日常に眠る価値を「みつけて、つたえる」ということ
クリエイティブサロン Vol.60 山本あつし氏

職種の垣根を越え、クリエイティブに関するさまざまヒントを得られる「クリエイティブサロン」。第60回目となる今回は、奈良を拠点に活躍するクリエイティブ・イントロデューサー山本あつし氏をゲストに迎え「みつけて、つたえる」をテーマにお話を伺った。

山本あつし氏

「皆さん、例えば奈良を象徴するキーワードと聞いて何を思い浮かべますか?」

開始早々、参加者にこう切り出した山本氏。会場からは「鹿」「大仏」「柿の葉ずし」という観光地ならではコンテンツがあげられた。

「そうですね。でも、それだけではないんです」

例えばピアノの保有率日本一、茶筌製造の国内シェア90%、日本を代表する写真家・入江泰吉氏を輩出したことなど。氏が自ら関わったプロジェクトから見えてくる奈良の知られざる魅力を紹介すると、会場からは感嘆の声があがる。こうして参加者らは、奈良を題材に、日常に眠る価値の存在、表現を介して生まれる人と人との繋がりの大切さについて考え始めた。

“家に住む”から“地域に住む”へ

“クリエイティブ・イントロデューサー”とは、山本氏曰く「日常に眠る価値を見つけ、多様な表現によって伝えることで、繋がりを生み出していく創造的紹介者」のこと。氏は現在、奈良市街地でカフェを運営する傍ら、奈良県下を中心とした地域振興事業のプロデュースやコンサルティングを数々手がけ、各地の魅力を伝えている。
例えば今年で18回目を迎える「高山竹あかり」。竹製品づくりの里として知られる奈良県生駒市高山を舞台に、奈良市在住の美術家と職人がコラボレーションしたオブジェを展示するイベントにて氏は今年から広報プロデューサーとして参画。奈良県下の学生を起用したポスターやチラシの制作、SNSによる情報発信によって今までない活気を生み出した。また最近では奈良市総合計画審議委員、奈良市文化振興計画推進委員にも任命されるなど、さらに活躍の場を広げている。
こうした活動の原点は2004年、奈良の自宅をオープンハウスとして開放したことにあったと言う。当時大阪で建築士をしていた山本氏だったが、次第に「“いれもの”としてのハコをつくるだけではなく、そこで『どう住むか?』を提案していくべきでは」と疑問を感じ始める。そして「住むとは何か?」を自問自答した結果、「『住』は人が主と書く。人が主役になって、好きなことを家の中心に取り入れることだ!」と閃いたそう。
「私の趣味であるアートを反映させた“美術館に住む”をコンセプトに、不定期ですがオープンハウスとして開放し、アート作品の展示やワークショップを開きました。人で賑わうと次第に地域の方々も遊びに来てくれるようになって。『家に住むとは地域に住むこと』と気づかされたんです。これをきっかけに地域の繋がりを生み出すことを仕事にしたいと考えるようになりました」
こうして生まれたのが「アートと人とまちの幸せな三角関係」をコンセプトにした「藝育(げいいく)カフェSankaku」だ。

「藝育カフェSankaku」外観
「藝育(げいいく)カフェSankaku」

「2010年のオープン以来、約4年半で140本以上の展覧会やワークショップ、音楽や演劇の公演、映画の上映会などを開いてきました。なかにはプロの方もいらっしゃいましたが、そのほとんどは『自分の表現を発表したいけど、どうすればいいのかわからない』という地元の方や学生でした。その一人ひとりの話を聞き、一緒になって考えたり実践したりすることがとにかく楽しくて」と山本氏。もともと発表の機会が少ない土地柄だったが、今ではプロ・アマ問わず、様々な表現活動を通じて地域内外の人々が集い、繋がりが生まれる場となっている。

