メビック発のコラボレーション事例の紹介

物語、個性、可能性、愛されるパッケージに込められた想い。
和菓子のパッケージデザインとブランディング

「どら焼きの皮だけ」パッケージ

失敗が生んだヒット商品、いかにパッケージで成長させるか。

どらやきの皮だけ。そんな主役不在を堂々と告げるド直球のネーミングは、商品の生みの親である小林秀之氏によるもの。菓子問屋業界にいた小林氏が脱サラして2018年に立ち上げた、株式会社花かんざしのヒット商品だ。

「じつは失敗から生まれた商品なんです」。最初はふつうの小ぶりなどらやきだった。もちもちしっとりした生地に、あんこが苦手な人も食べられる「うっすらあんこ」。どらやきはひとつひとつ丁寧に焼き上げていくが、なかにはうまく焼けず不揃いなものができてしまう。これを近所の人たちに配ると好評で、近くの市場で販売したところなんと2時間で30個が完売。百貨店のバイヤーからも、「面白い」との好感触を得て商品化を決める。名前はストレートに「どらやきの皮だけ」。しかし市場では売れたものが、百貨店ではそこまで手応えがない。問題は見た目にあった。「当時はビニールに入れて、商品名をシールで貼っただけ。“アイデアも名前もいいし味も美味しい。あとはパッケージをどうにかしたら”と、いろんな人から言われてたんです」

敷居の高さを感じつつも、パッケージにまつわる場所に出向くようになったある日、小林氏は産創館のパッケージ展でメビックのスタッフから声をかけられる。商品を見せながら、これまでのいきさつを説明したところ、「企業によるクリエイター募集プレゼンテーション」に出ることに。プレゼン後、名刺交換したクリエイターとは何人か会った。「おしゃれな袋や塩ビケースに入れたり、帯をつけるなどいろんなアイデアが出されて。嬉しかったんですがコストがかかったり、長年お菓子の業界にいてみてきた一般的なパッケージの枠からははみ出ない気がして」。どうしようかと悩んでいたとき、「プレゼンには参加できなかったが、お話をきかせて欲しい」と連絡があった。それが株式会社リッシのアートディレクター菅原誠氏だった。

コンセプトは「荒削り&未完成」。美味しさだけじゃない商品の魅力も発信。

菅原氏が商品を見た第一印象は「これをどうやって売っているのかな」だった。デザインの目線で見ればヒキがない。説明しないと、どんなものかもわからない。しかし話すうちに熱いトークに引き込まれ、「小林さんのキャラで売れてるんだな」と理解した。「だから商品はよくわからないけど、小林さんが面白いからやりますと(笑)」

製作にあたって考えたのはコスト。できるだけ資材をかけないこと。紙も少ない量で加工も最低限に抑える。そしてパッケージとPOPを兼ねるようする。持ち帰りもできるように、二連にも三連にもできる形を考えた。これなら什器にも袋にも、POPにもなる。「初期費用をかけない。高級品にはしない、ということだけは決めていた」。ふだんはハウスメーカーの高級ラインのロゴからカタログ、ウェブなど、大手企業との仕事を手がけている菅原氏。いつもはぎりぎりまで完成度を上げるデザインをしているが、今回は商品の持ち味である「荒削り」や「未完成」を大切にして、ほんわかした雰囲気に仕上げた。

「どら焼きの皮だけ」パッケージ(組み立て前)
コストを抑えつつ、商品の持ち味が凝縮されたパッケージ。手に取りたくなるデザインだ

ポスターもつくった。そこには「焼いているのは人柄です」のコピーと、小林氏がモデルの「たぬ坊や」が描かれていた。「このポスターと試作品を見た瞬間から、もう100%の信頼を置いています。コストのこともすごく考えられており、ミシン目を入れることで単品用にも数個買いにも1枚の印刷だけで対応できる。あとは商品名のスタンプを押すだけ。そういう提案をしてくれたのは菅原さんだけだった」。ちなみにイラストに関しては「ちょっと、たぬきって!と思いましたけど(笑)、家族がかわいいというので、まぁいいかと」

