インテリアデザインの在り方を問い直す「普通」。
クリエイティブサロン Vol.185 松本直也氏

ともすればネガティブにとらえられそうな、デザインにおける「普通」という言葉。聞く人によって意味が変わり、シンプルでもなく、普遍的でもない「普通」とは。今回はそんなキーワードにもとづいて、松本直也デザインの松本直也氏が、自身の制作スタイルについて語った。それはデザインの根源にかかわる、とても意味深いものだった。

松本直也氏

「ふつうがすてき」であるために。

飲食店、アウトドアショップ、ヘアサロン、オフィス、納骨堂など多様な業態のほか屋台や一日限りの仮設バーなど、ひとつの設計手法やテイストにとらわれないデザインで知られる松本直也氏。成安造形大学を卒業後、設計施工会社を経て24歳で関西を代表するインテリアデザイン界の大御所、野井成正氏の事務所に就職した。30歳で独立し、今年で8年目。独立は早くから決めていた。

「野井さんから30歳までは面倒みてやると言われていて。逆にいうと30歳以降は自分でなんとかしろ、すなわち独立だと。言った本人は忘れてましたが(笑)」

独立後すぐは仕事がなかったが、後述する「葦Bar 2nd」が国際的なデザインアワードである「A’Design Award & CompetitioN」でプラチナムアワードを受賞。これがきっかけで大手飲食チェーンの本拠地オフィスを設計する話が舞い込んできた。

「そこから軌道に乗った感じです。現場が東京だったので、東京でも仕事できると認知してもらえたし」

今回のタイトルである「デザインの普通を考えてみる」。とても抽象的で難しいお題だ。ちなみにこれは松本氏の好きな言葉「ふつうがすてき」に通じるもの。それは94年当時、小学生だった松本少年がよく遊んでいたゲーム『ボンバーマン』の1stステージ名。ゲームはステージことに特徴を持ち難易度も上がっていくが、1stステージだけは単純明快。ブロックを崩して道を開くだけ。

「それがすごく好きで印象に残っていて。何が好きかといえば、シンプルなだけに多種多様な遊び方ができること。単純にものごとを考え動かすという方法がしっくりくるタイプなのかなと、今となれば思っています」

それが現在の仕事のやり方と結びつき、「デザインにおける普通」を追求するようになった。しかしこの心境に行き着くまでは紆余曲折があったという。

松本直也氏の作例
「A’Design Award & CompetitioN」でプラチナムアワードを受賞した「葦Bar 2nd」

「デザイン=形」からの脱却。

独立当時は今とまったく逆の考え方だったという。当時手がけたお洒落なカフェの写真を見せながら「みるからにデザインするぞ、というのがひしひし伝わってくるでしょ(笑)。でも求められているのはそこではない。普通にお店が成り立って、心地いい空間になることがオーナーにとってはベストだった」と振り返る。とはいえ独立3年目くらいまでは「デザイン=形という考えで、ドアが重すぎて開かないとか(笑)。それでもいいと思う自分もいて」

転機となったのは、琵琶湖のほとりに立つ1日限定の屋台「葦Bar」。これは母校の成安造形大学の授業である葦を使った造形制作から。「ぼくの在籍時は数名のチームで制作していたのが、今は個々で立体物をつくる内容に変わっていて」。たまたま訪れた母校で制作風景を見て「この授業は自分より大きなものをつくることに意味がある。全員でひとつのものをつくってみては」と提案したところ、「自分がやれと言われて(笑)。そこで学生と一緒になって屋台をつくったんです」。

このときぐらいから自分は、一人でデザインやディテールにこだわるタイプの人間じゃないなと思いはじめた。「この葦の屋台も最初にこうやろうとだけ伝えて、あとは思い思いに動いてつくったもの。ミリ単位でどうするかという世界観でもない。それはそれで成り立つんだということを納得できた瞬間ですね」

その後もあるケーキ屋の設計では、オーナーと互いの想いを理解し合うことでいい空間がつくれることを実感。ほかにもコストを抑えるためにネットで素材調達したサンドイッチ店の屋台、美しい姿で残っていた躯体のコンクリートをそのまま生かしたヘアサロン、外装に塗られた塗料をすべて剥がし、建築当時のタイル仕上げを見せたワインバー兼レストランなど、インテリアデザインの在り方そのものを問い直すようなプロジェクトが次々と生まれていく。

