人との出逢いを大切に、一つ一つの仕事を誠実に
クリエイティブサロン Vol.65 小野哲郎氏

小野哲郎氏

『どこにでもいるようなデザイナーが2000人の前で作品展示をするまで』。今夜のトークのタイトルが、プロジェクターで映し出される。第65回クリエイティブサロンのスピーカーは、グラフィックデザイナーの小野哲郎氏。自身について「華のない経歴の持ち主」と笑いつつも、人との出逢いに恵まれたからこそ、今の自分がここにいると語る。現在の活躍の原点は、またアイデアあふれる作品群はどのようにして生まれたのだろうか。そして2000人の前での作品展示とは? 言葉一つひとつをていねいに選びながら話す小野氏の姿に、参加者は引き込まれていった。

コミュニケーションは“Simple is the best”

「デザイナーという職業に興味を持ったのは、大学4年生の就職活動の時」と小野氏。なんとなく過ごしたという大学生活も終わりに近づいた頃、就職説明会に行った広告代理店で制作部の仕事に興味を持ち、「広告を作ってみたい」と思ったことがきっかけだったという。
「子どもの頃から絵を描くのが好きでした。美術方面の進学を提案されたこともありましたが、その時はピンとこなかったんです。それが、大学4年生の時に広告制作の世界を知り、“これだ!”と思ったんです」
卒業後のデザイン専門学校への入学を目指し、残りの大学生活はデッサンの猛勉強。22歳で桑沢デザイン研究所に入学した。

「桑沢で学んだデザインの基本、それはコミュニケーションは常に“Simple is the best”だということ。いかに分かりやすく、強く人に訴えかけることができるか。その教えは現在でも仕事に生きていると実感します」
「人生で最も勉強した2年間」と語る桑沢デザイン研究所を卒業後、広告制作会社や代理店で様々な仕事を経験。そこでの経験が、将来への道筋となった。
「自分が携わった仕事によって、クライアントさんに喜んでもらえたり、お客さんが集まったりしてくれる。その手応えは、それまでに得たことのない感動でした。なかなか進む道が決まらなかった自分でしたが、この仕事をずっと続けていこうと思えたんです。その感動を次も、その次も味わいたいと一生懸命やってきて、今に至ったという感じですね」

イベント風景

転機となったのは、平和紙業・紙の展示会

東京で経験を積んだ後、大阪で独立。2011年に現在の事務所6Bを立ち上げた。
「事務所名の6Bとは、鉛筆のこと。6Bは一番やわらかくて、濃い鉛筆です。やわらかい発想で、太くて濃いコミュニケーションを創っていきたいという想いを込めました。そんな想いを伝えたくて、創業のお知らせDMを作ったところ、いろいろな方から反響をいただきました。そのことが2000人の前での作品展示、つまり平和紙業ギャラリー・ペーパーボイスでの紙の展示会をお手伝いするきっかけになったんです」

オリジナリティにあふれるそのDMを見た担当者の一声で、平和紙業の展示会デザインメンバーの一員に。2011年から2013年にかけて展示会に携わり、それが大きな転機となった。
「デザイン関係者から注目されているこの展示会には、毎回たくさん方が来られます。また、他のメンバーには実績のある方も多かったので、とにかく一生懸命にやろうと。3回にわたる展示会の中で、たくさんの出逢いがあり、多くのことを学びました」と語る小野氏。2013年の展示会“PAPER FIELD –TEXTURE−”では、生まれ故郷・島根の原風景を、同じく島根出身のフォトグラファーとともに訪れて撮影したポスター、これから生まれてくるわが子を想って制作したカレンダー、京都の印刷会社・鈴木松風堂とともに試作を繰り返して制作したファンシーペーパーによる絞りプレス容器などを発表。出品作品の一つひとつに、自分の想いを精一杯込めて制作した。
「信念を持って発信すれば、人の心に響くんだと、改めて実感しました。アイデアの作り方、形になるまでの過程、人とのつながり……展示会で学んだことは量り知れません。それは今、たしかに仕事への原動力になっていますね」

