人と共に味わいを深めていく空間を
クリエイティブサロン Vol.299 西田貴之氏

299回目の開催となったクリエイティブサロンのゲストは、建築デザイナー・インテリアスタイリストの西田貴之氏。戸建て住宅やリノベーション、店舗デザインなど多岐にわたる仕事を手がける西田氏が、自身の原点となる父との関わりや、ライフワークとも言える木を活かした建築、そして趣味について語った。

西田貴之氏

若き日の信条は「人と違っていてもいい」

西田氏は奈良県葛城市出身。十津川村出身で測量建築事務所を営む父と、穏やかな性格の母との間に生まれた。父は「とにかく厳しい。頑固親父を絵に描いたような人」だったという。幼い頃、テーブルの角で頭をぶつけて大出血し、病院に運ばれたことがあった。病院でも泣き続ける西田氏を見た父は、「男なら泣くな」と一喝。あまりの怖さに西田氏はピタリと泣き止んだという。

「そんな父ですが、測量の現場に私を連れて行ってくれることもよくありました。手伝いをしたらちゃんと報酬をくれるのです。働くことの喜びや意義を教えてくれていたのかもしれません」

中学生になると、ファッションに興味を持つように。高校は大阪の建築学科がある学校に進学。自由な校風で個性豊かな生徒が集まった環境は、「好奇心旺盛で外の世界を見たくて仕方なかった」という西田氏にぴったりなものだった。卒業後は建築の専門学校に進学した。

「学生時代はアメリカ村に足しげく通いました。多様さにあふれていて、誰もが自分を表現しようとしている空気が心地よかったです。この頃、店舗の内装や演出に興味を持つようになりました。『この店はこんな服を扱っているから、内装はこうなっていて音楽はこのジャンルで……』と多面的に考えることが好きでした」

当時の西田氏の信条は、「人と違っていてもいい」というもの。服装も毎日、奇抜なものだった。大阪ではそれでも街に溶け込めたが、地元では「変わった人」として好奇の目で見られたこともあった。成人式にも周囲とはまったく違う服装で出席し、受付で入場を制止された。

「専門学校を卒業後は建設会社に就職し、現場監督の仕事に就きました。でも半年で退職。ファッションデザイナーをめざし、服飾の専門学校に通う友人と一緒に服作りを始めました。ただ、これもほどなくして頓挫してしまいました」

ここで西田氏は、「好きなことはいつでもできる。まずは地に足をつけよう」と人生の方針を転換。測量事務所へ就職することにした。

オフィス
西田氏のオフィス

木の魅力を発信していきたい

就職先の測量事務所では、コツコツと仕事を覚えていった。人付き合いも学び、西田氏いわく「一人前の社会人にしてもらえた」時間だった。そして2年後に、父が営む測量建築事務所に転職。親子という関係から親方と弟子という関係になり、背中を見ながら仕事を学んでいった。

父の測量建築事務所は当時、建売住宅だけを手がけていた。しかし西田氏は、顧客と一緒に住まい作りを行う注文住宅にチャレンジしたかった。その思いを西田氏は仕事で出会った人に伝え、機会をうかがっていった。

「そうして出会えたのが、境界確定の仕事でご縁があったお客様です。建て替えの案件で、70坪という大きなお家でした。プレッシャーもありましたが、それ以上にうれしさとやる気でいっぱいでした」

念願の仕事に西田氏は、アイデアと知恵を存分に詰め込んだ。建材などは実際に吉野の材木店まで足を運ぶなど細部にいたるまで決めていった。旧宅にあった思い入れの深い欄間(らんま)は、新宅でも活用することを提案。「苦労も多かったですが、得るものも多かったです」と振り返る、その後のキャリアに大きな影響を与える仕事となった。

もう1つの大きな転機となった仕事は、十津川村で地元の家具や木のプロダクトを製造、展示・販売する拠点となる「KIRIDAS TOTSUKAWA」だ。

十津川村は2011年の紀伊半島大水害で甚大な被害を受けた。しかし村長をはじめ住人は「明るい十津川を取り戻そう」と前向きに動き出す。その活動の1つとして、長らく村を支えてきた林業を再び活性化させるための拠点を作る計画が持ち上がった。

「KIRIDAS TOTSUKAWAは、製材所として使われていた築80年の建物をリノベーションしたカフェギャラリーです。当初は、老朽化した建物を取り壊して、新たに外観に木を使った建物を立て直す計画だと聞かされました。しかし初めて現地で見たときに、80年という長い時間を経たファサードの杉材に美しさを感じ、これを残すことで十津川村としての『木の魅せ方』を、このKIRIDASで表現したいと思いました。
増築部分をあえて真っ白な箱にすることで、既存建物の美しさをより引き立てるといった計画内容をプレゼンしたところ、十津川村の共感を得ることができました。
国内やフランスの古民家で実際に使われていた古い窓や建具を取り入れることで、現代的でありながらどこか懐かしさを感じてもらうこともデザインのポイントにしました。
内部の床は十津川産材を使い、村の製材所でヘリンボーンの床材を製作してもらいました。一枚一枚の製材の精度にどうしても誤差が生じるため、地元の大工さんには苦労を掛けてしまいましたが、KIRIDASを印象付ける大きなポイントとなり、時間を経るほどに木の可能性と魅力を感じてもらえるはずです」

