日常そのものが、最も高度で複雑なメディアだと思う
クリエイティブサロン Vol.39 アサダワタル氏

“日常再編集(にちじょうさいへんしゅう)”をテーマに、音楽、まちづくり、教育、障がい者福祉などあらゆる分野を渡り歩きつつ活動するアサダワタル氏。その全貌のわかりにくさから、日頃から「結局、何をやっている人なの?」「結局、何をやりたいの?」と問われることも多いという。
90年代後半からバンド「越後屋」のドラマーとして音楽活動を開始したアサダ氏は、「SJQ」などのユニットでもメディアミックスによるパフォーマンスを展開。2003年より、音楽活動と並行して『ココルーム』『築港ARC』『208南森町』などさまざまな芸術系の非営利団体で場づくりやプロデュースに関わる。2012年には、自宅を少しだけ他人のために開くプロジェクト、「住み開き」を提唱する著書もリリースした。
ミュージシャン、文筆家、プロデューサーなど、あらゆる肩書きやレッテル貼りを飄々とすり抜けながら、自身の必然性に沿ったありようを求道者のように追い求める。
そんなアサダ氏を招いての「クリエイティブサロン」は、これまでに氏が関わったプロジェクトの事例など軌跡を辿りつつ、混沌とした日常そのものから、生きること、働くことの本質に迫る刺激的なトークとなった。

アサダワタル氏

アサダワタルの提唱する、“日常再編集”とは?

“日常編集家”という自ら考案した肩書きをかれこれ、8年ほど使い続けているというアサダ氏。“編集者”ではなく“編集家”と名乗る理由は、必ずしも何らかの媒体にまとめることをめざさない、彼なりの意図があるという。

「世の中に存在しない肩書きなので仕方ないんですけど、『何それ?』って聞かれると、アウトプットする手法としては“音楽”と“文筆”をやってます、っていうふうに答えています。さらに、その諸々に関連したNPOの運営だったり、さまざまなプロジェクトに関わっていくということですね。
ドラマーとして長年音楽はやってきたのですが、ずっと文章を書いてきたライターというわけでもなく、最終的にプロデューサーになりたいから下積みとしてやってきたという感じでもなく……。コンセプトを何かしらのアウトプットや肩書きにしないと伝えられないのでそのスタイルをとっている、というのが実際のところなんです。自分の仕事をつくるために、やらざるをえないからやってきた、といいますか。そこも含めて、わかりにくいんですよ」

そもそも、アサダ氏の提唱する「日常再編集」とは、
「日常の中に埋もれている、些細で取るに足らない行為やできごとを、一定の法則に従ってあえてコンセプト化すること。実はこういうことが起きているのではないか?と言語化することで、再びその行為やできごとを立ち上がらせる」ことだという。

「いわゆる、音楽や映像、文筆、写真、あるいは空間etcという、わかりやすい表現メディアに落とし込めないようなことばかりやってるんです。でも、だからこそできることがあるんじゃないか?っていう、謎の確信があるんですけど。最近、同じく“編集家”そして“プロジェクトエディター”として活躍されている紫牟田伸子(しむたのぶこ)さんという方とお仕事をさせてもらってるんですが、紫牟田さんと対話する中で出てきた言葉に、『日常そのものが、最も高度で複雑なメディア』というのがあるんです(笑)」

「メディアというのは、エッセンスを凝縮した圧縮データのようなもの、ですよね。一方、果てしなく続く日常は圧縮データじゃない。当然すごくアンバランスで、それがいちばん複雑な状態。それ自体は何の仕事にもならないけど、じゃあどれだけの制約みたいなものを加えることでかろうじて日常の生々しさを保持した状況を提示できるか。あるいはがっつり何らかのメディアにまとめたりはしないことで、(メディアにする過程で)こぼれ落ちてくるものを掬い上げながら、どうやったら新しいコミュニケーションや関係性がづくりができるだろう?みたいなことをずっと考えてるんです」

『住み開き: 家から始めるコミュニティ』表紙
『住み開き: 家から始めるコミュニティ』(2012年 筑摩書房)

音楽の技術ではなく、音楽を使った場づくりを提案

アサダ氏が関わる仕事のひとつに、「子どもとアーティストの出会い」という、トヨタ自動車がCSRの一貫でやっているプロジェクトがある。小学校に芸術家を送り込むことで、新しくておもしろい芸術体験をしてもらおうという試みだ。アサダ氏は2012年に高知の四万十市にある小学校に音楽家として呼ばれ、ワークショップをすることに。ところがそこで提案したのは、子どもたちに楽器や作曲といった技術を教えることではなく、音楽を使って、世代や立場の違う人同士がコミュニケーションしてもらうことだった。

「そこはいくつかの小学校が閉鎖して合併した学校だったので、子ども同士の関係性もいろいろな課題を抱えていたんですね。そこで、親と子、ひいては地域との関わりを再編集し、音楽を通してコミュニティ全体が動き出すようなプロジェクトをしようと。そこで、親が子どもの頃に聴いていた音楽がどんなものかというのを、子どもたちが家庭でインタビューをするというところからはじめました」

