未来へつなぐデザインを。2拠点デザイナーの新しい挑戦
クリエイティブサロン Vol.310 玉岡真有美氏

今回の登壇者は、グラフィックデザイナーの玉岡真有美さん。玉岡さんは大阪と、生まれ故郷である淡路島の2拠点で活動している。地方移住や2拠点生活などが話題になる昨今、2拠点で活動しているだなんて素敵……とつい心ときめかせるところだが、今回のテーマは「2拠点デザイナーの光と影」。玉岡さんが直面した困難とその乗り越え方、そして2拠点で活動することでますます深みが増すデザイナーとしての歩みを振り返る。

玉岡真有美氏

グラフィックデザイナーの役目とは何か

淡路島・洲本市の風光明媚な景色が広がる海岸のすぐそばで生まれ育った玉岡さん。進学した高校がビジネスや起業を学べるコースで、授業で架空の店の広告を制作したことが玉岡さんの将来を大きく動かした。「あ、これだ!と思いました。でも当時の私は、グラフィックデザイナーという言葉さえ知らなかったんです」。そのときの楽しさが忘れられず、兵庫県にある短期大学のビジュアルデザイン科へ進学。本格的にデザインを学んだ2年間で「やっぱりこの道に進みたい」と確信する。

高い志を持ってデザイン会社への就職を希望するが、就職活動は難航を極め、受けた会社は100社近く。当時のデザイン業界は即戦力を求めていて、新卒の未経験者には険しい道のりだったという。そんな中、デザイン事務所へ就職を決めてひとまず難関を突破した玉岡さんは、その後、「とにかく少しでも経験がほしかった」と、実に5社のデザイン事務所や印刷会社を渡り歩いて着々と実績を積み重ねていく。

最後に勤めた5社目の印刷会社では、アートディレクターの役割を任されて奮闘。その一方で、グラフィックデザイナーとは何かを考えるようになった。「考えに考えて、たどり着いた結論が『グラフィックデザイナーは、お客様とエンドユーザーを適切につなぐための大切な仕事』。私たちの仕事って、そうしたコミュニケーションのお手伝いをしているんだと改めて思ったんです」

自身の核心に迫る気付きは、玉岡さんのデザイナー人生を支える太い柱になる。

自分が新たな挑戦を続ける舞台を淡路島に設定

転機を経て自分の道を模索する中、玉岡さんの仕事ぶりを知る尊敬するデザイナーと話す機会があり、「このクオリティーならフリーでも十分通じる」と背中を押されて2019年に独立。しかしその直後にコロナ禍が訪れる。これまで激動の日々を送ってきた玉岡さんにとり、コロナ禍で生まれた時間は今後活動するうえで漠然としていた目標の解像度を上げる有意義な期間となった。「一つひとつ丁寧につくりたい、全力をかけていきたいという理念を込めて、屋号を『041Design』(オール・フォー・ワン)としました」。独立してからは、クライアントの売上を上げるためのデザインとはどういうものかを真剣に考えるように。「クライアントの要望に応えるとともに、その先にいるエンドユーザーに届けるためのいちばんいいアプローチは何かを考える。これは自分の中で大きな変化でした」。また、フリーランスになり自分で経営する大変さや難しさを知り、経営者目線が身についたこともデザインに活きていると話す。

もうひとつ目標に掲げたのが、グラフィックデザイナーとして可能性を探り、新しい挑戦を続けること。その舞台に選んだのが、故郷でもある淡路島だった。しかし経験を重ねた今だからこそ、これから2拠点で活動してみたいと考えている人に伝えたいことがある。それは、「その地域にどこまで入り込む気持ちがあるのか」ということ。「ただそこで楽しく暮らすっていうのも全然ありだと思います。でも、どの地域でもポジティブな面とネガティブな部分が必ずある。自分がどう関わっていくのかで、満足度は変わってくるのかなと思います」

玉岡さんの場合、地元企業や個人事業主との接点を作るため、まずは数年前から淡路島に定期的に帰り、洲本市の商工会議所に所属。しかし異業種交流の機会は訪れず、コミュニティは閉鎖的で人脈は広がらない。また、地域の人々のデザインに対する認識でも、グラフィックデザイナーという職業があるということすら理解を得られなかった。むしろ「淡路島では、デザイナーは副業でやるもの」と言われる場面もあり、“デザイン”に対して人々が抱く価値の低さに驚いたこともあったそう。

