デザイナーと協力し、組版の幅を広げたい。
松木 直子氏:(株)瓦ばん工房

松木氏

天満のビルの一室にある『瓦ばん工房』は、広報紙や業界紙をはじめとした様々な紙媒体の組版を行っている。代表の松木氏は、30年以上この仕事を行う大ベテランだ。30年の中で組版の仕事がどう変化したのか、これから目指すコラボレーションの姿などについて、代表の松木氏におうかがいした。

教師の職を捨て、山を選んだ学生時代。

松木氏は大学時代にワンダーフォーゲル部入部後、本格的に登山を始め、そののめり込み方はかなりのものだったそうだ。1974年には、8156mのマナスル峰に登頂する女性登山隊である日本女性マナスル登山隊に最年少で参加したほど。松木氏自身は頂上アタックには参加しなかったが、この隊は女性隊が8000m以上の山に、世界で初めて登頂に成功したという輝かしい記録を残している。
大学卒業時には、教師として赴任先の学校も決まっていたが、山への思いが断ち切れずに教師の道を断念して、山に登り続けることを選んだ。

そんな中、家の近所で“和文タイプ教えます”の看板を見つけ、「一人でもできるし、時間の融通も利く。山へ行く合間にできる仕事だな」と考えて和文タイプの教室に通ったのが、組版の世界に入るきっかけだったという。
その後もアメリカ大陸最高峰のマッキンリー山(7196m)に登頂するなど、国内外の山々に登った。その後、和文タイピストとして働いた最初の仕事場の同僚と起業し『瓦ばん工房』を立ち上げた。

バブル崩壊とともに消えた“ブローカー”の功罪。

作品

当時、和文(日本語)の文章を活字体で作成する機械装置は“和文タイプ”と呼ばれる機械が主流で、戦前から使われてきたものだった。数千もの漢字・かなを含む活字から、適切な文字を探して一文字ずつ打ち込んでいくという方法であり、特に和紙に直接印字する場合は、打ち間違えると修正ができないという点から、使いこなすためにかなりの特殊技能が必要とされていた。

その後、1990年代に入り、ワープロが普及すると、和文タイプでは不可能だった校正作業が行えるようになった。
「作業は楽になりましたが、いただく原稿の精度が低くなりました。和文タイプ時代は、あとで文字数調整などができないので、文字数も調整して最終原稿に仕上げてから、組版業者に仕事が依頼されていました。ところが、ワープロが普及したことで、原稿段階での打ち合わせが減りました。また、バブル崩壊によって、細かい部分を調整しつつ、クライアントと制作業者のハブとなっていた“ブローカー”と呼ばれる役割の人が減ったのも影響しているかもしれませんね。」
その後は、マッキントッシュが制作の基本ハードに落ち着いて現在に至っているが、こうしたハードの変遷が様々な影響を与えているという。

時代の変遷とともに変化した“モノづくり”の意識。

松木氏

最も大きな変化は、組版に携わる人に求められる資質だという。
「現在の組版の作業は、すべてコンピュータの画面上で行われます。昔は切り貼りはもちろん、かなり細かい作業で手数のかかるシーンが多くありました。手先が器用でキッチリした性格の人、いわゆる“職人的”気質が必要でしたね。今は、コンピュータが扱えれば、それらしいモノができるようになったと言えます。」
和文タイプの時代と比べて、ハードの性能が向上したことで便利になり、考え方も全く変わってしまった。
「昔は表組みや、外字作り、ハードの操作を覚えることなどが最も大変でした。でも、今最も大変なのは、クライアントから届く原稿の整理作業です。個人宅にもパソコンが普及し、誰でも簡単に文書作成や簡単なレイアウトができるようになりましたが、最終段階での変更をできるだけ少なくするため、制作を開始する前段階でかなりの作業が必要となりました。」

最近はデザインが優先される傾向だが、だからこそ組版は必要だと思うようになったという。
「組版の仕事で最も大切なことは“読みやすさ”。禁則処理など、昔の人々が読みやすさを追求する中で積み上げてきた“経験”による集合知です。最近の紙媒体は、読みやすさを無視している気がします。禁則を守りながら美しく文字を配置すること、それが組版の醍醐味だと感じるようになりました。」

デザイナーと一緒に、“もっと良いモノ”を生み出したい。

現在、松木氏のクライアントは20年、30年の付き合いがあるクライアントがほとんどだという。
「長い期間に渡っておつきあいいただいて、本当にうれしいです。これからも末永くおつきあいを続けたいです。だからこそ、自分の中に“もっといいモノをクライアントに届けたい”という思いも高まっています。」

常に高い志を持つ松木氏に、これからの『瓦ばん工房』が目指すものをおうかがいした。
「さらに良いモノを作るために、デザイナーとコラボレーションしてみたいですね。新しい刺激を得ながら、自分自身もレベルアップしていきたいですし、アウトプットもレベルアップさせたい。自分が一歩前に出て交流を図り、そうした関係を生み出していくきっかけを掴みたいと思います。」

公開日:2010年02月26日(金)
取材・文:株式会社ショートカプチーノ 中 直照氏
取材班:つくり図案屋 藤井 保氏