「ブランディングブリッジ」を叶えるクリエイティブの冒険
クリエイティブサロン Vol.91 大垣ガク氏

京都水族館ロゴマークや大阪国際女子マラソンの広告など、あなたも街角できっと目にしたであろうデザインを手掛ける「アシタノシカク」。代表のアートディレクター大垣ガクさんが掲げる理念は「ブランディングブリッジ」、つまり視覚クリエイティブを基点に、さまざまなブランディング施策をつなぎ、一貫した強い世界観とストーリーを描こうというものだ。サロンでは、2015年の「カンテレVIプロジェクト」の舞台裏が、プレゼン企画書とともに公開され、「ブランディングブリッジ」がいかに実現したかを私たちも追体験する時間となった。

大垣ガク氏

ブランディング施策の架け橋になる「明日のビジュアル」をつくろう。

「“アシタノシカク”は、明日の視覚、つまり明日のビジュアル&ビジョンをつくろうという思いで命名しました。真ん中に“タノシ(楽し)”が入ってるのも気に入ってるんです」

一風変わった名前とエッジの効いたデザインワークで、2013年3月の設立以来、広告デザイン界の注目を集めるアシタノシカク。同社には「アシタノヤクソク」なる12カ条のステートメントがある。中でも特徴的なのは、仕事を受けるか断るかの判断基準を、第1に「そこにある思い」、第2に「ブランドをつくるという価値」、第3に「利益」と定めている点。クリエイティブを通じて、誰かの熱い思いに応えたい。そして企業や製品のブランド価値向上に貢献し、明日の社会をより楽しく豊かにしたい。そんな思いの結晶が、大垣さん掲げる「ブランディングブリッジ」の考えだ。

「これまで、広告やプロモーションの分野は広告代理店、ブランディング戦略の分野はコンサルティング会社と、住む世界がわりと分かれてたんですね。でも僕らの理想は、そこをブリッジさせて地続きにし、その会社やサービスが持つ魅力を一貫したコミュニケーション活動で伝えていくことなんです」

アシタノシカクVI
角が取れた四角いフレームがアシタノシカクのビジュアルアイデンティティ。中にいろんなビジュアルを映し出しながら、定まることなく変化し続ける姿が同社らしい。

本音の「ブレスト」から始まった、カンテレVIプロジェクト。

そんな理念の具現化例が、2015年に関西テレビ放送と取り組んだ「カンテレVIプロジェクト」。発足のきっかけは、関西のクリエイター30人がテレビについて話し合ったブレストイベントだった。

「編成局長や宣伝部長も居並ぶ中で、カンテレのイメージや、今のテレビに足りないものについて、忌憚ない意見を出し合ったんですが、そこで僕は、同社のブランド表現に統一感がなく、効率の悪いコミュニケーションになっている、という点を指摘させてもらいました」

ポスターなど印刷物にはチャンネル訴求として「8」マークを記載している一方で、チャンネルをひねれば「KTV」と表示され、キャンペーンではハチエモンというキャラクターが「カンテーレ」と歌う。ブランドイメージがバラバラで、全国ネットの人気番組制作を多数手がけていることすら、視聴者に浸透していない、という事実。でもそれはすぐに解決可能だと訴える大垣さんに、局側は改めてオファーを出した。

VI刷新の前に、何より重要だったのが、コミュニケーションのコンセプト策定。ぐらついたり迷った時にも戻ってこられる指針を求めて、クライアントと膝付き合わせたブレストが数限りなく繰り返された。そして生まれたのが「超えろ。」というスローガンと「8」をモチーフにした新ロゴだ。今までの自分たちを超えて、より魅力的に生まれ変わろうとする意志がそこに凝縮していた。

カンテレVIコンセプト
プロデューサーに「MAGNET.Inc」の佐藤勇介さん、CMプランナーに日座裕介さんを加えて独立系3社のチームでクリエイティブを担当。呼称を「カンテレ」に統一し、チャンネル訴求の「8」は、「超えろ。」のコンセプトを体現したロゴに落とし込んだ。

新VIが全社の血となり肉となる、そのプロセスを丁寧に。

このプロジェクトの成功要因のひとつに、新VIをカンテレ全社員の「自分ごと」に変えていくプロセスのデザインがある。たとえば独特な上下バランスの「8」が宙に浮いているロゴが決まるまでには、おびただしい数のラフを提示し、社員に投票してもらう検証プロセスが何度も繰り返された。

さらに新VIをお披露目する全社員集会では、プロデューサー佐藤さんの提案により、編成局長自らがプレゼンターとして登壇する場を演出。「今こそ超えていくスピリットを」と呼びかけるスピーチで、社員の心をひとつにした。

「このプレゼンのおかげで社内に一気に新VIが広まって、カンテレさんの血となり肉となっていった気がします。僕もVIをいろいろデザインさせてもらっていますが、たとえばすごく良い服を一生懸命作っても、その人に愛着を持って着こなしてもらえなければ意味がないですから。あともうひとつ特徴的だったことは、こういうVI刷新って社長交代や新社屋完成、あるいは周年記念行事の一環であることが多いんですが、今回はそういうのが一切なかった。“この逆境を乗り越えなければ”というカンテレさんの危機感と、我々クリエイターの提案が出会ったことがすべて。タイミングと決断がなせるわざだったんです」

