本は、僕を確認するための、もう一人の僕。
クリエイティブサロン Vol.184 吉永幸善氏

出会った本をキーワードに、44年の人生を紡ぎつつ、凝縮させて展示するかのようなクリエイティブサロン。そこは株式会社パラボラデザイン吉永幸喜さんの仕事の手法を閲覧する空間であり、三浦しをんの小説『舟を編む』を思い起こさせる時間であった。

吉永幸善氏

バイブル本、すなわち僕のアイデンティティ

1976年10月、熊本県の中央部に位置する宇土市に生を受けた吉永さん。宇土市は、北は有明海、南は八代海に面し、天草諸島への玄関口となる半島で、自然豊かなこの地で19歳まで過ごした。室内装飾業を営む父が本屋に足繁く通っていた人で、その影響を受け成長する。

「いつも漫画を読んでいましたね。父が毎週書店に横山光輝の三国志を買いに行くので、毎回ついて行きました。図書館や書店をウロウロしていると、何気に手にする本との偶然の出会いがおもしろく、約30年このスタイルで本を選んできました」

三人兄弟の長男ということもあり、両親の期待に応えたいという思いで中学受験をめざした頃、高熱が続くなど体調を崩す。検査をしても原因は不明、医者から心療内科での診察を勧められる。体調が万全でないなか、学業も滞りなく成果をださなければという、プレッシャーに押しつぶされそうになりながらも、治療をしつつ受験勉強を続けた。そんな不安定な思春期の自分を支えてくれた本が銀色夏生の詩集だった。吉永さんが「僕の中のクリエイティブなオリジンはこの詩集」と言いきるほど、多感な十代に心震わせた言葉達は、30年近くたったいまも彼のハートの基盤となっている。

その後、地元の進学校に入学し、朝勉、通常授業、部活終了後の夜勉という、勉強漬けの毎日を送る中に出会った本が鶴見済の『完全自殺マニュアル』だ。当時、自殺幇助の書籍としてメディアに取り上げられたりもしたが、人の生死のデットラインを緻密に分析した一冊は、「僕にとってのエポックメイキング」と言わせるほど、彼に感動を与えた。吉永さんにとって、この本との出会いは、ものごとを客観的に分析することの面白さを教えてくれた一冊であり、一生手放さないと心に刻むほど、自らのアイデンティティの1ピースを手に入れた瞬間だった。

吉永さんが持参した本
本はその人の思考の傾向をあらわすもの。吉永さんの思考を覗き見できるこれらの本に皆さん、興味津々。

完全自殺マニュアルによって、分析する面白さを知った彼は、当時、中田英寿(元サッカー選手)が言い放った「言葉が通じないくらいで、コミュニケーションが取れないなんて、そんな人生は嫌だ」という台詞に感動し、100の話の3割を伝え、しかし実は100を伝えるという、異文化を繋ぐテクニカルな通訳の仕事に惹かれ語学に興味を持った。関西大学で中国語、英語を、語学学校でイタリア語を学ぶダブルスクールという語学漬けの毎日を送る。

しかし、いざ就職活動を始めたものの、この年は超就職氷河期。希望職種の求人は全くなく、なんとかアパレルメーカーの内定をもらう。そんなとき父から家のリフォームをするという連絡をもらい、自身の部屋をデザインすることになった。自分が描くイメージを驚くほどに再現していく大工の仕事に魅了され、内定を蹴り、大阪総合デザイン専門学校インテリアデザイン科に入学、父と同じ道を歩くことになった。幼少期から少年期、青年期と多感で繊細でありながら、本という形に編まれた言葉を通し、感性を研ぎ澄ましてきた吉永さん。いよいよ社会へと舟を漕ぎだしていく。

思春期に漫画で学んでいた仕事術

26歳で就職し、業界の仕事がやっと理解できるようになり、体が自然に動き始めた2年目の28歳、中之島の大阪国際会議場3階大ホールを使っての大規模な企業内覧会の責任者を任される。メインクライアント以外に、その取引先も多く出展する展示会。それぞれの商材と、その思いをどう際立たせながら、ひとつの色合いにどうまとめあげていくのか、死に物狂いで、いや、死にそうになりながらやり遂げた。

「2年目の僕に、こんなでかい案件を任せてもらえたのは、本当に感謝しかないです。正直、精神的にも体力的にも辛かったですが、これを経験したからこそ、後々さらに大きな案件に向き合ったとき、とてもやりやすかった」。この仕事から約7年、転職しながら企業に勤め、37才で独立を果たす。

