“使える”XR技術で未来を現実に
クリエイティブサロン Vol.285 大子修氏

会場前方にはVR用ゴーグルやスマートグラスがずらりと並び、「ロボット犬」までもが静かに佇むという近未来感あふれる雰囲気のなかで開催された今回のクリエイティブサロン。登壇者の大子修氏はスマートグラス用のアプリ開発を手掛け、すでにいくつもの社会実装の実績を持つ。とかく話題になりがちなVRをはじめとしたXR技術は今、どこまでたどり着いているのか? “使える技術”にこだわる大子氏の視点から語ってもらった。

大子修氏

やりたいことには脊髄反射で反応

株式会社USEYAで代表取締役を務める大子氏は、ソフトウェア開発を手掛けるエンジニアでもある。大学卒業後はソフトウェア会社に入社。エンジニアとして大規模な開発にも携わった。3年あまりの会社員経験を経て、フリーのエンジニアとして独立。その3年後には、高校時代の同級生たちと会社を設立した。

大子氏は会社員時代に、今につながる忘れられない経験をしたと言う。

「1年以上をかけて取り組んだ大規模なプロジェクトがありました。『こんな機能があれば便利だろう』『こういう使い方もするはずだ』とあれこれ考えを巡らせ、充実したシステムが出来上がりました。そして納品から1年ほど経った頃、たまたまお客様の現場でシステムの利用状況を聞く機会があったのです。すると『まったく使っていない』という予想もしない答えが返ってきました」

衝撃を受けた大子氏は、なぜそんなことになってしまったのかを考え抜いた。そしてたどり着いたのが、「エンジニアが自己満足でシステムを作っていただけ」という答えだ。そして、「使ってもらえるシステムを作る」という自身のポリシーが生まれた。USEYAという社名も、「USE=使う」に由来する。

イベント風景

エンジニアとして極めて真摯なスタンスで仕事と向き合う大子氏は、「やりたいことには脊髄反射で反応」という一面も持つ。独立、会社設立という人生の転機とも言える出来事を20代で足早に経験しているのも、この気質によるところが大きい。ユニークなところでは、ヨーロッパのなかでもIT先進国として知られるエストニアに会社を構えたことも「脊髄反射」の為せる技。

「海外を舞台にして勝負をしたかった、EU圏内でビジネスをするための足がかりになるなど、それらしい理由はあります。でもシンプルに、エストニアに会社を持っているなんてかっこいいじゃないですか。動機は突き詰めればそれです。ちなみに、完全にオンラインで手続きをしたので僕自身はエストニアに行ったことはありません」

そのような大子氏にとって、あふれるほどの未来感を漂わせたスマートグラスやXRは格好の興味の的。いち早く現物を入手し、ビジネスへの活用を目指してチャレンジを開始した。

XR技術をモノづくりの支援や技能継承に活用

近年、VRやARという言葉を耳にする機会が増えている。VR(仮想現実)とは、スマートグラスを装着することで仮想空間に入り込んだような体験ができる技術。現実の外の世界からは視野が遮断されている。それに対してAR(拡張現実)は、現実の外の世界が見えたうえで、そこに映像や文字などの情報が付け加えられる。ゲーム「ポケモンGO」はARの最も有名な実用例だ。MR(複合現実)は現実世界と仮想世界を複合・融合させ、リアルタイムで相互が影響しあった空間を作る技術のこと。XRはこれら3つの技術の総称だ。大子さんはスマートグラスというデバイス上で動くアプリの開発に取り組んでいる。

「何年か前からスマートグラスやXRは大きな話題になり、『社会を変えていく技術だ』などと言われてきました。ところが実際のところ、ほとんど普及していません。その要因として、魅力的なコンテンツが開発されなかったことがあります」

イベント風景

大子氏によると、スマートグラスのこれまでの主な活用方法は、企業などによるブランディングと、研究機関などが企業や自治体と連携して行った実証実験だと言う。前者は「当社はこんな先端的な技術やサービスに取り組んでいますよ」というPRが主な目的になっており、本格的な普及までは視野に入れていない。後者は実験が目的なので、同じく普及までは考慮されていない。しかしこれらの状況は、「使ってもらえるシステムを作る」という大子氏にとってはこの上なく物足りないものだった。

「私たちが着目したのは、ものづくりにおける業務の効率化や技能の継承です。例えば製造ラインで作業をする人がスマートグラスを装着すれば、現実の視野の中に『次の作業は◯◯です』『◯◯な箇所の取り扱いに注意しましょう』など、マニュアルが表示されるシステムを開発しました。これにより、従来は2人1組で行っていた作業が、1人だけでできるようになりました」

