友達の結婚式ビデオがボクの原点
クリエイティブサロン Vol.38 弦間一雄氏

様々なジャンルのクリエイターをゲストに招き、その人となりや活動内容をお聞きし、ゲストと参加者のコミュニケーションの場として開催している「クリエイティブサロン」。今回のゲストスピーカーは、京都大学卒業、東京大学大学院終了後、博報堂で25年間のコピーライター、クリエイティブディレクターのキャリアを持つ弦間一雄氏。退社後、中央大学大学院特任教授などを経て、現在は大阪経済大学人間科学部の教授として、次代の人材を育てている。
博報堂時代に日本流行語大賞、日経広告賞、TCC(東京コピーライターズクラブ)賞を受賞するなど、トップクラスの学歴と経歴を持つ弦間氏のテーマは『コピーの進化とボクの初期化』。’80年代から現在に至るまでの広告業界の興味深い話を聞いた。

弦間一雄氏

’80~’90年代の広告を振りかえる

常にその時代をつくり出してきた大手広告代理店の中で、プロジェクトチームの中心となり、活躍した弦間氏の初期の代表的作品として、挨拶代わりに次の作品が紹介された。
『昔のスカイラインがよかった、とはもう言わせない』(日産・スカイライン)『小泉、今日からこれをシャンプーと言います』(資生堂・マイルドシャンプー)『広末涼子、ポケベルはじめる』(ドコモ・ポケベル)
中でも’89年に発表された日産のコピーは入社2年目、TCC新人賞を獲得したメジャーデビューの作品でもある。
「企業のコトバで、堂々とストレートに表現したかった。今思えばボクも若かった」と弦間氏は振りかえる。
’80年代から’90年代にかけては、バブル景気の真っ只中。様々な商品や流行を世に送り出そうというマス広告、特にコピーの全盛期であった。それに伴い広告に与えられた社会における役割も影響力も大きい時代だった。
「だから、入社したての頃は上(司)から厳しく育てられました。“明日までに○○のコピーを200考えてこい”と言われてひと晩かけて書いたものを翌日見てもらう。2~3のコピーをチラっと見て“これがお前の最高か?”と聞かれる。“はい”と答える。次の瞬間、ゴミ箱にポイ!そして一言“明日までにまた200!”キツかった~(笑)」修行時代の辛い思い出であるが、一方「CM撮影の現場に立ち会った時、小泉さんや広末さんのオイシイ場面に遭遇したこともありました♪」苦あれば楽ありのエピソードだ。

’91年の作品『テレビじゃ見れない川崎劇場』(元ロッテオリオンズ・川崎球場)はその年の流行語大賞を受賞。これは当時の球団オーナーから、話題になるような広告をつくってほしいとの依頼から生まれた作品だ。
「それで、広告というよりスポーツ紙の記事タイトルのようなコピーが受けるんじゃないかと考えたんです。なかなかの効果で、今でいうリツイートのような広がり方で『劇的サヨナラ川崎劇場!』とか『○○○の川崎劇場』という使われかたの見出しでスポーツ紙の一面を飾ることもありました」

「アリナミンV」ポスター
武田薬品工業アリナミンV TVCM & B0ポスター(1992〜1994)
ACC賞、『宣伝会議』年間ベスト広告第1位、『広告批評』年間最優秀コピー

