迷走や寄り道は、まっすぐよりたくさんの景色を見せてくれる。
クリエイティブサロン Vol.304 高木知佳氏

今回登場するのは、男女二人組のグラフィックデザイナーユニット「マウントグラフィックス」の高木知佳さん。「めちゃくちゃ緊張してます……」というひと言から始まったトークでは、絵が好きでも得意でもなかったという意外な原点から、会社員デザイナー時代の苦労、独立までの道のり、そして現在の活動までを語ってくれた。「遠回りだったかもしれないけれど、だからこそ出会えたものがある」と語る高木さん。その歩みを振り返る。

高木知佳氏

遠回りのスタート地点、迷走する進路。

高木さんは富山県高岡市の出身。立山連峰を望む雨晴海岸の近くで生まれ育った。「保育園に迎えに来た祖母を途中でまいて、一人で勝手に帰る」ほど、活発な子どもだったという。

中学では友人関係のトラブルから陸上部を退部し、美術部へ。ここで絵を描く楽しさに目覚めたのかと思いきや、「全然目覚めなくて」。2年間で油絵を2枚描いただけで、美術部生活は終わった。

高校は美術系の学校に興味を抱いたものの、「絵が好きでもないのに行ってどうするのか」という思いもあり、県内で唯一情報コースのある学校に進学。オーストラリアで開催された高校生環境サミットにも参加し、いよいよ大学受験の時期を迎えた。

「このときも、美術系の大学に行きたい気持ちはあったんです。でもやっぱり絵が好きなわけでもないし、描きたいわけでもないから諦めるしかなくて。と言って他にやりたいこともない、でも大学には行きたいという中途半端な状態での受験でした」

結果は思うようにいかず、最後に受けた関西外大の短期大学部に合格したのが3月半ば。現地を訪れることもなく家を決め、関西に引っ越した。

大学時代は「四条と河原町が私の青春でした」と語るほど、都会での一人暮らしを満喫。専攻していた英語から第二外国語のスペイン語に興味がうつって4年制大学に編入するなど、ここでも若干の迷走を見せるが、学生生活は順調そのもの。

しかし、高校時代の進路選択と同じく、就職活動でも迷いが生じる。

「外大なので普通は旅行会社や航空会社、商社などを受けるんですけど、私は雑貨屋さんや子供服メーカーなどデザイン系に関わりたくて。でもそういう勉強をしていなかったのでどこにも受からず……」

そんな時、ゼミの先生から「レポートが面白いから文章を書く仕事もいいんじゃない?」と言われたことをきっかけに、「そういう方向もあるのか」と気づいた高木さん。就職活動をやめて新たな進路を模索し、大学卒業後にデジタル系の専門学校に入学する。

立山連峰を望む、雨晴海岸の風景。「有名な観光地なんですけど、富山は曇りが多いので、ちょっと旅行に来るぐらいではなかなか見れない景色です」

迷いながらも進みはじめた、デザインの道。

文章を書く仕事に興味を持った高木さんは、専門学校でDTPコースを選択。しかし、そこでも予想外の出来事が。「リサーチ不足で、デザインができたら文章を書いたり編集もできると思ってたんです。でも入学してみたら、どうもできなさそうだと気付きました(笑)」。とは言えデザインの授業は楽しく、そのまま突き進むことに。その進路はやっと、デザインの方向に向き始めた。

そして迎えた二度目の就職活動。代理店の面接でいきなり営業に同行させられたり、核シェルターを持っていると豪語する社長の会社に採用されかけたりする中、友人が「おもしろい会社がある」と紹介してくれたのが有限会社ティーズだった。

「なぜか面接のときの印象が良かったらしくて。すごくしっかりしてる子が入るよって言われてたみたいです。でも入社後、Illustratorのマスク機能すら知らなくて驚かれました。仕事も遅くて誤植だらけ。あまりのポンコツぶりに、面接は替え玉だったんじゃないか!?っていう疑惑すら生まれました(笑)」

後に高木さんと共にティーズから独立し、「マウントグラフィックス」を立ち上げる溝手さんによると、この頃の高木さんは「明るさ以外は何もない、みたいな(笑)」。ミスが多く、しっかり面倒を見ないといけなかったものの、意見は素直に聞いてくれるのでそこが良かったと振り返る。

高木さんにとってこの時期は“人生最大の挫折”。それでも同年代が多い職場は楽しく、諦めずに仕事を続けた。そんな地道な努力の末、4年後にようやく転機が訪れる。

「女性デザイナーを指名した不動産広告の仕事が来たんですが、当時社内に女性デザイナーは私しかいなくて。まわりはみんな心配したと思うんですけど、絵本のイラストを使うことはもう決まっていたので、世界観が作りやすくて。初めて自分のイメージした通りに作れたんです」

その後は不動産関連の新聞広告を多く手がけ、制作したポスターが映画の一場面に登場したことも。撮影ディレクションやキャラクターグッズ制作など多彩な経験を積み重ね、徐々に自信と実力を育んでいった。

独立後に手がけたパッケージデザイン「梅仙堂 キャラメルナッツおこしバー」は、大阪・関西万博の会場でも販売されている。

背中を押されて踏み出した、独立という選択。

会社員デザイナーとして12年目を迎えていた高木さん。ある日、社長に呼ばれてこう言われた。「高木はいつまでいる?」。

「ティーズは独立する人が多くて、10年以上在籍している社員には、社長が将来について声をかける方針なんです。私も社長から、“一人でやるっていいよ、一回やってみてほしいなあ”ってすごく言われて(笑)。でもいきなり一人になる度胸はなかったので、溝手さんと一緒にやりましょうかという話になって」。そして2018年、退職して「マウントグラフィックス」を立ち上げる。高木さんの道は、思ってもみなかった「独立」へと進みだした。

