はみ出した分だけ広がるデザインの可能性、自分の明日
クリエイティブサロン Vol.165 嶋崎エリ氏

一言に「デザイン」と言っても、グラフィック、プロダクト、エディトリアル、空間、ファッション……とさまざまな領域がある。この日のゲスト、デザインQの嶋崎エリ氏はグラフィックデザインを中心に複数の領域を横断し活動している。
「はみ出して分かったデザインの可能性」をテーマに、今日に至るまでの軌跡をお話しいただいた。

嶋崎エリ氏

「迷わず飛び込む」姿勢で新しい世界へ

嶋崎氏のデザイナーとしてのスタートは意外に遅く、社会人9年目となる29歳の時。もともと芸術系の短大で美学美術史を専攻し、歴史研究、美術館や寺社巡り、絵画や宗教美術に関する論文を書く学生生活を過ごし、美術を文脈で読み説くこと、言葉で伝えることを学んだ。
卒業後は、伝統工芸品メーカーに就職し営業職としてギャラリーで接客を担当する。美術工芸品に触れる環境や仲間にも恵まれ楽しい日々を過ごしていたが、ある日短大時代の恩師から「学生のイタリア研修に、アシスタントとして5週間同行しないか?」と誘いを受けた。渡航するには会社を辞めることになる。自分でも予期せぬタイミングで「離職」という人生の分岐点を与えられたわけだが、これに対し嶋崎氏は「長期間、海外に行けるチャンス!」と快諾。イタリアへ渡ったのである。現地では、学生たちの海外生活をサポートしながら異国の人々やその暮らしに触れ、それまで知らなかった文化に出合うことができた。この渡航を機に「迷わず飛び込んでみることの大切さ」を実感したと言う。
その後、手芸クラフト資材の販売会社に入社し文化教室の運営などに従事することとなった。と、ここまでデザインとやや離れた場所で過ごしてきた嶋崎氏だが、1998年にApple社からiMacが発売されたことを機に大きく方向転換する。デザインソフトのAdobe Illustrator、Photoshopに興味を持ちパソコンスクールに通い始めた。当初はDTPオペレーターをめざしていたものの、講師の「あなたはデザイナーの方が向いている」という言葉に影響を受け、ここでも「迷わず飛び込んでみる」姿勢でデザイン業界への就職をめざすことに。覚えたてのIllustrator、Photoshopの技術で、グラフィック・イラストづくりやデザイン公募へのチャレンジなどを重ねてポートフォリオを制作、セールスプロモーションを行う制作会社の内定を獲得したのである。

憧れの業界に飛び込むも悩みを抱える日々

この会社での主な業務は、大手量販店向けの商品パッケージの制作。グラフィックデザイナーとして入社したが、制作業務は全て個人で完結するスタイルで、ディレクターやチーム編成もない。デザインや包装設計の他、売り場展開の企画、商品のキャッチコピーやネーミングから撮影に至るまで、あらゆる業務を担当した。毎日の制作作業量は膨大で、営業担当者と二人三脚で日々奔走することとなった。
実は当時の嶋崎氏は、学生時代にデザイン教育を受けていないことにコンプレックスを感じていたそう。「デザイナー経験が浅いこともあり、何をするにも自信がなく、年齢の割に実力がないことに引け目を感じていました」と苦しい心境を明かす。
さらに、印刷会社を母体とする企業だったため、売上のメインはパッケージ資材の生産。制作会社でありながらデザインに対価を求めず、パッケージ資材を多売するための付随業務としか捉えていなかった。そのため入社から6年が経つ頃には、やりがいはあるもののデザインの価値をないがしろにする状況に悶々とするようになり、次第に将来の展望が見えなくなった。たまりかねて部署のトップに相談したが、「この会社でデザインに価値を見出す必要はない」と一言。これを機に、ついに退社を決意したのである。