カンテレCM
CMでは、「超えろ。」をテーマに槇原敬之さんが作詞作曲したキャンペーンソングに合わせて、昨日までの自分を超えようと努力する関西の人々の姿をとらえた。

遠く飛びながらも整合性のあるアイデアを。

新VIは、やがて全社員の名刺、封筒、オフィス内サインなどの社内ツールをはじめ、TVCM、交通広告、新聞広告、イベントなどに展開され、まさに「ブランディングブリッジ」を実現。それでもなお手を緩めないのが大垣さんたちクリエイターチームだ。ちょうど夏にキャラクターのハチエモンが20周年を迎えるタイミングでもあり、「曽根崎心中の文楽をハチエモンに演じさせる」、「ハチエモンをモチーフに20人のアーティストとコラボする」など、「超えろ。」を体現する10以上ものアイデアをカンテレに提案。そんなセッションの中から、大胆にもハチエモンを宇宙に飛ばすCM企画が誕生した。

「これまでほかの仕事でも、頼まれていないことまで“こうしたら面白いんじゃないか”と、プラスαの提案をとにかくいっぱいしてきたんですが、結果的にチャンスってそういったところにあった気がします」と話す大垣さん。会場から「アイデアの発想法は?」と問われると、「必要条件をしっかりイメージすること」と答えた。

「周囲からはインスピレーションタイプに思われますが、“こういう要件を満たさないとダメ”という土台部分ははっきりさせて、アイデアごとにちゃんと照らし合わせますね。そうやってふるいにかけた中で、“一見かけ離れているのに整合性がある”というアイデアが強いジャンプ力を持つんです」

ハチエモンCM
風船宇宙撮影という技術を用いて、ハチエモンにGPSカメラをつけて宇宙に飛ばし、地球にキスするさまを描いたCM。何度も失敗を繰り返しながら成功に漕ぎつけたプロセスもまた「超えろ。」を体現していた。

今の興味・好奇心を解き放つ作戦会議室ASITA_ROOMとは?

カンテレVIプロジェクトを振り返り俯瞰した後は、大垣さんとアシタノシカクがこれまでに手がけてきた制作事例の数々が紹介された。その自由に羽ばたくイマジネーションに、参加者も熱を帯びたように感化されていくのが伝わってくる。

名だたるクライアントの注文に応え、華々しい活躍を見せる大垣さんとアシタノシカクだが、それでも時にはふと「本当にやりたかったことってなんだっけ?」とわが身を振り返ることもあるという。そこで今面白いと感じていること、興味のあることを自由に発信する場として立ち上げたのが「ASITA_ROOM」。設定は「架空のプロデューサーX」の作戦会議室だとか。これまでにイラストレーターや植栽家、陶芸家など個性豊かな作家と組んで企画展を実施してきた。

「注文のあるなしに関わらず、ものづくりに純粋に取り組む作家の姿に触れて、異質なパワーを交換してるような気分になれるんです」と大垣さん。クライアントやクリエイター仲間、作家たちと本音のコミュニケーションを重ね、切磋琢磨し合うアシタノシカク。その進化はまだまだ留まるところを知らない。

アシタルーム内装
オフィスに隣接する「ASITA_ROOM」は、架空のプロデューサーXのイメージに合わせ、やや謎めいた、ダークで大人っぽいインテリアに。

イベント概要

“アシタノシカク”
クリエイティブサロン Vol.91 大垣ガク氏

多面的なクリエイティブを展開するアシタノシカク。
今回は@カンテレ扇町スクエアということで、特に関西テレビ新VI開発と「超えろ。カンテレ」プロジェクトの全プロセスと最新の展開を中心に、その他ブランディング事例を。
そして広告のキービジュアルの役割や考え方はもちろん、シゴトそのもののつくり方や進め方を事例を元にたくさん紹介したいと思います。
さらにオルタナティブスペースASITA_ROOMの活動についても紹介します。

開催日:2015年11月17日(火)

大垣ガク氏(おおがき がく)

アシタノシカク株式会社

1976年北海道生まれ。アシタノシカク株式会社 代表取締役、アートディレクター。
広告企画・デザイン、CI、VI、パッケージデザイン、プロダクト開発、Web等、ブランディングを視野においたコンセプト及び視覚コミュニケーション全域をアートディレクション&デザインすることで、効果と実績をあげている。ブランディングから広告・プロモーションまでをVIを基点にブリッジさせ、コミュニケーション効果を最大化するBRANDING BRIDGEを提唱。カンテレ以外に最新のAQUOS広告キービジュアルや、京都水族館、朝日放送、京セラエネルギー事業のVIも手がける。国内外の賞もいろいろ受賞。

http://www.asitanosikaku.jp/

大垣ガク氏

公開:
取材・文:松本幸氏(クイール

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。