先に独立した先輩たちに勧められ、独立後すぐメビックを訪ねた高木さん。そこで出会ったのは、個性的で尖ったクリエイターたちだった。その存在に「自分たちはなんて普通なんだ!」と愕然とし、自分たちの強みを探すべく展示会やプロデュース講座へ積極的に足を運んだ。なかでもメビック主催のイタリア研修は、大きな転機となった。

「独立したばかりでまだ時間もあったので、行くなら今しかないと。イタリアではたくさんの研修を受けて、夜は毎晩飲み会で、部屋に入ったら気絶して(笑)。屋外で過ごす時間も多く、自然と触れ合う心地よさを思い出しました」

研修最終日には創造的思考を育成する「ブルーノ・ムナーリ・メソッド」のワークショップに参加。高木さんはそこで“ある宿題”を持ち帰ることになる。

「講師のシルヴァーナさんに“自由に描いてみて”と言われたときに、何もできなかったんです。それまでの研修は条件や制約があったので手が動かせたんですが、“好きにしていい”と言われた瞬間に手が止まってしまって。最後の最後に、もやっとした気持ちが残りました」

濃密な毎日を過ごしたイタリア研修ツアー。「この研修から、じわじわ人生が変わっている実感はあります」

遠回りも、必ずどこかにつながっている。

帰国後は、レンタルスペース「arch(アルヒ)」のロゴデザインやメビックの事例集デザインなどさまざまな仕事を手掛ける一方、自主イベントの開催にもチャレンジする。自然に触れる時間を増やしたいと山に行き、地元の立山にも登った。

そんななか、『World Plants Report』の書籍デザインを担当したことがきっかけで植物への関心が深まり、植物好きのクリエイター5人で「uell(ウエル)」を結成。活動の幅も広がる。

しかし、独立5年目には新規案件が途絶えてしまう。

「5年目はちょうどコロナ禍が落ち着く頃で。コロナの最中は家と事務所の往復ばかりで、人とのつながりが減っていたことに気づけてなかったんです。で、さあこれから頑張ろうと思ったときに、新しい案件がなくて。当時は正直、副業も考えたくらいでした」

その状況を、知人の紹介の案件などでなんとか乗り切った高木さん。あらためて「人に会いに行く」ことの大切さを実感し、新たな出会いを求めて「この街のクリエイター博覧会」に初出展する。uellとして「クリエイティブ×植物」をテーマにしたイベント「デデグリ」も企画し、企業の広告や販促物とは違うデザインの楽しさを見出した。

2025年度のこの街のクリエイター博覧会」にはuellとして参加。ブースは終始にぎわいを見せた。

また、大阪・関西万博「大阪ヘルスケアパビリオン」内のツールデザインも担当。かつては「普通すぎる」と感じていた自分の持ち味が、「幅広い層に受け入れられるデザイン」と評価され、自信につながった。

いま、高木さんの日々は仕事と活動で忙しい。

直近では、次回のArt Book Osakaへの出展に向けて準備をしつつ、イタリア研修で持ち帰った宿題のことも常に気にかかっている。

「手を広げすぎているのかもしれない」と反省しつつも、あちこちの道を行くことで、自分がこれまで通らなかった世界を体験できること、異なる視点を持てることはかけがえのない財産だと話す。「まっすぐじゃなく、遠回りもいっぱいしてきた。でもそれは決して無駄じゃなくて、今の自分を支える糧になっています」と語る高木さん。振り返れば、行き止まりだと思った道も、ちゃんとどこかにつながっていた。遠回りしたからこそ、見られた景色、出会えた人も多い。「なので、まだまだ遠回りはやめられなさそうです」

イベント風景

イベント概要

遠回りがくれた出会いと今、これからのこと
クリエイティブサロン Vol.304 高木知佳氏

子どもの頃から絵を描くことが好きだった……わけでも、得意でもなく、熱中できるものもないままデザイン系ではない短大から大学へ。そんな私がグラフィックデザイナーになり、迷惑をかけまくった会社員デザイナーを経て独立。マウントグラフィックスとしても、山あり谷ありなんとか7年目を迎えることができました。遠回りしたからこそ出会えた人や出来事を振り返り、これからのことも少しお話しできたらと思います。自分のことを語るのは得意ではないので、長くお付き合いのある方にも、「どんな人?」と思われているかもしれません。この機会に少しでも私のことを知ってもらえたらうれしいです。

開催日:

高木知佳氏(たかぎ ちか)

マウントグラフィックス
グラフィックデザイナー

富山県高岡市 / 氷見市出身。大阪の語学系大学を卒業後、デザインの専門スクールへ。運良く大阪の広告制作会社に拾ってもらえ、広告制作を主に、企画・デザイン業務を経験する。約12年勤めた後、2018年にマウントグラフィックスとして独立。会社案内、お菓子のラベルデザイン、植物の書籍デザイン、農園のネーミング・ロゴ・デザイン全般など、幅広いジャンルに携わる。

https://www.instagram.com/mt.graphics_/

高木知佳氏

公開:
取材・文:金輪際セメ子氏(株式会社シカトキノコ

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。