メビック発のコラボレーション事例の紹介

“フェアフード”を旗印に、みんなが笑顔になれるテーブルを。
アレルギーフリースイーツのブランディング

ブランドブックと名刺

クリエイター募集プレゼンにて「この人だ!」と運命を感じて

神戸・魚崎で「カフェ ムッター」を営みつつ、「同じお皿の上で」をテーマにアレルギーのある人もない人も、笑顔で同じものを食べることができるスイーツ製造販売を手掛ける武市圭さん。2人の娘に重度のアレルギーがあったことから、プラントベースの素材を使いつつ、15年にわたる研究から見た目も味も満足できるケーキや焼き菓子を開発。関東圏の百貨店へ催事出店する機会も増えつつあったが、一流ブランドがひしめく会場で、自店の売り場がデザイン面で見劣りがすることが気になりはじめた。

「私たちのような小さな店にとって、デザイナーさんと出会うのはとてもハードルが高いこと。どなたに頼めば良いかわからないし、頼み方もわからない。そんな中で大阪のメビックにたどり着き、『兵庫県民だけど利用できますか?』というところから相談の場を設けていただきました」(武市さん)

2024年8月にメビックの「企業によるクリエイター募集プレゼンテーション」に登壇したところ、「ことこまか」の田中琴巴さんと運命的な出会いを果たす。50社もの事業者と名刺交換したものの、初対面から直感でピンときたという。武市さんとともに事業を担う小坂友美恵さんも、田中さんが名刺交換の列に並んでいるときから早くも「この人だ」と思っていたというから驚きだ。また、田中さんも武市さんのプレゼンにかつてない感銘を受けていた。

「2022年の春、印刷会社のデザイン部門の先輩だった駒田智さんと『ことこまか』として独立したのですが、規模に関わらず志を持って地域で良いものをつくっている事業者さんを、デザインが持つ力で応援したい!という気持ちがずっとありました。ムッターさんの積み重ねてきた想いや背景に打たれ、オフィスに帰るなり『すごい人がいる!』と駒田に興奮気味に語りました(笑)」(田中さん)

なお、接客が好きで対面でのコミュニケーションを大事にしてきた武市さんは、オンラインでのやりとりがあまり得意ではなかった。クリエイターに求める条件のひとつにも、フラットに話し合える関係性があったという。そういう意味でも、クリエイターと直接顔を見て話すことができるメビックは、理想的なパートナー探しの場となったのである。

東武百貨店池袋店の催事にて、ショーケースの中や周辺の演出を「ことこまか」が担当。あえて自然派やオーガニックを感じさせるテイストにはせず、華やかさやかわいらしさを打ち出した。

デザインの訴求力により、百貨店催事で売り上げが大幅にアップ

武市さんが当初「ことこまか」に依頼しようとしていたのは、看板商品であるクッキーサンド「てがみ」のパッケージデザイン。しかし、同年10月に池袋の百貨店で催事出店が迫っていたものの、映える売り場にするための新たなプランもなく窮地に陥っていた。ムッターの商品は冷凍なため、ショーケースには実物ではなくサンプルを並べ、お客様のオーダーに応じてストッカーから実物を出してくるというスタイル。そういった商品の性質上、ショーケースに商品をぎっしりと並べることができない。そんな状況を打ち合わせ時に知ったことで、「ことこまか」が急きょ、売り場デザインをサポートすることに。

「なるべくコストをかけない方法を模索しました。スチレンボードに出力紙を貼ったPRパネルのほか、合板に印刷できる技術を使って“ムータくん”がスタンド式で自立できるオブジェも作成。このキャラクターはイラストが得意な小坂さんがカフェ内の黒板などに描いていたもので、あたたかなムードをつくっていたんです。制作時間が3日しかなくて、搬入の朝、武市さんたちが宿泊するホテルに配送したのも思い出深いですね(笑)」(駒田さん)

田中さんが現地入りして搬入をサポートし、催事スタート後は、なんとスタッフの一人として販売も手伝った。結果的にデザインの訴求力は高く、お客様が足を止める機会が格段に増え、自然と購買にもつながっていったのだとか。

「足を止めたお客様には試食をおすすめできるので、そこで『おいしい!』と実感していただけた。最近はお客様の8割が健康的でおいしいものを求める一般の方になってきているので、デザインで線引きをせず広がりを持たせているところも良かった。私たちも、自信を持って売り場に立てるようになりましたね」(小坂さん)