ゼネコン向けには、壁の強度をハンマーで叩いて音から異常を検知するシステムも開発した。音はスマートグラスを通じてAIへと送られる。AIが音を識別して異常を検知すると、スマートグラス越しに見ている現実の壁に「この箇所に問題がある」と表示されるのだ。さらに検知した異常は自動的に設計図のCADデータにも反映される。

「労働力不足やベテラン技術者の引退など、ものづくりの現場では人材育成や技術継承に課題を抱えています。その解決策としてスマートグラスを使ったシステムが貢献できることを示してきました。使えるコンテンツを私たちが作り出すことで、スマートグラスというデバイスの普及を後押ししていきたいです」

USEYA ADVANCED INDUSTRY(UAI)

デジタルモノづくり工房でニーズを深堀りする

大子氏たちUSEYAは今年、大阪府和泉市に会員制のデジタルシェア工房「USEYA ADVANCED INDUSTRY(UAI)」を開設した。UAIは3Dスキャナや3Dプリンタ、レーザー加工機などのものづくり設備が備えられている。加えて、スマートグラスを着用しての作業も可能。着用者の視野はスマートグラスを経由して遠隔地に送られるため、場所の壁にとらわれることなく「共同作業」を行うことができるのだ。またAIの画像認証機能を活用することで、利用者の入退室を管理したり設置機器の異常動作を検出する仕組みも導入している。これにより、工房をほぼ無人で運営することが可能になっている。管理システムなどはさらにブラッシュアップすることで完全無人運営を実現し、その仕組自体を商品として展開するという構想ももっている。ちなみに会場に持ち込まれた犬型ロボットは、夜間にUAI内を歩き回って不審者の侵入などを検知する「番犬」として活動している。

UAIは、スマートグラスを普及させるためのマーケティングの場という役割も担っている。

「たくさんの人にUAIに来てもらって、スマートグラスを実際に使ってもらいたいのです。そして、フィードバックをもらいたいのです。これまではシーズ起点で進化してきたスマートグラスですが、ユーザーの声を聞いてニーズを見つけていこうというのがUAIです。開設から半年余りが経ち、それまでのステージからは一段階上がることができたという感触はすでに得ています」

力強い言葉でトークを締めくくった大子氏。その後は参加者を交えての「スマートグラス体験会」に。初めて装着する人も多く、会場の各所からどよめきや歓声が上がった。そして「こんなことはできないのか?」「こういう使い方ができそう」など、活発な議論が行われた。

イベント風景

イベント概要

近未来感をめざしたIT技術(XRやらARやらAIやら)
クリエイティブサロン Vol.285 大子 修氏

2013年よりスマートグラス上で動作するARアプリケーション開発に着手し、10年以上にわたり、スマートグラスを使用したAR・XR技術の研鑽を重ねてきました。20機種以上のスマートグラスデバイスを所有し、XR関連システムやアプリ開発に対応、国内外あわせて累積50件以上の開発実績があります。しかし、世間一般では、近未来っぽいスマートグラス関連の技術はまだあまり知られていません。ただ「かっこいいかも」だけで開発してきたその技術が、世の中の役に立つ技術・サービスにまで昇華されてきた経緯について、ぜひお聞きください!

開催日:

大子 修氏(おおじ おさむ)

株式会社USEYA 代表取締役

大阪府堺市出身。性格・性質「やりたいことは脊髄反射で実行」タイプ
2002年 ソフトウェア会社にシステムエンジニアとして入社
2008年 コネなし・金なし・勢いだけで株式会社USEYA設立・代表取締役就任
2013年 スマートグラス・ウェアラブル端末ソフトウェアの開発に着手
2016年 NPO法人ウェアラブルコンピュータ研究開発機構(チームつかもと)に所属、スマートグラス・ウェアラブルデバイスを使用したXRシステム開発に注力
2019年 エストニアのe-Residencyを取得し、エストニアに行ったことがないにもかかわらず電子住民に。BlockChain/AI技術とAR技術の連携可能性を模索・研究開始
2022年 ドバイのシリコンオアシスにドバイ法人USEYA FZCOを設立
2023年 大阪府和泉市にXRデバイス開発用ラボ兼デジタルシェア工房「USEYA ADVANCED INDUSTRY」を建設

http://www.useya.co.jp/
https://useya.online/

大子修氏

公開:
取材・文:松本守永氏(ウィルベリーズ

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。