松尾 成美氏

自分の“いつもの世界”から飛び出してこそ、人は磨かれる。

松尾氏

舞台脚本、テレビの構成台本、小説、エッセイ、インタビューや取材の記事原稿と、幅広く活動している松尾成美氏。美しい大阪弁を操りながら、もの書きの世界に存在する様々なジャンルを飛ぶように駆けまわる松尾氏は、30歳代半ばになってからこの世界に飛び込んだという。今回は、創作活動に対する思いや様々なジャンルで執筆活動するための秘訣をおうかがいした。

30半ばにして公募入選、もの書きの世界へ。

現在、様々なジャンルの執筆活動を行う松尾氏だが、もの書きの仕事を始めたのは30歳代半ばになってから。
「短大卒業後、出版社に入社しても、担当は営業事務。文章を書くこともなく、まして取材なんて全然関係のない所で。退職後に結婚して、それからは専業主婦一筋。」
そんな専業主婦時代、テレビを見ながら少し風変わりな遊びをしていたという。
「テレビの音を消し、映像だけ流して、そこに台詞をつける“一人アテレコ”やね。ほんで最後に、観ていたドラマのエンディングと自分の考えた台詞が合っているかどうかを確かめるお遊び。これが結構当たって、私にも面白い話が書けるのとちがうやろか? と思ったのが最初。」
そんな時に、偶然本屋で『公募ガイド』という本を見つけて応募すると、なんと入選。賞品や賞金がもらえるのが楽しくて、様々な公募に応募して入選した。そのジャンルは、俳句や脚本、小説・エッセイなど、当時から多岐に渡っていたという。
その後、子どもを抱えて離婚。そんな折、通っていた文章学校の先生からラジオドラマのシナリオを書くメンバーに入らないかと誘われた。これがもの書きとしてのプロデビューだった。だが、文章だけで食べていくのは厳しい世界。モニター会議の筆記者や通販オペレーター、マーケティングの報告書作成といった仕事で生計を立てながら作品を書き続けた。そうして次第に実績を重ねているにつれて仕事が増え、もの書きの仕事に集中できる環境になったという。

「想像(imagination)=創造(creation)」という思い。


羽化?トラウマの連鎖が終わるとき

先述の通り、松尾氏は取材記事はもちろん、舞台脚本やラジオドラマのシナリオ、エッセイやフィクションなど、幅広いジャンルで活躍しているが、そうすることにより書き手としての幅が広がるのだという。
「取材原稿が中心のプロのライターの皆さんにも、フィクションを書く行為、つまり“想像:imagination=創造:creation”という行為をしてもらいたい。音楽でも絵画でも何でもよろしけど、ライターは文章作成が最も身近な“創造”のフィールドやさかいね。」
さらに、クリエイター自身が日常のフィールドから飛び出してみてほしいという。
「取材記事中心のライターの方なら、フィクションを書いて“創造”を体験したら、取材原稿を書く切り口や構成力にも磨きがかかって、一味違う取材原稿が書けると思う。」
自分の普段のフィールドから少しだけ飛び出し、感性だけを信じて何かを生み出す行為が、結果として本来の仕事にも生かされる……この考えは様々なクリエイターに通じると感じた。
さらに松尾氏はこう続けた。
「ポイントは五感を磨くこと。『この色キレイ』と感じた後に、何を感じるのか? と同時に、なんでそう感じるのか? を考えることが大切で、イメージしてそのまま放っておくのやのうて、全然違うことにイメージを転化できるのが“感性”やと私は思てる。それができるようになるには、色んな経験の中で、驚いたり、自分の心を揺らすことを鍛錬せなあかんのとちがうかな。」

スイッチの切り替えは、“ルーティーン”で。


大阪弁のあれこれ話

「偉そうに聞こえるかもしれまへんけど、脚本や構成台本、ショートストーリーに取材記事など、ジャンルを問わず書いてる人に、今の大阪では、私以外の人を知らんのです。」と自らおっしゃるほど、様々なジャンルを飛び回るように仕事をしている松尾氏。しかも、脚本と小説といった具合に、全く異なるジャンルの仕事も並行して行うというから驚きだ。
しかしながら、これだけジャンルが多岐に渡ると、頭の切り替えもままならないはず。どうやって頭を切り換えるのか尋ねてみた。
「自分なりのスイッチを切り替えるツボを会得できれば楽。私の場合は『こんなん書こかな』と浮かんできたら、透明の紅茶のポットに煎茶を注いで茶葉が開く様子をじーっと眺める。そないしてたらボヤーッとしてた話の内容がはっきりしてくる。」
ちなみに、登場人物や設定を決めるときには煎茶ではなくポットに紅茶の茶葉を入れるそうだ。要は、自分なりのスイッチを作り、それによって頭を切り換えていくのだという。これは“ルーティーン”と呼ばれ、メジャーリーガー・イチローがバッターボックスに入る前にいつも決まった動作を行うのと同じ原理。決まった動作を行うことで、それに基づいた思考や行動を活性化させる方法だ。

60歳になるまでは今のペースで。その後は……。

30歳代半ばからもの書きの仕事を続けてこられたのは、人脈も重要な要素だったという松尾氏。人脈を広げる秘訣を尋ねた。
「素直になることと感謝すること。トップに立つ人は幾つになって素直でカワイイ人が多い。あとね、感謝をきちんと表現できへんかったらアカン。若い人は、本物の“美しいありがとう”を見たことないのかもしれへん。私は祖母や近所のオバちゃん達の姿を見て、そこから教えてもろた。」
最後に、松尾氏自身の未来についておうかがいすると、思わぬ答えが返ってきた。
「今年52歳になるけど、60歳までは来るモノ拒まずでドンドン仕事をする。60歳で線引きしてるのは、そこを過ぎたら、我を抑えきれずに周りに迷惑掛けるかもというのがあるよってに。60歳になって何をするかは、その時考えたらええと思てる。」

クリエイターズファイル Vol.157

公開

2010年03月03日(水)

取材・文

株式会社ショートカプチーノ 中 直照氏

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