造形だけではなく、企業を成長へと導くデザインを
斎藤 勝美氏:(株)アスク企画

斎藤氏

自然の風合いが心を安らげてくれる日用雑貨や軽家具。マッサージチェアでありながら、かわいらしく部屋の景色にすっと溶け込むソファ。アスク企画がデザインを手がけた商品は、どれもやさしさにあふれている。社名が表すとおり、商品の企画段階からクライアント企業とともにものづくりを行う同社。代表取締役社長の斎藤勝美氏が、デザインの持つ可能性を語ってくれた。

「リアリティ」を求めて家具デザインの世界へ


チークファニチャー。メーカーの仕事で、商品企画やデザインからパンフレット制作までを担当。

幼いころから手を動かしてものを作ることが好きだったという斎藤氏。高校時代にはデザインという仕事に興味を持ち、美術系の大学へ進学。専攻は漆工芸だった。
「工芸作家になろうというつもりはありませんでした。漆工芸って、技法がFRPを使った現代的なものづくりと似ているところがあるんです。それがおもしろくって……。工芸というよりは工業に興味を持っていたんです」
卒業後は、真珠など宝飾品を扱う会社に就職。宝飾デザイナーとして働き始める。この会社は真珠の養殖も行っており、商品の原材料から販売までをすべて学べる環境だった。斎藤氏も商品企画に携わり、それが現在の仕事につながる経験となった。ただ、満たされない思いもあった。
「扱うのはとても高額な商品です。ユーザーが年配の女性ということもあったかもしれないのですが、自分がデザインした商品を使ってもらっているシーンに対して、いまいちリアリティを感じられなかったのです。『自分自身が使いたくなるような商品を作りたい』という思いはありましたね」
この思いを胸にして転職したのが、アスク企画だ。ここで斎藤氏は家具や日用雑貨という“一般の人向け”商品に携わる。現在扱っている商品は若い女性をターゲットとし、価格帯もロープライスなものが多い。
「高校生の頃に憧れた、華やかなデザイナーとはまったく違う世界ですね。でも、僕にとってはこの世界のほうがしっくりくる。使っている人と思いを共有できることが、何よりもうれしいんです」

ものを作り、売るすべてのプロセスにデザインは貢献できる


通販向けの収納家具。企画と商品デザインを担当。

同社の仕事は、商品の造形を美しく仕上げることだけではない。斎藤氏はクライアント企業の営業会議などの参加し、デザイナーという立場から意見を発している。その内容は、市場性に基づいた新商品の立ち上げ提案や展示会出展時のブース設計、売場での見せ方など幅広い。商品の造形に手を加えることに合理的な理由が存在しなければ、「デザインはそのままでもいいです」と提案することもあるという。
「デザイナーの僕が言うのも変な話ですが、造形だけで商品の売れ行きが大きく変わることなんてありません。ユーザーのライフスタイルや興味の対象、買い物をするときの心の動きまで考えて、それらにマッチする商品が売れるのです。もし、売場がお客様に買い物の楽しみを提供できていないようでしたら、そちらこそ改善すべきです。この問題を解決するための道具がデザイン。デザインは企業活動において、一般に考えられている以上に力を発揮できるんです」
同社のクライアント企業は、大きく2つのタイプに分かれるという。1つは、社内にデザイン部門が存在し、すでに有効に機能している会社。いうなればデザインの力を経験的に熟知しており、さらなる成長のために外部の声を取り込もうという会社だ。そしてもう1つは、社内にデザイン部門が存在しないか、存在していても力を発揮できていない会社。現状打破のために初めて外部デザイナーの力を借りるというケースもある。
「難しいですがやりがいも大きいのは後者ですね。外部からデザイナーが入るということは、ある意味で会社を変えるということでもあります。これまでは問題視していなかった部分にメスを入れたり、耳の痛い話を聞かされたりもしますからね。ですからまず、私たちが考えるデザインやデザイナーのあり方をしっかりと説明します。そこに納得・共感していただければ、全力でサポートさせていただいています」
一連の斎藤氏の話をうかがい、ふと疑問が浮かんでくる。斎藤氏はデザイナーだろうか? それとも、コンサルタントだろうか? この問いに対して斎藤氏は、「デザイナーです」と明確に答えてくれた。
「確かにコンサルタントと似た役割を受け持っています。実際、僕もコンサルタントの方たちが読むような本を読んで勉強し、セミナーなどにも参加して知識やノウハウの習得に努めています。そのうえでデザイナーがデザイナーたるゆえんは、構築したロジックを、商品や売場などのカタチ・造形に落とし込むフェーズまで一貫して担当することです。だから僕はクライアントに、『先生とは呼ばないで』と言っているんです。というのも、このプロセスでは、集まったメンバーみんなが部署や所属企業の垣根を超えてそれぞれの専門知識や経験を持ち寄り、目標を共有しながらチームとしてプロジェクトを進めています。僕にとっては、メンバーの一員として、そしてデザインの専門家として、フラットな立場でものづくりに関われることが大きな喜びなんです」

低価格帯商品を、デザインの力でもっとおもしろくする


メーカーとともに商品デザインを行ったマッサージチェア。

現在、斎藤氏が大きな興味を持って取り組んでいるのが、通信販売などで扱う低価格帯の家具や日用品だ。これらの商品は安さだけが魅力で、デザインや売場づくりに十分なエネルギーが注がれていないことも多かった。
「デザイナーの視点からすると、手付かずの分野なんです。ユーザーに選ぶ楽しみや生活の中で使う楽しみをもっと提供することができたら、きっと支持を集めることができます。デザインの力が存分に活かされる分野ですね」
また、自社ブランドの商品を開発することも今後の目標だ。
「人と話すことより、自分だけで仕事に没頭したくてデザイナーになったんです。今やっている仕事は、それとはまったく逆ですね。でも嫌じゃないですよ。デザインの力で1人でも多くの人に楽しさや安らぎを感じてもらうことができるんですからね。これからもユーザーと思いを共有できる商品を送り出し続けたいです」

公開日:2012年08月23日(木)
取材・文:ウィルベリーズ 松本 守永氏
取材班:株式会社Meta-Design-Development 鷺本 晴香氏