おもに生菓子のデコレーションに使われるケーキピックは、見た目を華やかにするだけではなく、ムッターの考え方やお客様へのメッセージを伝える役割も果たす。小さいながらシンボリックなアイテムとなるため、駒田さんが事業の根幹を考えつつデザインした。

“フェアフード”を旗印に、ビジネスは新たなフェーズへ突入

その後、ケーキピックのリニューアルも「ことこまか」が担当。看板商品の「てがみ」から派生して、切手をイメージしたデザインに。小坂さんによるムータ君の世界観を踏襲しつつ、駒田さんがイラストを描いた。お皿の上に色とりどりのお菓子が並び、その周りを男の子と女の子とムータ君が囲み、「同じお皿の上で」誰もが一緒に味わうことができる喜びを表現している。

「この中央のサークルは、地球という捉え方もできるかなと。何をするにしても、4人で知恵を絞って考えることができるのが大きいです。これまでずっと女性2人でやってきたので、駒田さんがいることで男性の意見も取り入れられられますしね。また、琴巴さんからは若い世代から見てどうなんだろう?という視点も得られるのがありがたいなと」(武市さん)

このイラストはムッターのお菓子づくりの根幹となる“フェアフード(=穏当な食)”というコンセプトを非常によく体現していたため、ケーキピックのみならず、そのままフェアフードを象徴するマークとしても活用することに(2025年2月に商標登録出願)。

さらに、武市さんが「LED関西」(近畿経済産業局が推進する、女性起業家応援プロジェクト)にエントリーすることになり、ブランドブック、プレゼン資料や台本、名刺、スライドデータにいたるまでこのチームで全面サポート。ブランドブックを制作したことで、これまで漠然としていたムッターの考えや想いがきちんと言語化され、第三者とシェアできるものとしてまとまったのは大きな収穫となった。

LED関西 ビジネスプラン発表会(2025年3月)

ともに悩み、ともに笑い合い、ともに成長していける関係性

また、両者の縁を感じさせるこんなエピソードも。初めて顔を合わせた日に、田中さんが独立前にデザインした「本を贈る紙袋」なる商品を、武市さん、小坂さんが出会う前に購入して愛用していたことがわかり、一同で驚いたそう。「いつか、こんなデザインができる人と仕事したいね」と話していたことが、知らず知らずのうちに叶ったことになる。

「僕と田中が以前、勤めていた印刷会社では大手企業の仕事を多く手掛けていましたが、自分たちのデザインが社会にどう受け止められているのか、ほとんど見えない状況でした。営業を通してのやりとりが多く、お客さんとの距離も遠かったんですね。この距離感でこんなふうに笑い合いながら、一緒にものづくりをすることは少なかった。今はとても幸せな状態で仕事させてもらっています」(駒田さん)

「おふたりとの出会いで人生が変わったというか、大きな転機となりました。エネルギッシュに次々といろんなことに挑戦していかれるので、そういったがんばりとか姿勢をシェアさせていただきながら、一緒に成長していけることのすばらしさも実感しています」(田中さん)

「世界一やさしいフィナンシェ みち」。「みんなが安心して食べられる」ことを示すOKサインポーズをする人々のイラストの中には、エプロン姿の武市さん、小坂さんの姿も! 白地に特色の金で印刷することで、お土産品としての特別感を表現している。今年7月より、空港やSAでの販売がスタートした。

「人と人がつながって、何かをつくり出していくのって本当に楽しいなと。可能性が無限に広がりますよね。私たちが考えたことがおふたりの手にわたって新たな表現となり、さらに新たな誰かに届いていくのが本当に嬉しいですし、夢が広がります」(小坂さん)

こうして、出会うべくして出会った4人は、クライアントと請負業者というよりはもはやファミリー。地域で愛されてきたムッターのお菓子がデザインという愛らしい翼を得て、小さなカフェから羽ばたこうとしている。ひとりの母親の子どもたちへの愛情からはじまった小さなビジネスが、いつか世界中で愛されるスイーツブランドになる日も近いかもしれない。

集合写真
左から小坂さん、武市さん、田中さん、駒田さん

株式会社Mutter

代表取締役社長
武市圭氏

取締役
小坂友美恵氏

https://cafe-mutter.com/

ことこまか

アートディレクター / グラフィックデザイナー
駒田智氏

グラフィックデザイナー
田中琴巴氏

https://kotokomaka.com/

公開:2025年9月1日(月)
取材・文:野崎泉氏(underson

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。