「どら焼きの皮だけ」ポスター
小林さんの心を動かしたポスター。最近はたぬ坊グッズも人気商品に

ところで菅原さんは、プレゼンに参加できなかったこの案件になぜここまでこだわったのだろう。よく開催されるイベントだし、似た内容も多いのだが。「自分のなかで、今後は味が限定されるのが嫌な人が増える、そんな兆しを感じていて。商品を自分たちに寄せて、カスタマイズできるものが欲しいんじゃないかと。どらやきの皮だけなら、飽きられにくいし、無限の可能性があるかもしれないと思ったんです」これは美味しいだけでなく、「どう食べるか」までが魅力である、この商品の本質を見抜いた言葉。

はじめての場所で催事すると、必ず「皮だけ?」と聞かれるという。コミュニケーションのきっかけにもなる。そんな完成しきれていない余白にも魅力を感じた。「もちろん皮の美味しさを存分に味わうこともありますが、いろんな物をくわえてもっと甘くしたり、逆にしょっぱくしたり、食べる人が味つけに参加できる余地がある」。これを菅原さんは「食べ方Freedom」と提唱している。

自分たちが商売を辞めるまで一緒にやっていきたい。

2020年2月22日、新しいパッケージがお披露目された。売り場のディスプレイも一新され、おしゃれに生まれ変わる。しかし時期が悪かった。新型コロナウイルス感染症の流行で、緊急事態宣言が出るかもとささやかれた頃。主戦場としていた百貨店が時短や休業すると、一気に販路を失う。せっかく増えてきたファンのための受け皿が必要だと、菅原さんは急遽ウェブストアの開設を提案する。予想は的中し、少しずつストアを利用するファンは増えた。当初はパッケージ制作で終わると思っていた菅原氏。ところが小林氏から連絡があり「ほかの商品もすべて見て欲しい」と依頼された。このパッケージによって現在では売上は3倍近くになり、念願の関東進出も叶う。今年に入ってから阪急うめだ本店、伊勢丹新宿店、ヒカリエ、三越銀座店など、錚々たる全国の百貨店や商業施設との取引がはじまったり、メディアで取り上げられる機会も増えた。

商業施設での販売風景
店頭ポップも刷新し、情報量が多すぎたディスプレイも変えてスッキリした売り場

「暗いニュースが続いていたけど、この商品はきっと売れると信じて地道に活動は続けた」。そんな小林氏の営業力にくわえ、SNSの影響も大きかった。これも菅原氏の提案から。小林氏の妻はインスタグラムに500日連続で投稿し、フォロワーを2000人以上に増やした。努力のかいあって、今では東京や名古屋で催事をおこなうと、フォロワーが来店して大量に購入してくれるという。

このパッケージは半永久的に残したいと小林氏は言う。「そのためには新しい商品も開発していかないと」。そして菅原氏には自分たちが商売を辞めるまで、継続して一緒にやって欲しいと考えている。出会いのタイミングも良かった。ちょうど菅原さんが違った仕事のやり方を模索していた頃。「成功報酬的なフィーの取り方もあると思っていて。これなら依頼者も助かるし、自分たちも一緒に大きくしていく夢が持てる。そんなときに“全部まかせる”といわれたので、あっ、来たと」

メビックでのプレゼンは最後の賭けだった。そう振り返る小林氏。「これでダメなら商売をやめよう。それくらい思いつめてて。同時に商品を全国に届けたいという想いもあり、起死回生をかけて腹をくくりました」。失敗を重ね、それこそ失敗のなかから生まれた商品。しかしパッケージとなると自分の手に負えないと思っていたところ、想いを掬いあげ表現してくれる菅原氏に出会えた。催事で多くの百貨店をまわるが、ここまで完成された世界観をもつメーカーはほかにないと満足している。「いつか店を持ちたいという夢もあって。イートインスペースで、焼きたてのどらやきを飲み物と一緒に楽しんで欲しいし、インスタに上げているアレンジレシピの商品化もしたい。それらもすべて菅原さんにおまかせするつもりです」

菅原誠氏と小林秀之氏
左より菅原誠氏、小林秀之氏

花かんざし

たぬ坊や店長
小林秀之氏

https://hanakanzashi87.stores.jp/

株式会社リッシ

アートディレクター
菅原 誠氏

https://rissiinc.jp/

公開:2021年11月4日(木)
取材・文:町田佳子氏

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。