日々、続ける。その先に広がる未来。
クリエイティブサロン Vol.103 見杉宗則氏

「継続」。聞きなれたこの言葉を貫徹できる人がどれだけいるだろう?「毎日○○しようと決めたのに続けられない」「年始に定めた目標が三日坊主で終わってしまった」。その重要性は十分わかっているものの、地道に努力することは難しく、ましてや仕事の傍ら+αの活動を続けることは容易ではない。

今回のクリエイティブサロンのタイトルは「日々、続けること」。絵本や学習教材など、子ども向けの媒体を中心にイラストレーターとして活躍する見杉宗則氏を迎え、仕事の傍ら約4年間毎日イラストを描き続けた「1000 illustration project」や、現在進めている「センコノハンコ」についてお話を伺った。

見杉宗則氏

「パースは体力勝負や!」体育会系の日々で培ったものとは?

まずは、見杉氏の自己紹介からサロンがスタート。ほのぼのとした氏の雰囲気からは想像しがたい体育会系のエピソードが披露された。

代々大工の家系に生まれた氏は、幼少期から絵を描くことが好きな子どもだった。親戚のおばさんの言葉を借りると、「この子を預かったらスケッチブックと色鉛筆を渡しておいたら静かに遊んでくれる」タイプだったそう。この頃からすでに「将来自分は絵を描く人になる」と思いこんでいたという。

高校3年生になると、進学をめざして週に一度「大阪芸術大学予備校」に通い始めるのだが、このあたりから見杉氏の厳しい修業の道中が始まる。まず予備校では、毎週5枚の課題が出題され、少しでも手を抜くと容赦なくコブシがとんでくる。晴れて大阪芸術大学美術学科に入学した後も、同窓生である兄の存在により無理やりアメフト部に入部させられる羽目に。スポ根マンガさながらの部活、部活の日々を送った。

予備校生時代のイラスト
大阪芸術大学予備校時代の課題作品

その後5年かけてようやく大学を卒業し、建築パースの学校を経て建築事務所に就職した。だが、ここで待っていたのは朝から深夜まで、とにかく働きづめの毎日だった。当時、社長から教わった言葉は「パースは体力勝負や」。たしかに、この生活を聞くと納得せざるをえない言葉だが、人によっては愚痴の一つも出そうな労働環境である。しかし、当の見杉氏はというと、「パースが好きだったし、経験を積むたびにレベルアップを実感できる。楽しかった思い出しかありません」といたって笑顔。現在も「大好きなイラストを仕事にできることは幸せ。どんな仕事もありがたい」と語る氏の姿を思うと、「好きなこと」を原動力にコツコツ努力する力は、こうした厳しい環境下で培われたのかもしれない。

話はさらに進み、就職から8年目を迎えた時期へ。この頃、建築パースの世界ではCGが出現し作業工程や仕上がりに大きな変化が起こった。「だけど僕は、作家性を必要としない、どこか無機質なCGの雰囲気にどうも馴染めませんでした。これを機に徐々にパースを離れてイラストの世界へと移ったんです。勤めていた事務所を離れ、大阪市内でシェアできるオフィスを探しました」と見杉氏は当時のオフィスの様子を紹介した上、さらに界隈のおいしい料理店やおすすめメニューまでをも教えてくれた。

ちなみに、この日のサロンは奈良県在住の見杉氏の帰りの終バスの都合によりいつもより30分早い19時スタート。終業後、仕事場から慌てて駆け付けた参加者も多く、プロジェクターの画面いっぱいに映し出される料理の数々が容赦なく参加者の空腹を刺激したのは言うまでもない。

ビル外観と中華料理
独立後のオフィスを構えた伏見ビルと、常連だった中華料理店のお気に入りメニュー

思い付きから始まった、1000日に及ぶ大挑戦

見杉氏のイラストの特徴は、幼い子どもにも楽しさが伝わる愛らしさにある。パソコンによって描かれるイラストはいずれも明るい色使いが印象的だ。「独立した当時、うちの子どもがまだ幼く、普段から動物や自動車のイラストを描いて遊んでいたので、これを仕事にしていこうと思いました」。この言葉通り、会場の参加者に向けて紹介された実績は、幻冬舎やひかりのくになどいずれも子ども向けの媒体が主となっている。