たとえば松田聖子の「スイートメモリーズ」やプリンセスプリンセスの「M」etc……思春期を彩った懐かしい曲を、親たちがエピソードとともに語ってゆく。そのことによってコミュニティの関係性が少しだけゆるみ、さざ波のような変化を生み出した。さらに、たまたま四万十市にかつてバンドをやっていた大人が多くいたというこの地ならではの文脈を生かし、大人たちによる楽器指導も実現。そこで選曲されたものを、コピーバンドを組んでみんなで演奏することに。自由でのどかな校風も幸いし、最終的には好評を得ることができた。

「とはいえ、地元新聞などのメディアで紹介された際には、僕がドラムを叩いているところが載ってしまった。僕は申し訳程度にしかドラムなんて叩いてないのに、たまたま叩いた瞬間の、ようはわかりやすい写真が使われてしまう。つまり、このコンセプトで現場で起こっていることっていうのは、メディアでは伝えられないんですよ」
その場で起こっているできごとが圧縮され、メディアに加工されるとき、何かが少しだけ歪められ、こぼれ落ちてしまう。こういう例の中にも、アサダ氏のいう日常再編集というコンセプトを、わかりやすいメディアにあえて集約させない意味やヒントがあるのかもしれない。

「コピーバンド・プレゼントバンド」開催風景
トヨタ・子どもとアーティストの出会い in 高知「コピーバンド・プレゼントバンド」2013年3月6日

何者かわからない立場が、編集の本質なのかもしれない

以上のことから、アサダ氏にとって「楽器を演奏すること」、あるいは「文章を書くこと」などの活動はあくまでも手法であって、目的ではないということがわかる。さらにいえば、手法自体がプロフェッショナル化するということ自体に対して、「どうなんだろう?」という思いがあるのだとか。

「一般的には、技術と肩書きってそれぞれセットだと思うんですね。手法を極めていくことが、プロフェッショナルということにつながる。クリエイターがつくりあげる作品というのは、その分野でその人が持っている専門性、技術とか知識を凝縮したシンボルみたいなものでしょう。それがあるからこそ、『この人の仕事やな』ってみんながわかる。だからこそ、今回のこの仕事はあのデザイナーさんにやってもらおうとか、ようは職業名とセットでその人の名前が売れていく。ですが、その媒体自体をできごと化していくというか、日常化していくと、『あの人、何屋さん?』『何の業界の人なの?』いろいろやってるけど結局よくわからない……みたいな感じで難民化していくんですね」

「でも僕としては、手法のプロフェッショナルじゃない部分でやっていけることがあるんじゃないか、ってずっと思っていて。その場で何ができるかわからないし、何の手法を選ぶかわからないけども、その考え方でコミュニケーションの場をつくるから一緒に仕事しましょう、って言ってくれてる人が少数ながらも存在するなら、そこをもうちょっと広げていきたいというか。そして、そういう立場じゃないとできない仕事というものを、自分なりにもっとつくっていきたい、っていう思いがあります。だからこそ、新しい働き方や生き方、独自のアイデンティティの獲得のあり方、領域を超えた関係性の生み出し方に辿り着けるんじゃないかと。もっといえば、実は“編集”っていう考え方自体がそもそも、そういうものなんじゃないか、っていうふうにも思うんです。つまり、何者かわからない立場を保つということが編集の本質なんじゃないかと。
『職業百科事典』にあてはまらない働き方があってもいいし、必ずしも企業に就職しなくてもいいし、かといってフリーランスを推してるわけでもないんですけど。もし、自分が先陣切ってそうなれるんだったら、なっていって、それを発信していきたいですね」

「クリエイティブサロン Vol.39」開催風景

アサダワタル氏

1979年大阪生まれ。言葉と音楽を手に、芸術分野から福祉、地域政策、住宅、教育など幅広いフィールドで活動。2000年以降、バンド越後屋のドラマーとして、くるり主宰レーベル「NMR」より2枚のCDをリリースした後、音楽を主体に各地でソロライブ、プロジェクト、ワークショップを展開。2013年、ドラムを担当するSjQ++にて、アルスエレクトロニカ準グランプリ受賞。あわせて2010年以降、文化と日常生活に関する執筆活動を行う。文筆家、音楽家、プロジェクトディレクタ―、自称「日常編集家」。著書に『住み開き 家から始めるコミュニティ』(筑摩書房)、『アール・ブリュット アート 日本』(平凡社、編著)、「編集進化論」(フィルムアート社、共著)や、各メディアでの連載多数。KBS京都ラジオ「Glow」パーソナリティ。神戸女学院大学、立命館大学非常勤講師を経て、現在、滋賀県立大学大学院環境科学研究科博士後期課程在籍。

アサダワタル氏

イベント概要

日常を編集しながら 生きること 働くこと
クリエイティブサロン Vol.39 アサダワタル氏

日常再編集(にちじょうさいへんしゅう)とは、まずわたしたちの目の前にある日常風景・状況を整理することです。次に自らの関心を引き出し、その関心を表現(他者に伝えるための創造的な媒体――文章、映像、音楽、写真、ウェブ、イベント企画、プロジェクトetc…)へと編集しなおす行為です。このトークでは、日常に横たわるわたしたちのさまざまな役割 ー仕事、学業、家事、趣味ー、またその役割を演じるべく所属するコミュニティや分野、それらの在り方や各々の関係性を再編集し、この世の中を、より面白くかつ生きやすい状況に変えるための活動を、アサダの実践を通じてお話します。

開催日:2014年5月15日(木)

公開:
取材・文:野崎泉氏(underson

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。