メビック発のコラボレーション事例の紹介
使いたくなるリハビリ器具で、諦めではなくポジティブな選択肢を。
介護・福祉用品のトータルデザイン
「24時間コンセプト」を実現させたい。
鮮やかなグリーンと深いネイビーの四角いポール。雑貨店で販売されるようなクッションと思うかも知れないが、その正体、実はリハビリ器具だと知ったらどう思うだろうか。
「JointMotion」を販売する株式会社PLASTは、神戸市新長田でリハビリやデイサービスなど、医療・介護分野で事業を展開する企業だ。代表の廣田恭佑さんは「リハビリ業界には、施設で施術を受ける時間以外の過ごし方も大切にする『24時間コンセプト』の考え方があります。自宅での自主的なリハビリをサポートできないか? そう思ったのが開発のきっかけです」と語る。JointMotionは、上面の溝に背骨を添わせて寝転がり、体を動かすリハビリ器具。背骨は複数の骨で構成されるが、加齢などによって一つひとつの動きが悪くなると円背(猫背の状態)になり、手足のシビレなどの症状を引き起す。この製品を使えば、背骨をしっかりと意識しながらリハビリでき、正常な動きに近づけられるという。
「市販のスポンジをカットして使っていましたが、耐久性やデザイン性も悪い。製品化するにも何から始めればいいのか……」と言い、製品化をサポートしてくれるクリエイターを探すことに。メビックの存在を知って相談を持ち掛けたところ、2017年10月に開催される「企業によるクリエイター募集プレゼンテーション」に登壇することになった。
そのプレゼンに参加したのがプロダクトデザイナーの橋本崇秀さん。「実家が長田。地元企業が出ることを知り、話を聞きたいと思ったんです」と語り、プレゼン後、廣田さんの元へ提案に訪れた。「デザインの感性が合うだけでなく、私の抽象的な話を具体的な提案で返してくれたり、信頼できるクリエイターだと感じました」と、廣田さんは橋本さんに協力を依頼。商品開発へ動き出す二人だが、完成はなんと約2年後。長い戦いの幕開けだった。
2年におよぶ悪戦苦闘。最大の難敵はカバー作り。
最初のヒアリングで、本体の発泡ウレタンの形状や製造工場は、ほぼ決定していることが判明。素材や形状が決まっているなかで、どんな意匠に仕上げるか。ヒントになったのが、“介護用品のイメージを払拭したい”という思いだった。「介護や福祉用品には、残念ながらスタイリッシュなイメージがありません。自分が歳を取ったときに使いたいと思える商品を作りたかったんです」と廣田さん。その思いを受け、橋本さんが最初に提案したのがネーミングだ。「介護用品感をなくすために、英語の商品名にしようと考えました」と言い、関節を動かす機能に由来するJointMotionに決定。ネーミングからロゴやパッケージを展開し、約4カ月後にこれらは完成した。
では、約2年の開発期間は何に必要だったのか。「難関はカバー作りでした。最初はカバーを作るだけと甘く見ていたんですが……」と苦笑いする橋本さん。発泡ウレタンはもろい素材で、むき出しの状態ではすぐ欠けてしまう。また、デザイン面でもカバーは不可欠だった。カバーを縫製してくれる工場を探し始める橋本さんだが、「工場が全く見つからない。『こんなもの作ったことがない』と断られ続けました」と振り返る。アパレル製品ではなくリハビリ器具。さらに、まだ世にない製品だけに風当りは強い。工場が決まるころには約半年が過ぎていた。
さらに大きな壁が立ちはだかる。「溝が入った形状に、カバーをぴったりと添わせることが最大の課題でした」。溝に背骨を添わせる機能上、カバーによって溝が無くなると機能が死んでしまう。しかし、硬い生地を使って溝を出すと、使用時に糸へ負荷が集中して切れてしまう。逆に柔らかい生地はヨレて平面がでない。素材を変えては試作を繰り返す日々が続く。「早く完成してほしいのが正直な気持ちでしたが、納得いく商品ができなくて……」と、ジレンマを明かす廣田さん。試行錯誤の結果、素材は合皮に決まり、最終製品の一つ前の試作でOKを出した。ところが、縫製工場からの“待った”が入ったという。「まだ詰められる部分があると、さらに手直ししてくれたんです。プロのプライドを感じました」と橋本さん。約1年半におよぶ三者三様の挑戦の末、遂にカバーが完成した。
医療・介護の未来を変えるデザインの可能性。
2019年8月に完成・販売開始。現在は自社のリハビリ施設のほか、外部の高齢者向けのデイサービス施設にも導入され、「当たりが柔らかく気持ちいい」「体を動かしたくなる」と利用者からの評価も上々。今後は一般発売も視野に入れているという。
足掛け2年の大仕事を終えた二人は「ホッとしました(笑)」と口を揃える。「なかなか完成しないことが不安だったと思うんです。それでも廣田さんは待ってくれた。感謝しかありません」と橋本さん。それを聞いた廣田さんは「試行錯誤してくれていることは知っていたし、コミュニケーションが取れていたから不安はありませんでした。橋本さんでなければ完成しなかったと思います」と語り、長期戦を共にした同志に対する感謝と信頼があふれていた。二人はこう続ける。「体が悪くなり何かができなくなったとき、諦めて何かを使うのではなく、ポジティブに選べる商品が必要。医療や介護におけるデザインの可能性を感じました」と橋本さん。廣田さんは「デザインを加えることで人の気持ちが変わる。そして、デザインの課題解決の考え方は、今後の経営にも活かせると感じました」。プロダクト開発を通じて気付いたデザインの力。形のない大きな価値も生み出されていた。
「現場にはまだ多くの課題があります。それらを解決するプロダクトが必ず求められてくる。そのときは、よきパートナーとして橋本さんにお願いできれば」と、今後を見据える廣田さん。既にコラボ第二弾として、若年性麻痺の女性をサポートするエプロン開発も進行中だ。超高齢化社会の今、医療や介護のイメージをポジティブに変えることは、これから求められる大きな課題だ。JointMotionから生まれた、軽やかで、鮮やかなイメージは、未来をどんな色に塗り替えるのだろうか。「将来の夢はおばあちゃん!」、そんな子どもが当たり前にいる未来も素敵じゃないか。
公開:2020年4月16日(木)
取材・文:眞田健吾氏(STUDIO amu)
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