メビック発のコラボレーション事例の紹介

コピーやデザインが、職員の行動を変えた
金融機関のブランディング

ディスクロージャー誌の表紙など

メビックでの出会いから数年は、プライベートでの交流が続いた

愛知県豊橋市に本拠を置き、70年の歴史をもつ豊橋商工信用組合がリブランディングに取り組み、2020年には「ご縁は、財産。」という新たなスローガンを制定した。

このスローガンを仕掛けた理事長の中村勝彦さん(当時、あおぞら銀行梅田支店長)とモノリスの増田隆一さんの出会いは、2015年にメビックで開催されたイベントだった。オーディエンスとして参加していた二人は懇親会で初めての挨拶を交わしたあと別の異業種交流会で再会し、2時間も語りあうほど意気投合。普段、メビックではあまり名刺交換をしないという中村さんは、当時の増田さんへの印象を「きっと僕より年上だろうという安心感と、良い意味で理屈っぽさを感じた。クリエイター+理屈ってなんやろう?と興味がわいてもっと話してみたいと思ったんです」と話してくれた。

2時間話してお互いの距離が縮まったせいか、その後はビジネスの関係には繋がらないものの、一緒にぼたん鍋を食べに行くなどプライベートの関係が深まっていった。しかし、2019年に中村さんが歴史ある地域密着型金融機関である豊橋商工信用組合の理事長に就任したのを機に、二人の関係に変化が生じる。

増田さんが手掛けたスローガンやコピーは、店舗の店頭でも活躍している。

ブランディングに関する相談が、クリエイターの性を呼び覚ます

変化のきっかけは、静岡県での仕事を終えた増田さんが、理事長就任直後の中村さんの職場を訪ねたことから。「遊びに行くぐらいのつもりで気軽に連絡して訪問した」という増田さんを待ち受けていたのは、中村さんの豊橋商工信用組合を変えたいという想いだった。

「豊橋商工信用組合は、地域で商売する人の『最後の砦』として70年の歴史があるのに、就任してみると『地域の人に忘れられている』と感じるほど存在が希薄だったんです。再び地域に密着して人と人をつなぐ金融機関になるにはブランディングが必要だと感じ、この際だから相談してみようと考えました」

増田さんの来訪を待ち構えていた中村さんが差し出したのは、財務内容や経営方針などが掲載されたディスクロージャー誌と呼ばれる冊子だった。

「本来は金融機関のすべてが見える重要な冊子なのに、誰も読みそうにない数字の羅列ばかりな上、表紙には20年以上も事業と無関係なイラストが描かれていて。そこで増田さんに『これを我々のアピールとリクルートに使えるようにできません? お金はないけど(笑)』って相談したんです。ついでに『個別依頼と顧問契約、どっちが安い?』とも聞いたかな(笑)。それで、まずは広告顧問として長期的視点で見てもらうことにしました」

突然の相談ながら、増田さんは限られた予算で最大の効果をめざし、まずスローガンと名刺デザインの変更を提案し、職員へのヒアリングを実施することに。

「中村さんのブランディングへの想いはSNSで感じていたし、相談のボールを投げられたら打ち返したいと思うのがクリエイターの性じゃないですか。考えた結果、『限られた予算で最大の効果を狙うなら、まずはスローガンと名刺やね』と。ヒアリングは、業務内容や職場への想いなどを知りたくてお願いしました。職場の宴会にも参加させてもらって楽しかったですよ(笑)」

相談時に見せられた旧ディスクロージャー誌と、増田さんが手掛けた新ディスクロージャー誌。

「ご縁は、財産。」という言葉で職員の士気が高揚し、行動に変化

多くの職員にヒアリングした結果、生まれたのが「ご縁は、財産。」というスローガン。増田さん自身も「最初から『ご縁』という言葉を使う案はあったけど自信がなかったんです。でも、職員の方から『ご縁』という言葉が出て、自信を持って提案しました」と語る。

中村さんは当時のことを振り返り、「信用組合の成り立ちを考えても、このスローガンはピッタリなんですよ。最近は信用組合内外の多くの人が『あのスローガンが出てから変わりましたね』と言ってくださる。スローガンを発表した時、職員に『ご縁を財産と考え、収益よりもご縁からファンを作ることをめざそう』と話したんです。そこから職員の士気が一気に高まって、行動や成果に良い変化が生まれた。言葉の力の凄さを体感させてもらいました」と語る。

こうして誕生したスローガン発表の記者会見ではモノリスとの提携も発表し、今もビジネスは広がり続けている。

「スローガンを作ったら、封筒や広告ビジュアルなども変える必要があります。他に通帳やキャッシュカードのデザインも『ご縁は、財産。』に合わせたデザインを作ってもらいましたし、起業家交流組織やローンのネーミング、デザインもお願いしました。新しい取り組みである『わが社のミライ相談所』や『ロッカク塾』のネーミングも増田さんに依頼しました」と中村さん。

「ご縁は、財産。」を具現化した経営相談施設「わが社のミライ相談所」。 施設名や外装デザインを増田さんがディレクション。

ブランディングのコラボを推進し、さらに地域全体をワクワクさせたい

スローガンと名刺のデザインから始まり、年単位の時間をかけてブランディングに取り組む二人。最初は「ブランディングは時間を掛けて取り組むもの」という共通認識や費用の課題をクリアすべくゆっくりとした歩みだったが、最近は徐々に周囲の理解も深まり、取り組みは加速しつつある。

「ブランディングは長い期間の中で醸成されていくので、まず最初に長く付き合っていける人を選ばないといけない。当然そのつもりでパートナーを選びました(笑)。さらに、お互いに『単発で終わらずに長く付き合う』という意識を持てているのは大きい。経営では持続性や継続性が大事なので、私が理事長の間は一貫して取り組みを進めていきます」

増田さんも「変な駆け引きをする必要がなく、意識をクリエイティブに集中できる。顔の見える関係が築けているので、長期的な視点で提案できています」と語る。

「ご縁は、財産。」から始まった中村さんと増田さんのコラボ。中村さんは、クリエイティブの力によって組合内外の人と人がつながることで、働く人、周囲の人が豊橋商工信用組合を見る目が変わりつつあると実感している。

「実は、豊橋市がある東三河エリアって比較的保守的で、デザイナーも少ないんです。しかも、ブランディングやクリエイティブに力を入れてきた金融機関は皆無なので、これからの追随も難しい。そのせいか、周辺の金融機関がびっくりしているようです。70周年を経て、今まで以上にブランディングに力を入れながら、さらに地域を良い意味で驚かせていきたいと思っています」

集合写真
左より、中村勝彦氏、増田隆一氏

豊橋商工信用組合

理事長
中村勝彦氏

https://www.toyohashi-shoko.co.jp/

株式会社モノリス

コピーライター
増田隆一氏

https://monolith-net.co.jp/

公開:2022年5月16日(月)
取材・文:中直照氏(株式会社ショートカプチーノ

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。