メビック発のコラボレーション事例の紹介

建築家とデザイナーのタッグで、シャッター商店街に賑わいを
空き店舗を利用したチャレンジショップの立ち上げ

「arch」外観
電器店だった頃のファサードを残した外観。建設会社の資材置き場を経て、昨年より、archとして再生した。

メビックの交流会で配ったフライヤーが縁に

大阪市都島区は、「春の海 ひねもす のたり のたりかな」などの俳句で知られる与謝蕪村の生誕の地。2019年に開通したJR城北公園駅そばにある「蕪村通り商店街」は時代の流れとともに寂れてしまっていたが、建築家・黒田淳一さんがここにかつての賑わいを取り戻そうと、2018年より「ぶそん市」というイベントをスタートさせた。

約2ヶ月に1回のペースで商店街の空き店舗を数箇所使い、こだわりのフードやドリンク、手づくりの雑貨やアクセサリー、アンティーク家具やグリーンまで多彩な出店者が参加し、高感度な若いファミリーなどに人気のイベントとなっている。

第1回目の開催直前、メビックが主催する「クリエイター募集プレゼン」の交流会に参加した黒田さんが持参のフライヤーを配ったところ、当時、独立してマウントグラフィックスを立ち上げたばかりだったデザイナー・溝手真一郎さんがその場に居合わせ、興味を持つ。そこで、ともに活動するデザイナー・高木知佳さんと「ぶそん市」を訪れたところ、あまりの居心地の良さに感銘を受けたという。

「ぶそん市」の様子
商店街の空き店舗を活用し、約2ヶ月に1回ペースで開催しているぶそん市。1日に最大で400人が来場することも。

「なんてセンスが良くて、良いものが揃っている市なんだろうと感動しました。1回目から入り浸ってしまい、以降はほぼ、皆勤賞で通っています」(溝手さん)

「今日、着けているピアスも、ぶそん市で買ったもの。出店者さんの中には人気が出て実店舗を出した方もいて、黒田さんの眼力はすごいなぁと」(高木さん)

「ぶそん市」の様子

商店街の新たな拠点をともに創るパートナーへ

スタート時は黒田さんが個人的に好きなお店や友人知人経由で出店者を探し、声をかけてスタートした「ぶそん市」だったが、回を重ねるごとに評判を呼び、出店者、来場者ともに増え、知名度も上がっていった。そうして2年が経過するうち、黒田さんは次の課題を考えるようになる。

「蕪村通り商店街が賑わうのはイベント時だけなので、もう少し日常的に、出店者の方々が活動できる場があればなぁと。そこで、元電器店だった場所を、気軽に腕試しができるチャレンジショップとして改装することに。想定していたより広い空間だったので店内を5つのブースに分け、1日からレンタルでき、複数の事業者が共同で使えるようなスタイルを考えました」(黒田さん)

オープンにあたり必要となったのは、ショップのネーミング、ロゴ、そして出店希望者の窓口となる予約機能付きのWebサイトだった。そこで真っ先に頭に浮かんだのが、マウントグラフィックスの溝手さん、高木さんだったのである。

「このお二人しかいないだろうということで、相談を持ちかけました。開催のたびに来ていただいていましたし、めざす方向性を誰より理解してくださっていたので。複数いただいたネーミング案の中で、ひと目でピンときたのがarch(アルヒ)。こういう感じかな?ではなくて、これしかない!っていう案を出していただけて、お願いして本当に良かったと思いましたね」(黒田さん)

archのWebサイト。さまざまな出店者の窓口となるため、特定のテイストに偏らないシンプルなデザインに。

3人の想いが詰まった arch(アルヒ)という名

「ぶそん市」でお互いの思いや感性、人となりを熟知していたせいか、3人が良いと思うものが合致しており、すべてが驚くほどスムーズに進んだ。

「archっていうのはギリシャ語で“はじまり”という意味があるのですが、英語読みだとアーチ=架け橋という意味にもなります。出店者さんとお客さんがつながるのはもちろん、ある出店者さんがまた別の出店者さんを紹介したり、人と人がつながって、また新たな何かが生まれる。この場がそういう架け橋になれば、という思いを込めたネーミングでした。そうしたら、黒田さんが日本語で“ある日”って、その日、その日、かけがえのない日が生まれるという意味にもとれるよね、って言ってくださって。これはもう、ダブルじゃなくて、トリプルミーニングになるなと(笑)」(溝手さん)

「ロゴは筆記体を思わせるイメージで、切れ目がなく、ずっとつながっていくという意図を込めてデザインしました」(高木さん)

決定したロゴを使用したWebサイトも2020年春に完成し、新たなスタートを切ることとなった。

「arch」ロゴ
人と人がつながる架け橋になるようにとの想いを込めたロゴは、オリジナルマグカップやエコバッグにも展開。

イタリア研修で学んだ生活者のためのデザイン

ちなみに溝手さん、高木さんがarchに関わり始めたのは、折しも、メビックが主催するイタリア研修ツアーに参加した直後で、人々の“暮らし”についてより深く考えるようになったタイミングだった。

「それまではデザインする時の発想も、どこか商業的なところがあったと思うんです。それが、人のため、社会のためという、より本質的な部分にアプローチする方向性へ切り替わりました。もし、イタリアに行かずにこの依頼を受けていたら、こうしたらたくさん人が来そうとか、インパクトがあって注目されそうとか、そういう方向性で考えちゃったかもしれない。でも、イタリアでの学びを経たおかげで、外側を整えるというよりも、ここがどういう場所で、何をめざしているのかという、内側から出てくるものを大切にすることができた。黒田さんのお考えが、すとんと腑に落ちたというか。僕らはイタリアに行ってそのことに気づいたけれど、黒田さんはもうやってたんや!って(笑)」(溝手・高木さん)

「arch」店内
テーブル、電灯、ダクトレール、冷蔵庫など、備品はあるものをできるだけ活用した。壁や床もDIYで改装。

「何もない街」を「何かがある街」に変えようと奮闘する黒田さんの情熱に、溝手さん、高木さんがクリエイティブの力でみごとに応えたarchのプロジェクト。

黒田さんは建築家として新築住宅の着工戸数減少を目の当たりにしてきた危機感から、住まいという容れ物だけではなく、暮らし方や、街そのものをデザインするという視点を持っていた。将来的には出店者が夢を叶え、蕪村通り商店街の空き店舗に自分の店をオープンすることで、街の風景をも変えていく未来を見据えているという。そんな取り組みが認められ、2021年1月には大阪市あきないグランプリ優秀賞と特別賞(日本空間デザイン協会賞)を受賞することにもつながった。

地域と人をつなぎ、個を生かす仕事を生み出す。そんなぶそん市やarchのありようには、空き家問題、人口減少、子育てが一段落した女性の自己実現といったさまざまな課題へのひとつの答えがあり、これからの困難な時代を生きていくための無数のヒントが詰まっている。

集合写真
左より 溝手真一郎氏、高木知佳氏、黒田淳一氏

around

建築家 / arch -アルヒ-店主
黒田淳一氏

https://create-around.com/

マウントグラフィックス

グラフィックデザイナー
溝手真一郎氏

グラフィックデザイナー
高木知佳氏

https://www.facebook.com/mt.graph/

公開:2021年6月21日(月)
取材・文:野崎泉氏(underson

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。