このプロジェクトを通して西田氏は、木を使った建築デザインや地域の活性化など、「自分のやるべきことが明確になった」と言う。またこの活動を見た森林組合から声が掛かり、常務理事として十津川産材のブランディング活動も同時に行った。

西田貴之氏実績
KIRIDAS TOTSUKAWA

サンドイッチと建築。共通点は美しい「断面」

仕事の話から一変して、トークは西田氏の趣味について。西田氏は「やりたいことを突き詰める傾向がある」と自己分析しており、趣味が趣味の域を超えてしまうこともよくあるとか。20代の頃は趣味で始めた映像作りにのめり込み、クラブでVJとしても活動した。そして今はまっているのがサンドイッチ作りだ。

「仕事柄、断面図という図面を描きます。そのせいか、日常のあらゆる断面に興味を持つようになりました。木の切り株の断面やゆで卵の断面など、身近にある断面がとても美しく感じられ見入ってしまいます。建築でも木口をあえて隠さずに、デザインとして見せてしまう場合も多くあります。そして新たに見たい断面として出会ったのがサンドイッチです」

切ったときを想像しながら食材の色合いや形状、余白のバランスも考えながら作る工程が建築的で面白いのだそう。実際に切った瞬間、思い描いた通りの断面に出会えたときは、食べずにずっと眺めていたくなると西田氏は言う。

美しい断面サンドイッチは、新たな人のつながりをもたらしてくれた。東大阪でアートやワークショップを通して地域活性事業を行う団体が、SNSにアップされた西田氏の断面サンドイッチを見て、イベントへの参加を呼び掛けたのだ。西田氏はイベントの性質や特徴を聞き、「焼き芋スイーツ」を提案。出店に向けた物撮り写真やグラフィック、映像などのアートワークは自身で、しかもプロ顔負けのこだわりを詰め込んで行った。そのかいもあって出店は大好評だった。

「『魅力的な見え方』を考えることがすごく楽しいんです。写真も映像もサンドイッチも、そして建築も。そこが共通しているのかもしれません」

サンドイッチ

建物の引き渡しは、完成ではなく始まり

西田氏は今後について、「社会に貢献できる仕事をしていきたい」と語る。その具体的な取り組みが、十津川村で経験したような木を用いた建築だ。

「木は汚れたり、傷がついたりするのはネガティブなこと」と考えられがちだったが、近年は「古くなると味わいが深くなる」といったポジティブな受け止められ方も浸透してきた。「デニムやスニーカーも、少し使い込んでからの方が小馴れ感が出ておしゃれですよね」と西田氏は言う。

「柱に付いた傷を見ると、当時の自分や家族の様子が鮮明によみがえります。家と人は一緒に成長しているのです。それを感じやすいのが木質化された空間です。だから私はお客様に引き渡すとき、『実はまだ未完成なんです。年月を経て木の色が飴色になり、年輪が浮き始めたころに完成します』と伝えます」

今後も「木が持つ魅力」を広く知ってもらいたいと語る西田氏。

「木質化された空間で人が癒やされ、それによって木材の流通が増えることで、山の整備にもつながっていく。大自然の十津川村にルーツのある自分が都市部に出て活動する意義として、自身の建築が、伐採された森にもう一度木を植えにいくような、そんな役割りでありたいと思います」と未来に向けての目標を語り、トークを締めくくった。

イベント風景

イベント概要

時間と共に歩いてくれる、長く生きるデザインを
クリエイティブサロン Vol.299 西田貴之氏

奈良県に生まれ、測量建築事務所を営む父を見て育ちました。人との関わりが苦手だった子供の頃から、人との出会いが楽しみになった現在に至るまで、独立をして初めて見えたもの、手掛けた十津川村キリダスのこと、あえて完成させない建築とは何か、建築とフルーツサンドの関係など、建築を生業にしたことで得られた経験と未来についてお話しします。

開催日:

西田貴之氏(にしだ たかゆき)

シーデザイン アーキテクツ 代表
建築デザイナー / インテリアスタイリスト

1977年、奈良県生まれ。現場監督、測量事務所を経て、父が営む測量建築事務所に入社。15年勤めたのちに建築設計事務所として独立。戸建て設計、美容室、カフェなどの店舗デザインを行う。奈良県内森林組合の常務理事に就任。地域産材のブランディング業務に従事する。のちに大阪市に拠点を移し、シーデザイン アーキテクツを設立。マンションリノベーション、インテリアデザイン業務も新たにスタート。その他FMラジオにも出演、幅広い活動を行う。好きなことは筋トレと読書。

https://ciidesign.jp/

西田貴之氏

公開:
取材・文:松本守永氏(ウィルベリーズ

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。