学ぶほどに、学びたいことが増える。好奇心の火を絶やすことなく進む「努力の人」。
クリエイティブサロン Vol.89 浪本浩一氏

2005年、メビック扇町のインキュベーションオフィスに入所するとともに、「ランデザイン」を立ち上げた浪本浩一氏。その後、南森町にオフィスをかまえ、2008年に法人化。現在、グラフィックにとどまらずパッケージデザインや商品開発など、幅広い分野で活躍し続けている。学生時代はデザインとは無縁で過ごした浪本氏が、この道を選んでからのコツコツと積み重ねた勉強の日々と、そこから生まれたデザイン思考について語った。

浪本浩一氏

デザイナーになってからも「学びつづける」ということについて。

長い付き合いのある人は口を揃えて「努力の人」と評する、株式会社ランデザイン代表・浪本浩一氏。デザイナーとしてのスタートが、26歳と遅かった浪本氏がこの世界に入ったきっかけは、同じくデザイナーであった父の言葉だ。「将来の方向性が定まらないのなら、デザイナーになって自社ビルでも建ててみろ」。これは面白いと思った。ただし心に響いたのは“デザイナー”ではなく“自社ビル”のほうで、独立→自社ビルという、人生の選択肢があることが新鮮だった。そこから浪本氏の「学びの人生」が始まる。

父からIllustratorの使い方を学び、DTPの学校でパソコンスキルを勉強。大阪のデザイン事務所に就職後もデッサン教室に通った。そこで2年間務めた後、東京の広告制作会社に就職。順調にキャリアを積み、30歳で大手代理店との競合コンペに勝った後、残ったのはやりきった感。「そのコンペは大きな案件だったので、全力を尽くしました。そして勝ち取った後、自分の能力を使い果たしたと感じたんです。そこでもう一度、勉強しようと考えました」。そうして働きながら、ヴィジュアル・デザイン研究所に入学。平面構成、色彩構成といった基礎を、ポスターカラーを使って手描き制作しながら学んだ。この手法によって感覚だけではなく、デザインと配色による理論的な造形力が身についたという。さらに毛筆カリグラフィの教室にも通い始めた。

東京で6年間働いた後、浪本氏は地元・大阪での独立を決めた。とはいえ大阪には人脈はなく、まずは、大阪の中小企業支援機関・大阪産業創造館の準備オフィスで経営やマーケティングを勉強し、4カ月後にクリエイターが多く入所していた「メビック扇町」のインキュベーションオフィスで開業。「メビックにいた時期は、たくさんのイベントや勉強会に参加したり、またイベントを企画運営したりしました。またその頃から、ものづくり企業の方々と一緒にワークショップやコラボもしたりと、とにかくアクティブな毎日でした。それがきっかけで多くの職人さんとも知り合え、ものづくりの現場を知ることもできました」

ヘラ絞りのランプシェード
ヘラ絞り職人の吉持製作所の吉持さんとコラボした照明。「デザインの思考と試行」展より

新たに事務所を構えたのが35歳。しばらくは仕事に没頭していたが、40代を目前に控え、この「努力の人」に再び勉強への意欲が芽生えた。まずはスキルアップをめざして、カリグラフィ教室と、タイポグラフィスクールへ。ホワイトボードの学びのスケジュールに、書体のデザインと書体の歴史の勉強、さらにレタリングの勉強が書き加えられた瞬間、会場内のギャラリーから、思わずため息がこぼれた。

この貪欲な学びへの情熱は、どこから来るのだろう。「文字関係は勉強すればするほど知識がつく分野。たとえばカリグラフィの歴史を知ることで、書体の造形的な特徴や時代背景が見えてきます。最近ようやく、デザインの発想にカリグラフィを活かすことができるようになり、学んだことが消化できはじめてきたと感じています」