「藝育カフェSankaku」店内
「藝育(げいいく)カフェSankaku」

ガイドブックに載らない商店街

続いて話題は「藝育カフェSankaku」が位置する下御門(しもみかど)商店街へ。山本氏はプロジェクターで近鉄奈良駅近郊の地図を映しながら「ふつう地図って北が上になりますよね。だけどこの地図は、東が上になっています。なぜかと言うと市街地の東側に春日大社があるから。神様を地図の上方におくのが奈良ルールなのです」と指さす。思わず「へぇー!」と感嘆の声を漏らす参加者たち。会場は古きを重んじる奈良の町に次第に惹かれていった。
以前の下御門商店街は中心市街地に位置しながらも地味な印象で、観光客で賑わう東向商店街や餅飯殿センター街に比べると地元の人が多い、いわゆるガイドブックに載らない商店街だった。こうした状況を前にした時、新たに看板アイテムを作るのも一つだが、山本氏の場合はむしろ逆。「きっと、ここにも価値は眠っているはず。“今、ここにしかない価値”をみつけよう」と普段見過ごしがちな町の風景を丹念に見直した。
そして見つけたのが月に一度行われる商店街の一斉清掃。もともと下御門商店街は通りが傾斜しているため、自店の前を掃除し水を流すと隣にまで流れてしまう。そこで商店街組合で清掃日を定め一斉に行うようになったとか。以来16年間も続いている。「坂があるがゆえに皆で集まって一緒に掃除する。言わば、坂が人と人とを繋いでくれているんです。これこそ下御門商店街にしかない素晴らしい価値だと気づいたんです」と山本氏は目を輝かせる。
まずはこの価値を近隣地域の人に知ってもらおうと2012年7月、商店街協同組合の事業として“坂のある商店街”を謳い、商店街の坂道を舞台に全長80mの「しもみかど流しそうめん」を開催。初年度から約1500人の参加者が集まり、3回目となる2014年には約2500人を動員し、テレビや新聞各紙にも大々的に取り上げられた。
また今秋11月には「SHIMOMIKADO PHOTOGRAPH EXHIBIT〜写真でつづるしもみかど商店街〜」パネル展を開催。日本広告写真家協会と奈良芸術短期大学の学生がコラボレーションした個性豊かな各店舗の紹介パネルが商店街を彩る。「これを機に今まで下御門商店街を知らなかった方にも足を運んでほしい」と氏は大きな期待を寄せている。
最近ではこうした活動が実を結び、ガイドブックにも「下御門商店街」の文字が躍るようになったのだとか。この2年は若い世代が移り住み新店舗も誕生している。
「観光客が集まり売上が上がることも大切ですが、次代を担う若者が新たにそこに根ざし、人の繋がりが持続的に育まれていくことは将来への大きな希望になると感じます」
“みつけて、つたえる”をきっかけに商店街に新たな息吹が生まれつつある。

「しもみかど流しそうめん」開催時の商店街

全てのヒト、コト、モノ、バショに価値がある

「何が面白いって、このように日常が一番面白いと思うのです。全てのヒト、モノ、コト、バショに価値がある。日常に眠る宝物を見つけて伝えるのが、僕の仕事だと思っています」
この山本氏の思いが見事に合致したのが、2011年からメビック扇町が取組んでいる「わたしのマチオモイ帖」だ。これはクリエイターが思い入れのある町を取り上げて冊子や映像にまとめて発表するというプロジェクト。開始以来約4年を経てその活動は日本全国へと広がり、現在800帖近くの「マチオモイ帖」が誕生している。山本氏も2013年に下御門商店街を題材にした「しもみかど帖」を商店街協同組合で制作・発行。商店街に並ぶ全24軒(当時)の店を自ら取材し一冊の本にまとめた。「マチオモイ帖の“日本中の人の心に眠る誰も知らない宝物をいっしょに見つけましょう”というコンセプトが素晴らしいなと。僕自身、商店街を一軒々々丁寧に見ていく中で、皆さんが本当に素敵な宝物をたくさん持っていらっしゃることに気づきました」と個性豊かな商店街の面々を紹介する。なかには「いずれこんな商売はなくなってしまうんやろうな」と嘆く人もあるそうだが「それでも店を続けていらっしゃるということが、そこに単なる商売以上の意味を感じさせてくれて、なんかいいなあと思うんですよ」と山本氏。こうした一言からも「全てのヒト、コト、モノ、バショに価値がある」という氏の考え方が伝わってくる。

