メビック発のコラボレーション事例の紹介

商品の本質にとことん迫る、そこから真のデザインが生まれていく
天然由来にこだわった日用化粧品のリブランディング

「日々重ね」

より良いものづくりをめざし10年ぶりにリブランディングを決意

心身のバランスを整える東洋思想「陰陽調和」に基づき、旬の野菜を丸ごと一つの鍋に重ねて料理する“重ね煮”や、身体の中にある自然な治癒力をやさしく引き出す“手当て”など、食べることで健康になる料理を提案する有限会社いんやん倶楽部。38年前、「家族の健康は毎日の食卓から」を合言葉に料理教室をスタートさせ、以来、添加物を使わない体に優しい食品を中心に、健康な暮らしをサポートする商品の製造・販売を展開。せっけんや化粧水など、毎日使う日用化粧品もそのひとつだ。

「たとえば、せっけんは合成着色料、合成香料、合成界面活性剤を使用せず、天然のツバキ油を主成分に、赤ちゃんでも安心してお使いいただけるものを造っています」と話すのは、妻・文子さんと共にいんやん倶楽部を切り盛りする代表取締役・福田裕樹さん。先代からの企業理念を引き継ぎ、夫婦二人三脚でより良い商品づくりに力を入れている。

旬の食材を重ね鍋一つで炊き合わせる、陰陽調和の“重ね煮”。料理教室では、食べることで健康になる「養生家庭料理」を伝えている。

そんなお二人が新たな課題に突き当たったのが2023年のこと。せっけん製造を委託していた工場からより効率的な生産体制を求められたことをきっかけに、改めて商品コンセプトを再考することに。その結果、効率よりも品質、利益よりも安心・安全を追求する姿勢を貫きたいという想いから、新たな製造先の開拓を機に日用化粧品のコンセプトをより明確にするため、約10年ぶりにリニューアルを決心。リブランディングと新たなパッケージデザインを共に進めてくれるデザイナーを探すためにメビックの扉をたたき、2023年6月、「企業によるクリエイター募集プレゼンテーション」に登壇を決めた。

ものづくりへの想いを語った福田さんは、数多くの反響を得る。その一人が、合同会社千日デザインアソシエーションの代表・乙倉慎司さんだ。食に関する企業のブランディングを手掛けてきた経験と知見とを持ち、いんやん倶楽部のものづくりへの姿勢に共感した乙倉さんは、福田さんと会うためにプレゼンテーションに参加したという。

多くのクリエイターがアイデアや提案をぶつけ自己アピールを行う中で、会うなり質問を投げかけてきた乙倉さんに対し、福田さんは「最初は変わった人だなって思いました」と笑う。しかし、これまでの実績や仕事のスタンス、何よりも自分たちのことを理解しようと対話を働きかけてくれた姿が強く印象に残り、文子さんと共に面談した時には「この人と一緒に仕事をさせていただくことが、その後の活動に大きなプラスになる」と確信。乙倉さん率いる千日デザインをパートナーに、リブランディングプロジェクトを稼働させた。

イベント風景
2023年6月に登壇したクリエイター募集プレゼンテーションでは、ものづくりへの想いを語り多くのクリエイターから反響を集めた。

商品とじっくりと向き合い、こめられた想いをカタチにする

出会いの時から、福田さんに対してどんどん質問をぶつけていった乙倉さん。そこには、「より良いものづくりのためには、何が求められどんな課題があるのかを、クライアントとクリエイター双方がしっかりと理解し合うことが大切」という仕事への揺るぎない信念があるからだ。本プロジェクトにおいてもその姿勢を遺憾なく発揮し、制作期間の多くを徹底したヒアリングに当てたという。

7月からスタートしたプロジェクトだったが、補助金の関係で翌年8月にはデザインを完成させる必要があり、制作期間はおよそ1年間。その間に、商品の見直しをはじめ、ブランディングの方向性・コンセンプト設定、ブランド名の決定、パッケージデザインへの落とし込み、パッケージの完成まで行うという非常にタイトなスケジュール。その中で数ヶ月もの時間をヒアリングに費やしたのだ。