基礎を積み重ねた結果として、いつしか自分のスタイルが生まれる。誰しも、ある程度仕事をこなせるようになると、忙しさにかまけてインプットを怠りがちになる。そんな状態が続くとアイデアが枯渇し、着想や表現を過去の経験則に頼ってしまいがちになり、新しいものを生み出せなくなってしまう。デザイナーが学ぶことをやめた時、それは成長が止まることなのかもしれない。

「書体の違い」による、「表情の違い」。さまざまな表現で伝える、文字の奥深さ。

浪本氏は、現在も中之島美術学院のレタリングコースに通う。多くのことがパソコンでできる時代に、あえて手描きによる訓練という方法を選ぶのには意味がある。「実際に手を動かして描いてみると発見がある。それに手描きの線はより表情がでます。仕事でもデジタル書体と手描きした文字を組み合わせて使うことが多いですね」そう語ると、2本のペンを平ペンに見立て、ホワイトボードに実演してみせた。「たとえばアルファベットのAを描くと左右の線の太さが違い、Oの文字もカーブに合わせて自然と太さが変化する。手で描くと実際に起こり得る太さの変化を知り、根拠を持ってデザインすることが大切だと思うんです」

ホワイトボードで説明する浪本氏

自身が手がけた高校生向けの英語表現の教科書「Vision Quest」のロゴも実演。本文中の英語部分では複数の文字を合成して一文字にした合字(リガチャー)を使ったりと、タイポグラフィの基本も取り入れた。教科書には膨大な文字量が使われているが、それをいかにすっきり見せるか。隠れた技量が求められる仕事だったと振り返る。10万冊採用されればベストセラーといわれる教科書業界で、この教科書は30万冊が採用され、シェアは45%を誇るほどに。「内容の理解のしやすさ、文字をきれいに組む書体選びや文字組みなど、デザインするうえで、大切にしてきたことが活かされた、自分にとって集大成のような仕事です」

独立10年の節目を迎えた今年、個展「デザインの思考と試行」を開催。書体が完成に至るまでのスケッチブックをはじめ、カリグラフィやレタリングを活かした仕事から雑貨や家具などの作品まで、浪本氏のさまざまなデザインの「思考と試行」を、かいま見ることができる展覧会となった。

また文字デザインの国際コンテスト「モリサワタイプデザインコンペティション2014」で、「わかつき丸ゴシック」が金賞受賞。「自分がデザイナーとして欲しい書体、絵本でも真面目な文章でも使える書体をテーマにつくりました。絵本で使うからといって、幼稚である必要はないけれど、優しい雰囲気は必要です。一年半、毎日毎日、何時間もかけることで完成度を上げていきました。だれよりも時間をかけたという自負はあります」

書体はいわば文章の声のようなもの。どのような声で語りかけるかで、読者の受けるイメージや理解の度合いは変化する。「素直な印象の文字になるよう、時代性などの“スタイル”を感じさせる部分はできるだけそぎ落としながら、手描きの線を基に、かなり繊細にデザインしました」。英語の書体でも銅賞と明石賞(製品化に値する賞)を受賞したが、こちらはカリグラフィの要素を取り入れているという。

受賞フォントのひらがなとカタカナ
モリサワ「タイプデザインコンペティション2014」で金賞を受賞した「わかつき丸ゴシック」の仮名文字。

クライアントの“実態”を把握し、“めざす姿”を考え、デザインする。

「デザイナー×ものづくり企業によるコラボ」を、早くから手がけてきた浪本氏が、独立する前に決めていたことがある。「下請けではなくクライアントから直接受注する仕事をやっていこうと。そのために出会いを求めて動き、大阪産業創造館などで様々な業種の人達と知り合い、そこから仕事が発生したこともありました。企業や団体が主催する異業種交流会にもよく参加しました。それが広がりを呼んで、今につながっていると思います」。ものづくり企業との仕事の際、気をつけるのは、「変に期待させないこと」だと語る。デザイナーに頼むことで劇的に売上が上がったり、ビジネスが活性化すると思わせない。瞬間的に期待を盛り上げ、制作後に途絶える関係ではなく「ゆるやかに、永く付き合うスタンス」を貫いてきた。