『天のコトバ』に勝る『あなたのコトバ』

今回のテーマである『コピーの進化』について、弦間氏はコピークリエイティブの中で『コトバ』は4つの進化を遂げているという。
まずは『企業のコトバ』 これは企業のビジョン、セールストーク等で、これがコピーの始まり、原点である。
次が『ユーザーのコトバ』 これはクチコミやお薦めの言葉を、ユーザーサイドの言葉でセリフ風に表現したもの。
そして『天のコトバ』 誰からもリスペクトされている著名人の言葉や、哲学的深遠な真理、コモンセンスある言葉へと進み、そして…。
最後は『あなた(視聴者)のコトバ』にたどり着く。
「つまり、そのコトバを聞いたら(見たら)、あなた(自分)があなた(自分)を自己投影できる、実感できる“独り言”的なコピー。このコピーテクニックが最終進化形といえるのではないか、というのがボクの分析です」
ならば、その自己投影できる“独り言”的なコピーの『コトバ』を生み出す思考方法とは?
「ボクがまだ博報堂に入りたての頃、日本一のコピーライターの糸井重里さんにお会いすることがあって“良いコピーを書くにはどうすればいいんですか?”と尋ねたんです」
当時の広告業界で神ともいわれていた糸井氏からもらったアドバイスは、
「“君、AV(アダルトビデオ)観るでしょ?女優さんの気持ちになって観たことある?ま、そういうことかな…”という返事でした」糸井氏式の少々Hな表現だった。しかし当時、仕事そっちのけで会社の同期や友人たちの結婚式ビデオを作りまくっていた弦間氏はそのAVを身近な結婚式ビデオに置き換えてみたら答えが出た。
「結婚式ビデオって、知らない人のモノはちっとも楽しくない。でも親戚とか友達の結婚式ビデオは楽しい。何故かって、映ってる人が自分に関係あって、感情移入できるからなんです。つまり、広告もコピーも同じで、自分と関係ある情報だと思わせることがポイントなのではないかと。アメリカの調査データなんですが、一番信頼できる情報ソースは知人からのものだそうです。メディアの情報の信頼度はずっと下位。より近しい人と同じ気持ちを共有することが大切なんです」
今も自分を初期化したい時には、この『友達の結婚式ビデオ』という原点に戻るようにしていると話す。

「クリエイティブサロン Vol.38」開催風景

これからの広告に思うこと

21世紀に入り、広告界を取り巻く環境は急激に様変わりし、弦間氏の仕事にも大きな変化が表れた。
「ボクの仕事も、広告をつくるというより、ネットイベントのプロデュースや企業全体のコンサルティングなどが年々多くなりました。政党のマニフェストなんていうのもやりました。時代の変化プラス、ボクが大人になったということもあるんでしょうが(笑)」
世界に目を向けても然り、最近のカンヌライオンズ(世界最大の広告祭)においても、同様の変化がみられている。
「表現面よりメディアクリエーションが重視されるようになりました。アドバダイジングそのものの方向性が変わってきて、どうやってデータマイニングするのかということが重要になって、明らかにネットへと重点が移行してきています。今の時代、アドワーズからアドセンスへの進化を見ても、テクノロジカルなほうが効果的なんでしょうね。でも、ボクとしては、そんなアルゴリズム広告より’80、’90年代のマス広告のほうが自分に合っていたと思います」と弦間氏。
広告的機能そのものと、商業的なコピークリエイティブが大きな力で切り離されそうになってきている今、“広告”にこだわりながら独自のポジションを守り続けるのか、新しいコピーライティングの枠組みを考えないといけないのかが、これからの弦間氏の課題であるという。氏曰く「もちろん、いくら技術が進化しても、困った時に立ち戻るのは『友達の結婚式ビデオ』でありつづけたいと思う」。

弦間一雄氏(げんま かずお)

大阪経済大学人間科学部教授
コピーライター / クリエイティブディレクター

1963年大阪市生まれ。京都大学経済学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修了。
博報堂にてコピーライターとクリエイティブディレクター。企業や公共セクターの経営ビジョンと戦略の策定、マーケティング・コミュニケーションのクリエイティブ実務と研究を専門とする。日本流行語大賞、日経広告賞、ACC賞などを受賞。共著書に『経営は哲学なり』。中央大学大学院特任教授などを経て、2013年より現職。

弦間一雄氏

イベント概要

コピーの進化とボクの初期化
クリエイティブサロン Vol.38 弦間一雄氏

すべての人がこころ動かされる最高のコトバを書こう。わりと長い間、そう思って仕事をしていました。それはどんなコトバだろうか。J.F.ケネディだとか、松下幸之助だとか、S.ジョブズのような名言だろうか。でも個人的にはやっぱり目の前の1億円や、少々離れていてもナイスバディの女性の方に明らかにこころ動かされてしまう。だったら1億円を投資してもいいよって人やナイスバディの女性のコトバなら、どうだろうか? 広告のコトバはこんな風に進化してきたんじゃないかと思うようになりました。あちこちからのコピペを交えながら、そんな話をしたいと思います。

開催日:2014年5月7日(水)

公開:
取材・文:片岡睦子氏

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。