フィンランドで学んだ暮らしの中の建築。建物よりも中身を考える設計とは。
クリエイティブサロン Vol.298 北村泰之氏

「よい建築をつくり、よい暮らしを創ることで、世界をより良い方向へ変えていくこと」を信念に、公共施設から住宅までさまざまな建築を手掛ける一級建築士の北村泰之さん。大手デザイン会社や設計事務所での経験を経て、アアルト大学建築デザイン学科の客員研究員としてフィンランドに滞在。その経験から「建物」よりも、そこで営まれる暮らしや交流といった「中身」に思考の比重がシフトしていったという。デザイン性はもちろん、使用性や快適性などが綿密に計算された設計で、多くの賞を受賞している気鋭の建築家にこれまでの歩みを語っていただいた。

北村泰之氏

モノづくりへの興味から建築の道へ。
「特別な物を作りたい」と一級建築士を取得。

北村さんが生まれ育ったのは京都府宇治市。子供の頃から手先が器用で図画工作が得意だったという。中高時代はバスケに夢中になったが、ものづくりへの興味から芸大の建築学科に進んだ。「小さい物なら想像できるけどあんな大きな物どうやって作るんだろうって。自分でできるようになりたいという思いで建築を選びました」

入学当初は建物自体に関心があったが、大学で学んでいくうちに建築とは生活の一部であり、時には人を感動させることもできると知り、のめり込んでいった。ここで当時、課題で設計した「雨の建築」と題した浄水場をエコミュージアムにコンバージョンした作品が紹介された。「コンバージョンを通して水の重要性を考えられるようなものをつくりました。ここで向き合った環境に関する考え方は今の自分にもつながっています」

卒業後は、商業施設をはじめとした多彩な空間づくりを手掛ける大手ディスプレイデザイン会社に入社。ショッピングセンターの店舗設計、施工などを担当した。ここではデザインというよりコミュニケーションや仕事のプロセス、社会人としての常識を学んだ。

しかし、同じ店舗を量産することが多く、いつしか「特別な物をつくりたい」という思いが北村さんの胸に芽生え、働きながら一級建築士の資格を取得。大学時代の恩師の設計事務所に転職した。守口市の東部エリアコミュニティセンターなど、公共施設の中身からハードまで携わり「建築のいろはを学んだ」と振り返る。

箕面森町の家(2020)

独立して最初に手掛けた木造平家が多数の賞を受賞

大学卒業から3年が経った2019年に独立した北村さん。最初に手掛けたのは、木造平家の「箕面森町の家」。クライアントは気心が知れた友人だ。新卒で入った会社では店舗設計、前事務所では公共施設に携わっていたが住宅は初めてだった。個人のため予算にも制限がある。何度も見積りをとり、知恵と工夫でなんとか予算を合わせていった。低予算ながら、耐震等級は3級、シームレスに外と内がつながり開放的な暮らしを実現する設計はグッドデザイン賞やAZアワードを受賞。メディアの取材で北村さんはこんな言葉を残している。

「私たちは環境建築の未来を模索してきました。私たちの目標は、地元の人格と周囲の自然環境との忘れられた関係を再構築することでした。その結果、高い住宅性能に加えて、より多くのことを感じる新しいタイプの建物が生まれました。風景というよりは自然の一部のようだ」

「中身にフォーカスした建築を設計したい」
アアルト大学の客員研究員として単身フィンランドへ。

2021年、北村さんは客員研究員としてフィンランドのアアルト大学へ。フィンランドを選んだ理由について、「建築を設計するために何を大切にするべきかを考えた時、使用性や形ではなく、中身を大切にできる建築を学びたかった」と北村さんは言う。ここでは、曲線が美しいアアルト大学のアトリエや、モダニズム建築の巨匠であるアアルトの最高傑作といわれる「ヴィラ・マイレア」、構造物の湿気による損傷で閉鎖したスリークロス教会、日本とは違い本棚が低く、開放感のあるヘルシンキ中央図書館などが紹介された。建築だけではなく、ボランティア活動にも参加し子供たちと国際交流を行ったり、本場のサウナも体験した。

