メビック発のコラボレーション事例の紹介
活版印刷を活かしたものづくり体験の場づくり
長屋活用店舗デザイン

ことのはじまり
メビック扇町を通じて親交を深めた仲間と、新たな場を創造
かつては隆盛を極めたものの、デジタル化の流れの中で縮小しつつある活版印刷市場。しかし、どことなく人間味のあるアナログな機械や、オフセット印刷にはないへこみやかすれなど味わいのある風合いが魅力でもある。
大阪・城東区にある印刷会社「山添」二代目社長の野村いずみさんが、その失われゆく価値を惜しみ、現代ならではの活用法を生み出そうとしている。この春、3月20日に「THE LETTER PRESS」という多目的ショップをオープン。ものづくりに興味のあるすべての人、さらに近隣に住む人や子どもたちが気軽に集えるクリエイティブな場をめざす。
店舗デザインは「山添」スタッフの大友貴之さんが、リノベーションの設計施工管理は株式会社イクシージャパンの小松有紀さんが担当。また、店内の什器や内装の細かな部分は、山本直樹さんが代表を務めるシルクスクリーン工房「the OPEN.noe」のスタッフ、尾崎博紀さんが請け負った。
野村さんはメビック扇町のコーディネーターとしても長らく活動し、小松さんとはセミナーや懇親会などでたびたび顔を合わせる間柄。また、コーディネーター仲間に、山本さんとともに活動する前田敏幸さんがいたことから、「the OPEN.noe」が昨年7月にオープンする際に、地元野江の不動産屋を紹介するなど信頼関係を築いてきた。
「野村さんからご相談いただいた時は大変うれしかったですし、メビックで以前から人となりを知っていた安心感もありました。きちんとした図面や工程表などがなかったり、知り合いが集まって何かする場合、実は納期やコスト面でうまくいかないことも多いんですが、それは絶対に避けたかった。そして、せっかく大友さんはじめスタッフがこれだけの熱意を持っているんだから、できるだけ皆さんに関わってもらおうと。そのためにどうすればいいか考えることが、僕に課せられた今回の役割かなと考えました」(小松さん)

チームのこだわり
ともに考え、ともに手を動かして、古民家長屋を活用
プランが一気に具体的になったのは、2017年初夏、野村さんが理想の物件に出合ったことがきっかけだった。レトロな活版の機械を現代に活かすというコンセプトのため、建物も時を経た古民家長屋を活用するのがふさわしいと考えたという。工事がスタートしたのは2017年8月。9月末の完成に向けて実働1ヶ月半という厳しいスケジュールでの作業となった。
「店舗デザインについては、古い活版の機械がやはり場の主役なので、木材の色ひとつにしても調和するようにというのは意識しましたね。築76年の古民家長屋の梁や柱をそのまま活かしているのですが、新しい木と古い木がひとつの空間でうまく馴染むようオイル塗装したり。店舗の顔ともいえる、ファサードにもこだわりました。最初に僕がイメージ画を数案起こし、小松さんに何度もご相談して」(大友さん)
コストを抑えるため、塗装は山添のスタッフが総出で手掛けることに。完全に任せてしまうのではなく、場づくりに皆が参加することでさらに愛着がわく空間に仕上がった。

手から生まれるアイデア
活字を置く什器や印刷機を置く台にもきめ細かな工夫が
さらに、内装の細かな部分で活躍したのは、「the OPEN.noe」の仲間たちだった。大工の尾崎さんが活版の活字を収納する棚や、機械をのせる台などを作成。置く場所や置くものをすべて見たうえで、角度や構造などを細やかに提案。さらに、内装工事が進んでいくなかで、エアコンの配管が入り口から丸見えになってしまうという問題が発生し、目隠しを取り付けることに。結果的には空間にめりはりが生まれ、満足のできる仕上がりとなった。
「建物自体が少し歪んでいるので、まっすぐに見えるように細かい調整をしました。活字を置く什器も長年使うものだから、重さで反らないよう下地を強めにつくったり……。実は、活版印刷についてあまり知らなかったのですが、ここで機械を見せてもらっているうちに、あれもできるこれもできる、と創作意欲がわきました。僕らがやっているシルクスクリーン印刷と絡めたら、どんなことができるのかなと考えたり。自分たちが心から楽しんでいないと、お客さんに伝えることもできないと思いますので、そこは大事なところかなあと。そんな可能性を感じてわくわくしましたね」(山本さん)

これからのこと
私たちがいる野江を居心地の良い素敵な場所にしたい
オープン後は、コースターや封筒、ミシン目入りノートパッドをつくるワークショップを開催する予定で現在準備中だ。機械の扱いに慣れてきたら、自分がつくりたいものを自由につくる、時間貸しのワークスペースとしての利用も可能。また、中綴じ機で製本もできるので、たとえばZINEなど冊子ものを創ることもできる。
「活版印刷を通じて、うちの工場があるこの地域を盛り上げていきたい。中崎町とか京町堀とか、若い人が小さなお店を開いて、昔から住んでいる人たちともゆるやかに共存している、そういう感じが以前からいいなあと思ってたんです。ですが、盛り上がっているところに行くんじゃなくて、いま自分たちがいる場所を居心地のいい場所にしていきたい。私たちが体験なり、ものなりを発信していく立場になることで、これから想像もしていなかった楽しいことが生まれたらいいなあと……いまはそう、思ってますね」(野村さん)

公開:2018年4月12日(木)
取材・文:野崎泉氏(underson)
*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。