「使われることを第一に考えた空間、形だけでなく、ストーリーを表現した空間を生み出すことを大事にするようになりました」

普通はけっして退屈ではない。

いよいよ話は本日のテーマの核心「デザインにおける普通」に迫っていく。言葉遊びではないが、自分の普通と相手の普通は違って当たり前。

「見た目のデザインだけで考えると、結果的に意匠性の強いもので終わっちゃう。それは今の時代にそぐわない。今はあらゆる情報が溢れていてクライアントも知識が豊富。膨大な情報量のなかで、薄い表現を持ちだしてもすぐに飽きられます。一歩身を引いて自分の身の丈にあった、自分だけができるという考え方をきちっと表現することが、これからは大切になってくる」

デザインという言葉から私たちが一般的に抱くテイストや表現技法ではなく、もっと根本的な「人との関係性で生まれるデザイン」を追い求めている。そしてそれこそが松本氏の「普通」なのだ。自分の色を持ちながらきちんとコンセプトを説明し説得できて、はじめて空間のデザインや設計が成立する。松本氏も自分が携わることで新しい世界観や価値観を提案し、それが評価されるよう結果にこだわる。

その一例が堂島ロールの岡山店「MERCI MONCHER」だ。堂島ロールといえば装飾的空間とそこで提供されるスイーツがマッチしてファンをつかむブランドだが、こちらは一変してミュージアムと料理をするラボラトリーを融合した世界観。

「今までと正反対の空間なので、最初は理解を得にくかった。これもスキをつくって互いに歩み寄ることで、180度違う空間がつくれました」

作例
パティスリー&ダイニングカフェ「MERCI MONCHER」

どんなときも基本的に「違う」とは言わない。「わかります」と答え「わかるからこそ、こうしたらどうでしょう」と柔らかく誘導する。それが松本氏のやり方。

「飲食店で引き渡し後に行ってみると、壁にぺたぺたメニューが張られていたり、それが嫌で文句を言ってもギクシャクするだけ。ぼくたちの大切な仕事は“自分たちが携わることで意識を持ってもらうこと”。使い手が“こうやったらいいかな”と考えるクリエイティビティを芽生えさせること。それがいい関係の維持にもつながる」

たとえば壁から木の板が少し飛び出しているだけ、赤いラインが一本引かれているだけで、人はそれに合わせものを並べてしまう。そんな人の無意識をクリエイティブに誘導する。とても奥が深い話。

最後に今後について語った。「コロナ禍でインテリアデザインの仕事も1年後には減ると思っていて。ただそれを前提に仕事を多く取るとかキャパを増やすとかではなく、こんなときこそ自分の存在を揺るがさないほうがいい気がします。そういう意味で、大阪の小さい事務所でやっていることを変えないこと。それが今のぼくにとっては正解なんです」

イベント風景

イベント概要

デザインの普通を考えてみる
クリエイティブサロン Vol.185 松本直也氏

好きな言葉に「ふつうがすてき」という言葉があります。
著名で有名な方が言った言葉でもなんでもなく、スーパーファミコンのあるゲームのステージに付けられている言葉です。このステージは本当に普通で、プレーヤーのテクニックとセンスのみで勝敗が決まります。小学生ながらとにかく飽きがこなく、友達とずっと遊んでいた記憶は今でも鮮明に覚えており、仕事で悩んだり考え事をした時は夢中になった当時をよく思い出し、なぜあんなに飽きもせず面白かったのかを振り返る事がよくあります。
シンプルでもなく、普遍的でもない、「普通」という言葉から日常やデザインの事を考えてみたいと思います。

開催日:2020年11月12日(木)

松本直也氏(まつもと なおや)

松本直也デザイン
デザイナー

1982年 大阪生まれ
2005年 成安造形大学卒業
2005年-2008年 株式会社ノミック勤務
2008年-2013年 野井成正デザイン事務所勤務
2013年 松本直也デザイン設立
2015年- 摂南大学非常勤講師

主なデザインの仕事
UNBY GENERAL GOODS STORE / cote&cielフジマル食堂 / merci moncher / 杜のテラス等

http://naoyamatsumoto.com/

松本直也氏

公開:
取材・文:町田佳子氏

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