パンクなスピリットで空間デザインを切り拓く
久田 カズオ氏:9(株)

久田氏

『PUNK(前衛)』『PRIMITIVE(素朴)』『PURE(純粋)』をデザインコンセプトに、店舗や住宅のリノベーションをメインで行う設計デザイン事務所、9(ナイン)株式会社。飲食店をはじめアパレルやサロン、ギャラリー、オフィスなど幅広いジャンルのスペースを演出している。手掛ける空間はどことなくパンキッシュでファッショナブル。代表取締役である久田カズオ氏はファッションデザインを学んだという特殊な経歴の持ち主。どのような経緯で今の仕事に身を置いたのか、デザインの根底にあるものは何なのか。彼の頭の中を少し覗かせていただいた。

ファッションの世界から建築の世界へ

最初はファッション・デザイナーを目指したという久田氏。その原点はパンクロックにあるという。「小学生の頃にセックス・ピストルズがデビューしたんです。世界のミュージック・シーンが大きく変革した時代で、同時にパンク・ファッションにも衝撃を受けました。シャツを裂いたり、安全ピンを刺したりすることで新しいファッションの価値感を打ち出した、これまでのオートクチュールの世界と対極にあるような斬新な服作りで新鮮でした」。
ヴィヴィアン・ウエストウッドをはじめ、パンク・ファッションを生み出したデザイナーたちに憧れ大阪モード学園に入学。しかし、その道のりは厳しく辛いものだった。「ファッション・デザインの世界はもの凄く厳しい。業界で活躍する人間はほんの一握りだけ。学んでいくなかで自分の限界を知りました」。

卒業後、服作りを続けながら建築工事現場でアルバイトを始めた。でも、作る服は売れない。焦りと絶望が押し寄せる。しかし、この修業時代にこそ多くのことを学び、今のキャリアに繋がっていった。

「95年に阪神・淡路大震災があり、状況が大きく変わりました。仮設住宅を建てるために神戸へ。仮設住宅の建設に携わった後も神戸に残り、大工として住宅建設の仕事を続けました」。独学で本を読み、道具を揃え、経験を積んでいった。ハウスメーカーの住宅といえば、どの家も構造が同じ。個性に欠ける住宅に疑問を感じ、ここでなら勝負ができると感じたという久田氏。そこで、須磨に海が一望できるオープンハウスのマンションを購入し、自ら事業を開始するために備えた。

同氏による設計デザイン事務所がいよいよスタートする。


実践の場で経験を積んでいった修業時代。

9(ナイン)という柔軟な個性

手探りで始めた設計デザインの仕事も、紆余曲折を経て2011年に9(ナイン)株式会社を設立。店舗デザイナー、住宅デザイナー、グラフィックデザイナー、パースデザイナー、コピーライター等の様々な業種のメンバーで構成されている。特別なルールはなく、各々自由なスタイルで仕事をする。異業種の集合体として運営する理由を久田氏はこう語る。「僕の考えやイメージをカタチにしてもらえる人と一緒に仕事がしたいと思うと、自然にこうなった(笑)。完璧な作業分担ですが、向かう先は同じなので何の問題もありません」。

社名は、少し足りない(10-1)と言う意味で9(ナイン)と名付けた。完成が10だとして、10で創り上げてしまうと面白くない。少し遊びの部分を残しておきたい、という思いが込められている。この“少し足りない”部分が会社や作品の個性をも担っているのかも知れない。


手掛けた店舗にはアイデアとセンスが光る。

センスを売る仕事だからこそ媚びずに構える

9(ナイン)株式会社ではホームページやFacebookなどを上手に活用して、新規の案件を獲得している。Facebookからの問い合わせも多く、チェックマークでもある“いいね”ボタンを押している人数は半年という短期間にも関わらず3000人以上にもなるという。
事業広告としても、ネットやSNSは必要不可欠な時代。しかし、数ある会社の中から9(ナイン)が選ばれる理由はどこにあるのだろうか。「テクニック的なことは沢山ありますが、大切なのは“曲げずに自分を出す”ということ。無数の選択肢がある中で、よっぽど良いと思って頂かないと問い合わせは来ません。他と差別化を図り、個性をしっかり出すことが重要なのではないでしょうか」。

また、自分達が“できること”を強く打ち出すことも必要だという。「小さな会社なので、できる仕事の数や内容は限られている。我々ができることを明確にし、信頼して委ねてもらうことが大切ですね。なんでもできます、どんなことでもやりますというのは横柄ですし、昔なら、ちょっと格好良いデザインというだけで良かった時代もありましたが、今は消費者も賢くなっている。非常にシビアだと思います。僕達も中途半端なことはできません」。

流行の移り変わりも早く、経済的にも厳しい世の中だが、だからこそ知恵とセンスが問われる時代とも言える。何を売るべきなのか、何が得意なのか、自分たちの良さを見極めしっかりと構えることが大切なのだと久田氏の言葉から窺(うかが)い知ることができる。

最後に、久田氏にこれからの展望を伺ってみた。
「今のスタンスを大切にしながら、丁寧に仕事をしていきたいと思っています。また、海外向けのサイトを充実させて、アジア圏にも仕事を拡大していきたいです。あと、やっぱり大好きなファッションの仕事に携わってみたい。自分のブランドを立ち上げたいですね(笑)」。

公開日:2012年08月21日(火)
取材・文:Phrase 久保 亜紀子氏
取材班:株式会社ルブリ 増田 泰之氏、株式会社ライフサイズ 南 啓史氏