しかも、その多くは東京をはじめとする大手出版社ばかり。「一体どこからそのような繋がりが?」。会場の参加者を代表するように、進行役の堂野氏(メビック扇町)が質問した。すると、返ってきたのは「パースの事務所を独立した当時、作品集を約200社に郵送しました。直接訪ねて営業するということはありませんでしたが、その後ちょくちょく向こうからお仕事を依頼してくださるんです」との答え。具体的な営業方法が回答されず、一瞬は会場にますます「?」が広がったものの、その後、見杉氏によって紹介された「1000 illustration project」によって、その疑問が一気に晴れることとなる。

EVタクシーに採用されたイラスト
おおさかカンヴァス推進事業 電気自動車(EV)タクシー

見杉氏は2000年より、当企画を始動。4年間、平日は一日も欠かさずイラストを描き、自身のホームページに発表してきた。そもそもきっかけは、閲覧数の増加を狙ったもので、「毎日更新したら誰か見てくれるんじゃないか?」と、一日1枚、早ければ5分程度、時間がかかるものであれば1時間半程度、仕事に取り掛かる前の時間を利用して描き始めた。

「最初に、『1000枚めざして毎日更新!』と周囲に公言し“やらざるを得ない状況”を作ったことが、僕にとって良かったと思います。途中で辞めて尻切れトンボになりたくない、との思いが良い意味での負荷になりました」

しかも、ただ更新するだけでなく、1カ月間描いたイラストをバックナンバーとしてまとめ、めぼしい出版社や得意先、計500軒に毎月メールを送り続けた。一カ月ごとに新作を伝える「情報発信」になったのは当然のこと、こうして一つのことを地道に続ける姿は仕事相手としての信頼にも繋がったはずだ。

1000枚のゴールをめざす道中には、「食べものシリーズ」や「似顔絵シリーズ」など各種シリーズを設け、あの手この手で見る側が飽きない工夫もしているのだから心憎い。大手出版社からの依頼は、こうした地道な努力の賜物だったのだ。

イラストでつくった1000の文字
描き続けたイラストで形作った「1000」

「しなければいけないこと」が、気づけば「楽しいこと」に

「1カ月に一度、自分の顔を思い出してもらう機会を作ることが、僕の原動力になっていました」と当時を振り返る見杉氏。2014年、無事に「1000 illustration project」を達成すると、作品を発表するために北浜の「Links」というギャラリーで個展を開催。連日多くの友人らがお祝いに駆けつけ、最終日には一日で100名以上の人が見杉氏の偉業を祝福した。

だが、一つの山を乗り越えたことは見杉氏にとってあくまで通過点でしかない。「1000枚に到達した時、自分が思ったほどの達成感を得ることができませんでした。それどころか、何か手持ち無沙汰な気分になりました」と名残惜しさをにじませる。

そして半年後、氏が新たに始めたのが「センコノハンコ」への挑戦だ。前回のイラストと異なりハンコは1個あたり1時間半もかかる代物。「一日1個」の条件こそ外したものの、開始以来約1年半で365個が完成しているのだからまずまずのペースである。

「夕飯後かるく晩酌をしながら作業すると、『あぁ今日も一日終わったなぁ』と思うんです。僕にとっては仕事とは違った感覚。よい気分転換になっています」と、もはや生活の一部になっている様子。「しなければいけない」という感覚を越え「楽しさ」さえ見出している。

見杉氏に「センコノハンコ」達成後の予定を尋ねると、「また何かやり始めるでしょうね」とにこやかな表情で答えてくれた。大きな目標を定めると、誰しも意気込み過ぎて途中でエネルギー切れするものだが、氏の姿に気負いはない。ただ好きなことを楽しんでコツコツ続ける。それが周囲の信頼に繋がり、自らの未来をも切り拓いている。

「継続は力なり」。見杉氏の姿は会場の参加者にその言葉を静かに語り掛けた。

ハンコの数々
進行中の「センコノハンコ」プロジェクト

イベント概要

日々、続けていること。
クリエイティブサロン Vol.103 見杉宗則氏

約4年をかけ1000枚のイラストを毎日アップし続けた企画「1000 illustration project」や、今現在すすめている「センコノハンコ」という石のハンコ(篆刻)を1000個つくる企画のお話。日々、続ける事の大変さ、重要性など。自分のイラストレーターとしてのスタイル、考え方など。

開催日:2016年7月19日(火)

見杉宗則氏(みすぎ ひろのり)

イラストレーター

奈良県生まれ。大阪芸術大学美術学科卒業。
家業の工務店、建築パース事務所を経てイラストレーターとして独立。

http://www.h-misugi.com/

見杉宗則氏

公開:2016年8月10日(水)
取材・文:竹田亮子氏

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。