つきになってしまう。この初仕事のときは、自腹でスタジオを借りて、ライティングを完璧に仕上げてから撮影に挑みました」。練習のスタジオ代を差し引くと赤字だったが、この仕事がきっかけとなり、さまざまな仕事に繋がっていった。

作例
「TOZAOU」のルックブック。同ブランドの服を作っている縫製工場での撮影を提案した。

真正面から挑む真摯なる仕事へスタンス

「仕事を貰うというよりは、自分からアピールしていきたい」。これは独立当初から、現在も変わらない思いだという。「Instagramを見て、服はすごくいいのに、ルックブックがイケてないブランドを見つけたら、タダでいいから一度撮らせて!とメッセージを送っちゃいます」。返信すらない場合も多いが、50件送れば1、2件はいい返事があるそうだ。また、「タダでいいから」の言葉にも考えがある。「仕事は0か10か。一度ギャラを下げれば上げられないので、絶対に値引きはしない。けれどタダならやる。次に10と言えるから」。

もう一つ、仕事の考えとして語られたのが「ベジータの法則」。ご存知、ドラゴンボールの人気キャラの名前だ。ベジータは初登場時は悪役だったが、次第に悟空とともに戦う仲間になっていく。「最初の印象が悪くても、最後がよければいい奴っぽいでしょ(笑)。なので、この服のココはダサくない?とか、最初に正直に言っちゃいます。現場がピリつく瞬間はあるけど、クライアント側もクオリティが上がるのは撮影を見ていたら分かる。アウトプットがよければ、最後には『気になることがあれば言ってください』って感じになるんです」。

20代の頃は否定ばかりしていたと苦笑いする松本氏だが、「今でも思ったことは絶対に言う。けれど、否定だけではなく、『こうした方がよくなる』と思う対案を必ず提案します」。はっきりと否定することはリスクがある。相手の予想を超える結果を出せなければ、口だけのクリエイターになってしまうからだ。それでも、このスタンスを貫き通せるのは、誰よりも真摯に仕事に向き合っている証だろう。

松本陵氏の作例
フランスのブランド「2020」から依頼を受けて制作した同ブランドのコンセプトムービー

自分に正直でいることが、自分だけの未来を拓く

松本氏は写真撮影だけではなく、映像作家としてのシネマトグラファーの肩書も持つ。映像に関わるきっかけは、世界から注目される日本人トラックメーカー・Seihoのアルバムジャケットの撮影。その写真を気に入ったSeiho本人から、後日、映像制作の話しを持ち掛けられた。仕事として映像制作の経験はなかったが、答えはもちろん「できます」。ムービーについても独学で学び続けていた。本番までの1カ月間に、さらに撮影と編集を猛練習して、無事に撮影を終えた。完成した映像は海外でも評価され、フランスから映像制作のオファーが舞い込むなど、大きな転機になったという。

仕事へのこだわりとして「現場のフィーリングを大切にしたいから、先に決めすぎない。現場でこうだ!と思ったらすぐに動けるようにしてます」と語っていた。また、トーク終盤に将来の展望について聞かれた際にも、「先のことはあまり決めていないんです。思い付いたらすぐに動ける余白をツブしたくない」と答える姿が印象的だった。常に自分を信じ、自分に嘘をつかず、道を切り拓いてきた松本氏。他人や運命といった不確定なモノゴトに頼らず、真っすぐに意思を貫く姿は清々しく、憧れを抱くほどに潔い。新たなヒラメキによって、どんな未来を掴んでいくのだろうか。熱い期待を寄せずにはいられない。

イベント風景

イベント概要

考える前に動く。とにかく速く。
クリエイティブサロン Vol.186 松本陵氏

街のスタジオからフリーランスフォトグラファーとして独立して4年半。悩むこともありますが、 “とにかく速くとにかく動く” そのことを一番に大事にしています。クリエイティブ業界に誰も知り合いがいないタイミングでの独立。なぜ独立したのか、そこからどうやって仕事を作っていったのか。写真だけではなく、なぜ映像を始めたのかなど、今までの経歴や仕事に触れながらお話しさせていただきます。

開催日:2020年11月17日(火)

松本陵氏(まつもと りょう)

RYO MATSUMOTO PHOTOGRAPHY
フォトグラファー / シネマトグラファー

1987年 大阪府生まれ
2008年 写真スタジオ勤務
2016年 フリーランスフォトグラファー&シネマトグラファーとして活動開始

広告やファッションフォトグラフィーを中心に活動。映像作家としても活動中。

https://www.ryomatsumoto.com/

松本陵氏

公開:
取材・文:眞田健吾氏(STUDIO amu

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。