ミラノの老舗書店
襖紙で制作のバック / ミラノの老舗書店

一通のメールを機に人生が大きく動き出す

2008年、退社した当初、嶋崎氏は少しの充電期間を経て再び企業に就職しようと考えていた。が、ちょうどこの頃、市民ボランティアとして参加していた地域活動の友人を通じてデザインの仕事を依頼されるようになり、ここで初めてクライアントとの直接的なやりとりを経験。直に反応を得られることに新鮮さと喜びを感じ、フリーランスとして歩み出したのである。
そんなある日、同じ友人から「メルマガを転送します」と一通のメールが届いた。内容は、若手デザイナーを対象にしたデザイン講座の募集。嶋崎氏はさっそくこれに参加し、実践的なデザインマネジメントやものづくりのプロデュース、知的財産権の制度や事例について学んだ。また受講講座を通じてプロダクト、空間、ファッション……さまざまな領域のデザイナーと出会ったことでデザインに対する視野が大きく広がった。
さらに2012年には、当時の講座の恩師の勧めで「ミラノデザインウィーク」へ。当初は観光のつもりだったが、宿泊先で日本から来た和紙メーカーやデザイナーに出会い、近年和紙が日本のインテリア資材に用いられなくなったことを話すうち、新しいアプローチで現状を打破しようと意気投合。在伊のアーティストを含め、日本の和紙を世界に広めるプロジェクトを立ち上げ、1年後にミラノで作品を発表する計画を立てたのである。
「この時は、動けば動くほどヒトとコトの縁が増えモノが生まれる勢いを体験しました」と話すように、1週間の滞在で状況が目まぐるしく変化した。
そして翌2013年、計画通り再びミラノを訪れ「和紙で包む展」を開催。嶋崎氏が端材や傷物など廃棄寸前の襖紙を活用して制作したバッグは、ミラノの老舗書店でショッパーとして採用された。
「このプロジェクトを通して自分の領域であるグラフィックデザインから、他のデザイン領域を横断してみたいと考えるようになり、伝統工芸である金網細工の作り手や、塗装職人とコラボレーションし、プロダクトデザイン、展示会の出展による技術発信、販路開拓にも取り組みました」と嶋崎氏。
過去にはデザイン経験が浅いことを理由に「自分は何もできないのではないか」と感じた時期もあったが、前職時代の多岐にわたる業務、退社後のあらゆる領域に目を向ける取り組みを通じて、デザインの礎が築かれていたことを実感し、自信となった。グラフィック領域からはみ出すことで、デザインの可能性を知るとともに、デザイナーとしての自身の可能性にも気づいたのである。

ジャム
農家レストランパッケージデザイン

さらにデザインの領域をはみ出して

近頃では、コミュニティデザインの案件に取り組む機会が増えている。その一つが、農業集落に開設する農家レストランの開業支援プロジェクトだ。当初はビジュアル面での制作を依頼されたが、打ち合わせを重ねるうち農家が設定するメニュー価格の低さに気付いた。
「おいしい料理を作っているにも関わらず、その価格設定は遠慮がちで過少評価しているように感じました。このプロジェクトを進行させるには、まず農家さんが自分たちの商品の価値の高さに気づくことが大切。それがレストラン運営に対する誇りにつながると思いました」
「デザイナーはモノを作ることも大切な役割ですが、私は課題や状況に合わせてクライアントさんの仕事に対する誇りや気持ちの高まりが醸成するよう伴走することも自分の役割だと思っています。クライアントさんの働くことへの大きな原動力になるからです」
こうした考えの基となっているのが、先述の市民ボランティアでの経験だ。十数年間に亘って活動に携わる中で、まちづくりを支えているのは参加者の地域に対する誇りだということを肌身に感じてきた。まちで暮らす人々が地域資源を発掘し、それに磨きをかけていくことで次第に一人ひとりの中に地域への誇りが芽生え、まち全体が動き出すと言う。市民ボランティアの活動を通して得た経験、人との出会いによって、デザイナーとしての自身の役割を見出している。

嶋崎氏はさまざまな立場からクリエイティブ活動に携わるため、あえてデザイン領域を名乗らず、「デザイナー」という肩書きで活動していると言う。さらに現在はデザイン業と並行し、大学の非常勤講師としてデザイン教育の分野にも活動の幅を広げている。
領域に捉われずボーダレスに活躍する嶋崎氏の姿に、会場の参加者は自身のクリエイティブの可能性について改めて考えさせられたのではないだろうか。

イベント風景

イベント概要

ハミ出してわかったデザインの可能性。
クリエイティブサロン Vol.165 嶋崎エリ氏

私のデザイナー人生のはじまりは、IllustratorとPhotoshopが「ちょっと使える」程度でデザインに興味を持ち、グラフィックデザイナーをめざしたことでした。なんとか職についたもののデザインが下手すぎてコンプレックスだらけな会社員時代を経て、現在フリーランス10年になります。ようやく胸を張って「デザイナーです」と名乗るようになったのは、「これってグラフィックデザイナーの仕事?」と思う案件や、他業種とのコラボレーションを通じて、領域を横断したことがきっかけでした。グラフィック領域からハミ出した、グラフィックデザイナーのお話です。

開催日:2019年7月24日(水)

嶋崎エリ氏(しまざき えり)

デザインQ 代表
京都美術工芸大学 / 嵯峨美術大学 非常勤講師

伝統工芸品メーカー営業部、クラフト資材会社での文化教室運営を経て、デザイン制作会社へ転職しグラフィックデザイナーにキャリアチェンジ。パッケージデザイン、商品・販促企画、コピーライティングなど多岐にわたる制作業務に携わる。2008年よりフリーランス。グラフィックデザインを軸に、地域活性・コミュニティづくりに関する企画・制作に関わることが多くなったことから、人と人を結ぶ「人となり」の見えるデザインを大切にし、魅力が「もっと伝わる!」編集が得意。デザイン開発から販路開拓、営業支援までトータルに行っています。

嶋崎エリ氏

公開:
取材・文:竹田亮子氏

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