しかし、「一切の不安はなく、じっくりと考える時間は自分たちにとっても必要だった」と、福田さん夫妻は振り返る。

「実は、せっけんや化粧品、椿油などの日用化粧品は先代が立ち上げたもので、私たち自身が深く理解できておらず、今ひとつ自信を持って世の中に発信できていない部分があったんです。だからこそ、乙倉さんのヒアリングを通して改めて成分から一つひとつを調べ直していくなかで、本当に良いものをつくっているんだと実感。しっかりと商品と向き合って、これからどうすべきかを考える貴重な機会になったと思います」とご夫妻。

乙倉さんもまた、徹底したヒアリングによっていんやん倶楽部のものづくりの姿勢、商品に対する想いを共有していくことで、ブレのないコンセプトづくりを実現。想いをカタチにする言葉やデザインへと落とし込んでいき、2024年8月、新ブランド「日々重ね」を誕生させた。

「新しい名前に込めたのは、日々の暮らしに必要なものだけを過不足なく積み重ねるという、いんやん倶楽部さんが大切にしている陰陽調和の思想に基づく商品への想い。その健やかに日々を重ねていくという穏やかなイメージを、深いグリーンのグラデーションや柔らかなフォントで表現しました」と乙倉さん。

福田さんもまた「シンプルで上品なデザインは、まさに私たちが求めていたもの。あれほどまでに時間をかけてじっくり対話をしてくれたからこそ、たどりついたブランディングだと思います」と笑顔を見せる。

「日々重ね」パッケージ

互いを信頼する確かな絆で、ブランドの未来を共に育てていく

本当に必要な成分だけに絞り込んだ天然由来100%のせっけんの販売からスタートし化粧水、100%の椿油と次々にリリース。着実にラインアップが揃いつつある「日々重ね」。もうひとつの大きなプロジェクトの課題である販路拡大をめざして新たなブランドサイトを立ち上げると同時に、今後はSNSでの展開にも力を入れ、オンライン販売の体制の強化を図る。さらに、椿油を主成分とした肌や唇、髪の毛にも使える天然由来のバームも新たに完成し、近日中に発売を開始する予定だ。

「ようやくすべてが出揃って、いよいよ本格的に活動開始といったところ」という福田さんだが、いんやん倶楽部の料理教室でせっけんを使った生徒さんから「やさしい使いごこちで、洗った後も肌がつっぱらない」と大好評だとか。すでに身近な場所から、静かにファンの輪が広がっているようだ。

「日々重ね」を子どもの手の平に塗る様子
商品に自信があるからこそ、小さな子どもにもどんどん使える。このゆるぎない安心をより多くの人に届けたい。

「先代が立ち上げ、長年愛用いただいているユーザーがいる大切な商品のリブランディングですから、想いを共有し一緒に考えてくれる乙倉さんに出会えたことが幸運でしたね。しっかりと商品の魅力を掘り下げ、私たち自身にも商品と向かい合う機会をつくってくださった千日デザインさんがパートナーで、本当に良かったと思っています」とご夫妻。

乙倉さんも「ブランディングは単にデザインするだけでなく、いかにつくり手の想いや商品の魅力を理解し、それをカタチにしていくかが重要だと思っています。ですから具体的なデザインに落とし込むまでけっこう時間がかかるのですが、そこをちゃんと信頼してくださるだけでなく、ご自身の理解や考えを深めてくださったことが本当に嬉しかったですね」と笑顔を見せた。

印象に残る出会いから、互いに信頼を築き、新たなブランドを誕生させた今回のプロジェクト。ブランド名の作成とパッケージデザインという当初の制作課題を達成した今、今後は新たな販路拡大や販売数の向上に向けて次の段階へ進んでいく。

「これからも、もちろん鬼ヒアリングは欠かせません(笑)。しっかりと考え、話し合いながら、より良いものづくりを必要とする人たちのもとへ届けていきたいですね」

集合写真
左から、乙倉慎司さん、福田裕樹さん、福田文子さん

有限会社いんやん倶楽部

代表取締役
福田裕樹氏

取締役
福田文子氏

https://yinyanclub.com/

合同会社千日デザインアソシエーション

代表
乙倉慎司氏

https://www.1000d.co.jp/

公開:2025年8月19日(火)
取材・文:山下満子氏

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。