2013年には、メビック扇町のコラボレーション事例集の制作にも携わった。「いい関係を作っている人が並んだら、いい表情を見せるにちがいない」という発想から、成果物よりも関わった「人」に焦点をあてた構成。人との出逢いやつながりを大切している小野氏らしい発想だ。

展示会風景

大切にしている言葉は“案・員・運・縁・恩”

トークも終わりに近づき、「今まで刺激を受けたり、成長のきっかけになった人・もの・ことはなんでしょうか」という参加者からの質問に「特別なできごとや偉人の名言などではなく、普段接しているデザイナー仲間」と答える小野氏。仕事をする中で、またお酒の席で、仲間と語り合うことが何よりの刺激になっているという。

「周りには素敵な考えを持っている人たちがたくさんいます。そこから気づかされたことを実践してみると、また見えてくるものがある。そんな毎日の中で、これさえ大切にしていれば人の心に響くと信じている言葉があるんです」
スクリーンには、『小野哲郎のデザインのあいうえお』と映し出されている。
「まず、“あ”は“案”。そこにきちんとアイデアがあるのか。ただレイアウトしただけで終わっていないかということ。“い”は“員”。そこに関わる人と力を合わせて創り出すということ。“う”は“運”。困難なことさえチャンスだと思って取り組めば運に恵まれていると気づくということ。 “え”は“縁”。人とのつながりと広がりを大切にすること。“お”は“恩”。自分の実績は誰かのおかげ。いただける仕事に対して恩返しをする気持ちで取り組むこと。この5つのことを大切にして日々汗をかいていると、誰かが見ていてくれて声をかけてくれる。仕事とはその繰り返しだと思っています」

自分には特別なことは何もない、どこにでもいるようなデザイナーと、等身大で語る実直さ。過去の失敗談まで笑いに変えて話す大らかさ。周囲の人たちは、そんな小野氏の人柄に惹かれて集まってくるのだろう。今後はデザイナーとしてだけではなく、販促にまつわるあらゆる場面でのコンサルティングのような立場で、クライアントと関わっていけたらと語る小野氏。既に一つのビジネスを共に創り上げていくような仕事が、少しずつ動き出しているという。

この時代に、どんな仕事をしてどう生きていくか。世代にかかわらず、クリエイターたちは皆同じように漠然とした不安を持っている。「人との出逢いを大切に、自分ができることを誠実に一つ一つ」。トーク全体から伝わってくる小野氏のメッセージは、世代や職種を越えて私たちに語りかける。

当日のスライドより「大切にしている言葉」

イベント概要

どこにでもいるようなデザイナーが2000人の前で作品展示をするまで
クリエイティブサロン Vol.65 小野哲郎氏

グラフィックデザイナーを志すところから独立するまでのこと。
優れたセンスや、輝かしい経歴がなくても、想いがあれば夢は実現すると思っています。
普段の仕事のことや、3年間担当した紙の展示会で、2000人を前に作品を展示するに至るまでを通して、とっても大切にしているデザインの「あいうえお」をお話しさせていただきます。
特別ではなく、身近で、手に届く距離にあるデザインの話です。

開催日:2014年11月25日(火)

小野哲郎氏(おの てつろう)

デザイン事務所 6B 代表
アートディレクター / グラフィックデザイナー

島根県生まれ、大阪育ち。大学卒業後上京し、桑沢デザイン研究所にてデザインを学ぶ。東京・大阪の広告会社にて主にアートディレクターとして企画制作に従事し、2011年に「6B」設立。以降3年間、平和紙業展示会「Paper Field」のデザインメンバーを務めるなど、グラフィックデザインを軸に企業のコミュニケーションに関わる。

JAGDA正会員 / メビック扇町クリエイティブコーディネーター

小野哲郎氏

公開:
取材・文:岩村彩氏(株式会社ランデザイン

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。