そんな自身の考えを作例とともに紹介。たとえば貼箱製作所のWebサイト制作では、ステップアップできるデザインを提案し、箱業者中心だった顧客をメーカーや小売店へとシフトさせる設計に。「そのためには写真でこの会社に作ってもらいたいという雰囲気を出すことが必要と考えました。テーマを“感性品質”とし、作例をイメージ重視で撮影し、感性がほかの製作所の貼箱とは違うことを伝えたんです」。メーカーからの仕事は、納品後に許可を得られれば、作例としてWebサイトに写真を掲載でき、それが新たなプレゼンにつながる。そんな“どんどん育つ”サイトとして設計した。このもくろみは成功し、リニューアル後は、メーカー直請けの仕事が増えたという。

自身が大切にしていることとして、「まずクライアントの“実態”を把握し、次にブランドが“めざす姿”を考える。そして、“めざす姿”のためのデザインを考え始める」と語った。さらに商品開発に関しては、「バイヤーやエンドユーザーは常に新しいものを求めている。それはデザインだけでなく切り口の新しさも含まれる」と話し、「和紙をめぐる小さな旅~Japan paper journey~」を紹介。これは日本全国の和紙の生産地をめぐり、それぞれの特長を生かしてつくられたレターセットだ。職人の話に耳を傾け、地域の歴史や風土を理解し、それぞれの和紙の特長を商品に生かすようにデザインされている。もともとは「外国人がお土産にしたくなる、漢字をあしらった和紙を」というオーダーから生まれたもので、産地の説明や職人の想いなどが綴られた和英併記の紹介文を同封。先日開催された東京ギフトショーでも好評を得た。

「これから先は“企画・編集・デザイン”、そして素材を活かした“商品開発”と商品力をUPする“ブランディング”や“コラボレーション”、これらの総合力を活かしていきたい」と締めくくった浪本氏。好奇心と探究心、それに向かって着実に努力を積み重ねていく姿勢。その一つ一つが、浪本氏のデザイナーという天職につながっているように感じられた。

和紙便せんシリーズ
「和紙をめぐる小さな旅 〜Japan paper journey〜」

イベント概要

コツコツ積み重ねた学びと仕事
クリエイティブサロン Vol.89 浪本浩一氏

クリエイターのみなさんは、なぜこの世界に入りましたか? そのためにどこで何を学びましたか? 私は26歳のときに、ある言葉がきっかけでデザイナーをめざすことになりました。すでに社会人として営業職をしていた私は、デザインの「デ」の字も知らなかったため、まず学ぶことから始めました。それから今まで18年、デッサン、基礎デザイン、タイポグラフィー、書体デザインなど多くの私塾や学校に通い、学びを重ねてきました。「働きながら学び、学んだことを仕事に活かす」。そのやり方は今でも続き、現在はカリグラフィーとレタリングの修行中です。学ぶほどに学びたいことが増えてしまう……。守破離(しゅはり)という言葉がありますが、デザインにおいても基礎を積み重ねた結果として、いつか自分のスタイルができる、と私は考えています。そんな日々の仕事や作品づくりから、ちょうど開催中の個展の話などいろいろとお話できればと思っています。

開催日:2015年10月22日(木)

浪本浩一氏(なみもと こういち)

株式会社ランデザイン

1971年生。大阪府枚方市出身。株式会社ランデザイン代表 / アートディレクター、グラフィックデザイナー。
大阪、東京の制作会社を経て、2005年ランデザイン設立。文部科学省認可教科書などの書籍や冊子制作のほか、素材や印刷、加工を活かした商品やパッケージなどを手がけている。文字デザインの国際コンテスト「モリサワタイプコンペティション2014」和文書体部門 金賞、欧文書体部門 銅賞、明石賞受賞。2015年10月、家具町lab.にて個展「デザインの思考と試行」を開催。

http://www.langdesign.jp/

浪本浩一氏

公開:
取材・文:町田佳子氏

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。