向き合う人達の心に手が届くデザイン。
江竜 陽子氏:タウグラフィック

事務所風景

フリーのデザイナーとして独立して3年目の江竜陽子さんは、広島県福山市の出身。屋号は福山市を含む広島県東部の方言(備後弁)で、高い所の物に“手が届く”という意味の「たう」をTAUにして「TAU GRAPHIC」とした。心に届くデザインをしていきたい、知っているようで本当は知らない福山のような地方都市をデザインの力で紹介していきたいという思いが込められている。

結婚式がもたらしたご縁

手ぬぐい

現在、彼女はグラフィックデザインの仕事とともに、出身地である福山をテーマにしたグッズの企画、販売を手掛けようとしている。きっかけは、2009年6月の友人の結婚式。大阪と東京で暮らす福山出身の新郎新婦が地元で結婚式を挙げるにあたって、会社の同僚達に福山を知ってもらえるものをプレゼントしたいという希望を聞き、江竜さんは、披露宴出席者へのミニプレゼントとしてタカダキミコさんのイラストで福山の名所や名物をモチーフにした手ぬぐいを制作した。

取材風景

「京都は国内に限らず、国際的にも有名な観光都市ですが、例えば私の地元福山となると、いいところが沢山あっても国内ですらあまり知られていません。町おこしとまではいきませんが、離れているからこそ気付く地方のいいところを何か形にして紹介することができないか。そんな思いから始めました。」
当初は友人の結婚祝のつもりで始めた手ぬぐい作り。地元だから何でも知っているつもりだった福山、しかし神戸出身のタカダさんが福山へ出向き取材し集めてきた名物、名所の中には全く知らないものもいくつかあった。「福山はクワイの生産日本一。松永の下駄は生産量日本一、これは知っていました。でも船のシャックルも日本一、旧型のボンネットバスを修理して観光地で走らせている福山自動車時計博物館など、知らないものも沢山ありました。」

観光客の方には福山の魅力を、そして地元の方々にも、知っているようで知らない福山の魅力に気付いてもらいたい、という思いで始めた企画。当初は販売ルートもなく、実家に帰る度にお土産屋さんや観光ホテルなどに飛び込み営業をして話しを聞いてもらったりもした。しかし半年ほどは鳴かず飛ばずの状態。そんな頃、福山市祭委員会主催の観光商品募集に手ぬぐいを応募をしたところ、今年の春に福山市のお土産物に認定された。

私が作ったものが本当に喜ばれることが、自分が目指す仕事

江竜氏

同郷の友人の結婚式がきっかけとはいえ、何が彼女をそこまで突き動かしているのか。
福山市で生まれ、共働きの両親に代わって日常は祖母に愛情深く育てられた江竜さん。祖母が日本画をたしなむこともあり、一緒に絵を描いたり、絵の具を使わせてもらったりした体験を通して、大好きな絵を描くことを仕事にしたいと思い始めた。高校生の頃に初めてデザイン誌を手にし、グラフックデザインという仕事を知る。
高校卒業後、福山市内の百貨店に就職。専門学校へ行くお金を貯めるために2年働き、20歳で大阪へ。昼はお好み焼き屋でバイトをし、夜はデザイン専門学校で学んだ。卒業してすぐに勤めたデザイン事務所は、新聞広告やチラシのデザインが主な仕事だったが、約2年で退職。
「グラフックデザインの仕事をやりたくて、グラフィックデザイナーになったのですが、締め切りに追われ、誰にむかってデザインをしているのか、なんとなく自分の中の違和感が大きくなってきて…、もっと自分の中でテーマを十分に咀嚼し練り上げる仕事がしたい。作ったものが消耗されず、ちゃんとお客様の手元に届くというのを実感したいと感じるようになりました。」
そんな思いを持って転職したデザイン会社は、クライアントともじっくり付き合いながらモノ創りを行う会社だった。
「本当に偶然だったのですが、この会社で仕事をさせてもらって“私が作ったものが本当に喜ばれることが、自分が目指す仕事”なんだと確信を持つ事ができました。」
その後、独立。1年目はフリーランスとして訳も判らずひたすら仕事をしていたという江竜さん。しかし持ち前のコミュニケーション力の高さと、ほんわかと見えても仕事はしっかりやるという友人の評判通り、彼女のいいものを創ろうという気持ちが伝わり、クライアントも仕事を出したくなり、任せたくなるという彼女の人柄が評価されて仕事は順調に増えた。

「誰がどう見て、どう判ってもらえるのかが実感できない仕事には違和感がある。」と語る江竜さん。
今年、福山市で開催された「ばら祭り」に出展。手ぬぐいの他にもポストカードなどを作って販売。また福山在住の友人に頼まれ、再びタカダさんと一緒に、“福山歳時記カレンダー”を制作。福山市の年中行事や自然の風物を紹介するこのカレンダーは評判がよく、販売店も順調に増えているという。
手ぬぐい、カレンダーと一緒に取り組んできたタカダさんは、
「江竜さんは、営業もお金の計算もそんなに上手じゃないし、どんどん突き進んでいくキャリアウーマンタイプでもない。でも、ああかな、こうかなと迷いながらでも自分の進む道を一生懸命探す姿を見て、周りが自然に助けてくれるのだと思いますね。」
少しずつ、少しずつ自分の道を進んでいく。自分の感性を信じる、そんな彼女の周りには友人との笑顔が絶えない。

公開日:2010年10月20日(水)
取材・文:株式会社ルセット 松本 希子氏
取材班:デザイン・エイド 北條 佑布子氏