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続いてほしい産業が未来へ続くようにデザインで寄り添う

そこで玉岡さんは、個人事業主や地元企業の代表者などを対象にした小規模の交流会を開催。故郷である強みが活き、多くの人々が集まってくれた。「初めてイベントを運営して大変なこともたくさんありましたが、参加者の方にも好評でした」。これをきっかけに、11月にも交流会を開催することも決定。自分だけでなく、淡路島で活動する経営者や個人事業主の人脈が広がる機会を作ることができた。「未来の企業を育てるステップアップのひとつというか、将来、自分のお客様になるかもしれない。そういう考え方で今後もこの活動を続けたいです」

もうひとつ挑戦しているのは、玉岡さんが知ってもらいたいと思う淡路島の特産品やサービスと全国の人々や子どもたちをつなぐデザイン。「絶対に未来につなげることができるデザインはある。それが私なりのデザイナーとしての挑戦です」

印象的なエピソードとして、玉岡さんがパッケージデザインを手掛けたみかん箱がある。お客様は、知人を介して知り合った淡路市の上谷農園さんだ。数年かけて大切に育てられたみかんは、味も見た目も別格。しかし、JAが定めた規格より育ちすぎたみかんは出荷できずに破棄となる。規格外のみかんをどう販売すればいいのか。かといって高齢のご主人にとり、販路の新規開拓は難しい。そこで、「私で手伝うことができれば」と、産直に使用する段ボールのパッケージデザインを手掛けることに。上谷農園が佇む地域をイラストに落とし込み、風景と香りが一緒に届くことをイメージした贈答用のパッケージデザインは大好評で、約1000個のみかん箱が完売。上谷農園さんのみかんが売り切れたことにご主人は「自分で営業しなくても、デザインがみかんを売ってくれた」と、とても喜んでくれ、玉岡さんはデザインが持つ力を再確認することができたという。

上谷農園のみかん箱

これからもデザイナーとして生きていくために

上谷農園さんのみならず、玉岡さんが心を寄せる淡路島の産業は、豆腐店、布団店……まだまだたくさんある。「100年先は無理かも知れないけれど、少し先の未来へつなぐお手伝いをしたい」。今は自分の手掛けたデザインによって、淡路島の産業が未来へ続く可能性を模索している最中だ。

東京・大阪のクライアントとも取引を続け、一方では淡路島でも新たな挑戦を続ける玉岡さんが実感するのは、時間の流れ方の違い。ビジネスライクでスピード感が求められる都心部の仕事とは違い、淡路島では、相手の歩幅に寄り添いながら進めるよう心掛けているという。「こうした地域差は淡路島に限らずどこにでもある。時間の流れの違いを理解して寄り添うことの大切さを感じています」

この先も続く、玉岡さんの2拠点デザイナーとしての道。大阪と淡路島で培った数々の経験から得た矜持として、「自分がデザイナーとして生きていくためにやっていきたい仕事」を続けていく決意がある。「デザインのおかげで売れたら一緒に喜べるし、だからこそ売れなかったら売れなかったって言える関係性って大切で、だからこそ楽しい。お客さんの声が直接聞けるのはフリーランスの醍醐味。だからこそこそ“ライフワーク”だと思えるんです」

イベント風景

イベント概要

2拠点デザイナーの光と影
クリエイティブサロン Vol.310 玉岡真有美氏

会社員時代の評価されにくい環境から独立して6年。フリーランスになった当初の苦労や試行錯誤を経て、都会と地方の2拠点で活動する中で感じた「光」と「影」を赤裸々に語ります。2拠点生活で見えてきた都会と地域の違い、そして課題に向けて私がしている小さな挑戦や工夫を紹介します。日々の実体験をもとにお話ししますので、自分の働き方やデザインの価値を考えるきっかけにしていただければ幸いです。

開催日:

玉岡真有美氏(たまおか まゆみ)

041 Design
アートディレクター / グラフィックデザイナー

兵庫県淡路島洲本市生まれ。美術系短期大学卒業後、大阪のデザイン事務所に勤務し、約10年間グラフィックデザイナーとして経験を積む。2019年に独立し「041Design」を設立。ブランディングやロゴ、パッケージデザインを中心に、クライアントの想いを形にするデザインを手がけている。現在は大阪と淡路島の2拠点で活動し、都市の利便性と地方の環境を行き来しながら、デザインの可能性を模索中。自身の働き方を通じて、デザイナーの価値や必要性、差別化の重要性を伝えることにも力を入れている。

https://d-tamaoka.com/

玉岡真有美氏

公開:
取材・文:中野純子氏

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。