光土間の隠れ家(2024)

フィンランドから帰国した北村さんは、良い暮らしをつくる建築をつくりたいという思いから株式会社KNOOOTを立ち上げた。そこで手掛けたのは大阪市内にある建て替え困難な住宅密集地に残された築86年の空き家のリノベーション「光土間の隠れ家」。光がほとんど入らない古くて暗い木造建築は、建物の味わいや趣はそのままに、明るく落ち着きのあるシンプルな住まいに生まれ変わった。同時に耐震改修、付加断熱・高気密化などの性能向上改修を行うなど住み心地にもこだわったこのプロジェクトは「住まいのインテリアコーディネーションコンテスト」で経済産業大臣賞を受賞した。

建築だけではなく包括的に「暮らしをよくすること」に挑戦したい。

「さまざまな人の暮らしの一部となる住宅や公共用施設を手掛けたい」と話す北村さんは、建築のみならず、新たな分野にも挑戦している。2022年にはエストニアサウナの輸入・販売事業を展開するtotonoüのアーキテクト・マネージャーに就任。賃貸物件やマンションへのサウナ導入に向けた協議の支援や、協議用資料の再整備、日本の住環境に合った新製品の開発などを担当。「サウナ文化発祥の地・フィンランドでの経験を活かし、サウナを起点とした豊かな暮らしを提供したい」と話す。

エストニアサウナ「totonoü

さまざまな経験を通して北村さんは、建築を作る上で「形」から「暮らし方」に視点がシフトしていると話す。建築を学び始めたときはモノをつくることに興味があったが、今では建築を通してどういったことができるのかを考えている。また、「暮らしをよくすること」にフォーカスするその延長線上で食にも関心が高まってきた。その変化は近々生まれてくる新たな命の影響も大きそうだ。

「自分自身、今までいい加減な暮らしをしてきたので大きな変化はあります。クリエイティブの力で世の中にもっといい物を提供できたらいいなと思います。農業などにも挑戦していきたいですね」

イベント風景

イベント概要

「よい暮らしをつくる」手段としての建築
クリエイティブサロン Vol.298 北村泰之氏

建築をつくることそのものに憧れた学生時代。その後、社会に出て意匠設計者として空間デザインや建築に携わってきました。これまで何を大切にして建築や空間をデザインするべきかについて日々悩み、模索しながら活動してきました。建築は決して一人で創ることができず、多くの人が協力し小さなことの積み重ねで出来上がる。そして、想いが積層した建築や空間の魅力は、常識を超えて、まちや人を変えていく。「よい建築をつくることで、人の暮らしをよくすることができる」と、私は信じています。私自身の過去の学び、現在の活動、めざす未来を通じて、これからのよりよい暮らしについてお話しできればと思います。

開催日:

北村泰之氏(きたむら やすゆき)

KNOOOT株式会社(一級建築士事務所) 代表
一級建築士 / 宅地建物取引士

1989年京都府生まれ。2012年大阪芸術大学建築学科卒業、2021年京都工芸繊維大学大学院修了。学部卒業後、2012年から株式会社スペースで勤務。2016年株式会社アルキービ総合計画事務所に入所し、2019年に独立。2021年からアアルト大学建築デザイン学科の客員研究員として、フィンランドに滞在。帰国後、2023年10月にKNOOOT株式会社を設立し、現在に至る。よい建築をつくり、よい暮らしを創ることで、世界をより良い方向へ変えてゆくことを信念に日々建築と向き合っている。
日本理工情報専門学校建築デザイン科非常勤講師

https://knooot.com/

北村泰之氏

公開:
取材・文:和谷尚美氏(N.Plus

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。