吉永さんが手掛けた展示ブース
中之島の大阪国際会議場で手がけた展示ブース

建築と違い、会期3日ほどで撤収する展示会は、壊す前提で造り込む。だからこそ実験的なことができると吉永さんは言う。仕事はおもしろい、しかし本を読む時間さえつくれない、時間に追われる日々を送る中で、支えてくれた本がある。高校生の頃に読んだ漫画の『寄生獣』だ。人に寄生し、人を食べる宇宙人と人間との戦いを描いたもの。最後に主人公がラスボスを泣きながら殺すシーンの台詞「ごめんね、君は悪くないんだ」に込められた、「それぞれの立場によって正解は違う、だから意見の対立やすれ違いはあっても、地球という惑星で生きている同じ弱い生命体なんだ」というメッセージに感動。

どんな仕事であっても、さまざまな人達と関わりながらプロジェクトを動かさないといけない、しかしその調整に翻弄されないための、心の支えとなった一冊だ。飄々とした風貌で関係各所の面子を立てながら、方向性を見失わない調整能力はこの本から学んだという。

そしてもう一冊は山崎亮の『コミュニティデザイン 人がつながるしくみをつくる』。仕事のことはこの本の中に全て書いてあると吉永さん。「山崎さんはランドスケープ、僕は空間というようにスケール感は違っても、人の意見を取り入れながら最適な答えを導き出す手法にとても共感できます。まさに仕事をする上での基礎が全部つまった本です」

本をつくったことで、さらに本が好きになる

吉永さんは、クリエイターが自分の思いのある町を冊子や映像で紹介する展覧会「my home town わたしのマチオモイ帖」の会場構成を担当している。本好きだが、これまで自身で本をつくることは考えもしなかった吉永さん。そんな彼が一度だけ本づくりに向き合うことになり、生まれたのが「いしばし帖」だ。

そのきっかけは、実家が移転することとなり、生まれ育った家が無くなってしまうことだった。見様見真似で写真を撮り、文章を書く。いままで自身で本をつくるなんて考えもしなかったが、こうしてつくってみたことで、本をつくる人の思いは、その本に反映されていて、その思いを間接的に体感できるのも本なんだと気づき、また本にどっぷり浸りたいと思うようになったという。

内気な少年は、その感受性が豊かなゆえに心の置き場を本に求め、その時ごとに自分が欲する感情を収めるバイブル本に巡り合ってきた。しかし、それは天から降ってきた巡り合わせではなく、彼の心の奥底にある意思が引き寄せたもの。フィールドはインテリア、ディスプレイデザインであっても彼の仕事そのものが編集であり、編集者であると思えたクリエイティブサロンであった。

イベント風景

イベント概要

あの本の話をしよう
クリエイティブサロン Vol.184 吉永幸善氏

皆さんにとってクリエイティブってなんですか。僕にとっては……何でしょうね。
自分語りするのは性に合わないし、得意でもないので、本をキーワードにいろいろお話しできればいいなあと思ってます。純文学や推理小説、詩集やビジネス書、マンガにライトノベル、ノンフィクションにエッセイ。この世の中にたくさんある本や雑誌から何を感じてきたのか。何を得たのか。4、5冊ほどピックアップして陳列するのでみなさんもぜひ手に取ってみてください。読んできた本からでもその人となり、思考の方向性、人生観などなどが見えることもあるのではないかと思ってます。
人と会うことを含め、体感して学んできたことと同じくらい本から得たものや感じたものも多く、自分自身振り返りながら、本と自分の考えや想いなんかを掘り下げていく話をしたいなと思ってます。ちなみにこのサロンのタイトルは、とある本へのオマージュです。当日またご紹介します。

開催日:2020年11月6日(金)

吉永幸善氏(よしなが ゆきよし)

株式会社パラボラデザイン
インテリアデザイナー / ディスプレイデザイナー

1976年生まれ。熊本県宇土市出身。熊本から大阪へ出てきて早20数年。関西大学文学部から何の因果かデザインの道へ。幸いにも人に恵まれ、助けられつつ、頼りつつ。会社勤めをしてればいいものをフリーランスとして独立し、最近法人化。

職住近接。一致は嫌だけど、近接ならよいかと自宅と事務所のある大阪市東淀川区を中心に、あまり自分から遠くない範囲での業務を増やしていきたいと活動しています。

業務主体は展示会や催事などの仮設空間設計やオフィス、ショールームなどの常設空間設計ですが、それらに付随する業務も引き受ける必要がある環境で育ったので、関連するディレクション業務、リサーチ業務も行います。

http://parabola-design.com/

吉永幸善氏

公開:2020年12月3日(木)
取材・文:松本希子氏(株式会社ルセット

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。