「しもみかど帖」表紙

2014年からは「わたしのマチオモイ帖 制作委員会」に参加、自称「マチオモイ先端研究所」と称して新たな展開を目指す。奈良市・学園前エリアの公民館で開催した「マチオモイあるき」では、地域住民を対象に計3回にわたって講座を開いた。集まった15名の参加者は住み慣れたまちを歩きながら、そこで出会う風景を写真に撮ったり、絵に描いたり、それぞれが自由な目線でまちを表現してくれたと言う。他にも小学生を対象に同講座を行うなど「マチオモイ帖」に新たな可能性を見出している。

「マチオモイあるき」開催風景

“みつけて、つたえる”のその先に

物質的豊かさから心の豊かさへと価値の変化が問われる現代。山本氏は「本当の豊かさ」とはあらゆる意味で「殺し合わないこと」だと話す。
1960年代に活躍した社会科学者マーシャル・マクルーハンの予言によると、電子メディアの登場によって人間は時間的、空間的障害を超え地球規模で対話できるようになったが、それは個と個が殺し合う部族的社会への逆行であり、そこには人間同士の摩擦を防ぐための潤滑油が必要だという。
「その潤滑油とは、僕は『表現』ではないかと思うんです」と山本氏。そして「『表現』とはカタチのないものにカタチを与えるということ。その方法はアートでもいいし下御門商店街のように『流しそうめん』でもいいかもしれない。表現によって個々の価値観を見せ合い、気づくことができれば、人は多様な価値を認め合うことができるようになるのではないかと思うのです」と、クリエイティブ・イントロデューサーとしての“みつけて、つたえる”活動のビジョンを語った。少ない価値を奪い合えば殺し合いが起きる。しかし、これまで見過ごしていた価値に気づき表現を介して共有することができれば、人は力を合わせて繋がることができる。
「だけどこれは、僕が一人でやっていても仕方がないのです。だから皆さんも『みつけて、つたえる』、ご一緒にいかがですか?」
サロンの締めくくりとなる山本氏の問いかけに、参加者らは自らのビジョンを重ね合わせた。

イベント風景

イベント概要

「みつけて、つたえる」ということ。
クリエイティブサロン Vol.60 山本あつし氏

「モノの時代ではない」と言われて久しいですが、まだまだ「心の豊かさ」にはほど遠く、常に「本当の価値とは何か?」と問われているように感じます。スマートフォンで撮影した写真を、インターネットですぐに世界中の人々と共有できるようになりました。しかし、だからこそ今、何を見つけて伝えていくのかが大切なのだと思います。「みつけて、つたえる」の先に見えること。そんなお話をしたいと考えています。

開催日:2014年10月16日(木)

山本あつし氏(やまもと あつし)

「誰もが表現者になれる社会へ」をコンセプトに、地域づくり・観光・ビジネス・教育・芸術などあらゆる分野の価値を見つけて伝えることで、連携を生み出すクリエイティブ・イントロデューサー(創造的紹介者)。
NPOならそら 代表 / 藝育カフェSankaku プロデューサー / 奈良佐保短期大学 非常勤講師 / 奈良県障害者アート交流事業 実行委員 / 奈良市総合計画 審議委員 / 奈良市文化振興計画 推進委員 / 奈良市「入江泰吉記念写真賞」 実行委員 / 奈良市指定管理者選定委員会 選定委員 / 生駒市「高山 竹あかり」 実行委員 / ならソーシャルビジネスセンター クリエイティブ・ディレクター / 奈良市下御門商店街協同組合 広報担当

山本あつし氏

公開:
取材・文:竹田亮子氏

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。