人・モノ・コトをつなぎながらデザインで地域に光をともす
クリエイティブサロン Vol.284 竹村育貴氏

キャリアのスタートは手描きの看板職人から。専門学校職員を12年務め、現在は経営コンサルティングも行うグラフィックデザイナー。その傍ら、一般社団法人の代表理事、JAGDA(日本グラフィックデザイン協会)の東北代表を務める。多忙な日々を送りながらも、語り口はおっとりとして物腰やわらかな印象の竹村さん。地元・東北で手を動かして“つくる”ことから、震災をきっかけに人や地域を“つなぐ”ことに活動の軸足が移っていったという。その経緯を語られる言葉の端々には、地元への愛があふれていた。

竹村育貴氏

時代の変遷を肌で感じた看板職人時代

出身は秋田県大仙市。実家が看板店だったという竹村さんは、看板職人だった父の姿がクリエイティブの原点だったと語る。

「当時の看板は、すべて手描き。父はよく新聞紙に水で、文字の練習をしていました。その姿を見ながら、自分も父のように何かをつくることを仕事にしたいと思うようになっていました。誕生日が漫画家の鳥山明さんと同じでね。それが嬉しくて、鳥山さんのようになりたいと思っていましたね」

時は1980年代のバブル絶頂期。地域の中には、さまざまな技能を持つ職人が活動していた。竹村さんも成長するにつれ、放課後や休みの日には自然と工場に足を運ぶようになっていったという。そして高校卒業後は、秋田を離れ、岩手大学教育学部の美術科へ。

「当時、父の職場には職人を含め、常に五〜六人ほどの従業員さんがいました。人を雇い、育てるということについて、父が悩む姿も見ていました。そんな背景もあってか、人材の育成や職能の育て方、教育にも興味を持つようになりました」

大学に通いながらも、休暇になると秋田に帰り、家業を手伝う日々。一方で、筆書き看板職人に師事し、2004年には技能五輪全国大会・広告美術職種に岩手代表として出場。見事銀賞に輝いた。その後、一級広告美術技能士資格を取得し、大学卒業後は、予定通り看板職人として父親のもとで働いた。ただ、時代の変遷は肌で感じていたという。

「急速に進むデジタル化と機械化の流れは、看板業にも大きな影響を与えました。これまで手で描いていたものが、あっという間にデジタル出力が主流に。バブル崩壊後の不景気も追い打ちをかけ、力のある職人たちがどんどん辞めていくのを目のあたりにしたのです」

そんな中、以前から非常勤講師を務めていた盛岡市内のデザイン専門学校の常勤教員へと、転職を決めた。

復興支援の中で改めて気づいたデザインの重要な役割

デザイン専門学校では、教員として教えながら学校経営にも携わり、合計12年働いた。そんな中で見えてきたのは、地方都市ならではの課題だった。

「一番の課題は、岩手県内にクリエイティブ関連の会社が少なく、卒業後の選択肢が限られているということでした。仕方なくデザイン関係以外の仕事に就く学生も少なくなかったのです」

地元企業に対し、デザインの価値やクリエイティブの必要性を伝えていったという竹村さん。少しずつ、その職能を活かした就職先へと学生を送り出せるようになってきたと手応えを感じてきた矢先の2011年、東日本大震災が起こった。

「盛岡市内の被害はそれほど大きくなく、数日後には授業を再開することができました。再開後は学生たちと一緒に“自分たちに一体何ができるだろう”と考えることから始まりました。がれき撤去に始まり、企業の再建手伝い、沿岸部の企業訪問と現状聞き取りなど、できることは何でも行いました。そんな非日常の場面において改めて気づいたのは、デザインは情報を分かりやすく伝えるための大きな力になるということでした」

その中で出逢ったのが、当時、復興支援のため大手通信会社から岩手へと異動してきた池田清さん。現在の竹村さんの職場である株式会社カルティブの創業者だ。共に汗を流し、地方創生や地域ブランディングへの意見を交わし合う中で意気投合。2019年、カルティブへと転職した。

「その頃からでしょうか、私の中のデザインの定義が変わっていくように思いました。複雑な情報を整理して分かりやすく伝えたり、言葉だけではイメージしにくいことを図で可視化したりすることも、グラフィックデザインの重要な役割であると再認識したのです。それはまさに自分の得意分野である“教える”ことに近いことでした」

現在カルティブでは、デザインの知見を活かして、企業や自治体の事業コンサルティングや、クリエイティブ・ディレクションなどを担当。両者の橋渡しをしながら、複雑なしくみを分かりやすく図式化して伝えることを得意としているという。

竹村育貴氏作品
盛岡の事業者と地元デザイナーが魅力的なお土産を開発するプロジェクト「MOYANE(モヤーネ)」。竹村さんがパッケージデザインを手がけた「擬宝珠(ぎぼし)こけし」。

色に地域の物語を乗せて発信する“地域色”活動

現在、もう一つ竹村さんが力を入れているのが、2014年に仲間と立ち上げた一般社団法人日本地域色協会の活動だ。「地域色」とは、その地域特有の文化や風土、自然環境を、色で表現したもの。そこに地域ならではの“色の名称”と“ストーリー”という言葉の要素を織り込み、地域の魅力を発信していこうという活動だ。一社のメンバーは4人。竹村さんは、そこで代表理事を務める。

「復興庁による“新しい東北”の先導モデルとして岩手県からスタートした事業です。色によって製品やサービスを認知させ、興味を持っていただき、ファンをつくる。ビジネスにおいても基本的なマーケティング手法の一つですよね。それを地域に適用したのが地域色です」

地域色は現在、岩手県内に13色。その地域で暮らす人たちと専門家が一緒になって、調査やワークショップを重ね、意見を交わし合いながら色を決めていくという。

当日の資料

「例えば、陸前高田市の“陸前高田ゆめブロッサム”というピンク色は、市内で活動されている認定NPO法人桜ライン311のブランドカラーから生まれました。同NPO法人は、市内の津波最大到達地点に沿って桜を植樹することで、津波の被害の記憶を伝えていこうという活動をされている団体です。また宮古市の“浄土ヶ浜エターナルグリーン”という緑色は、その名の通り、景勝地・浄土ヶ浜の美しい海の色を表現しています。宮古市では、このグリーンが遊覧船や市の職員の名刺や広報誌、お土産品やスポーツクラブのユニフォームなどに使われています。単に色によるインパクトだけでなく、そこに地域のストーリー性を持たせて発信することを大切にしています」

DICグループの協力を得て、色彩値は決めているものの、広く使ってもらいたいとの思いから、見え方の相違による厳密な指示はしない。だからこそ、その地域のいろいろな業界の人が、様々な用途に使うことができる。今後、さらに多くの人を巻きこみながら、県内外に広めていきたいと語る。

志を共にする仲間と息長く続ける地方創生事業

現在、株式会社カルティブの盛岡オフィスを拠点として、企業の経営戦略立案からクリエイティブディレクション、自治体と企業が連携した地域プロモーション事業、人材育成事業など、幅広く携わる竹村さん。特に東北の地方創生事業は、ユニークで息の長い取り組みが多いと語る。

そのうちの一つが岩手県二戸市を「陰ながら応援する」という地域のファンクラブ「にのへシャドーズ」の活動だ。キャラクターデザイン、ロゴなど含むクリエイティブディレクションを竹村さんが担当。地域の人たちと、市内の企業・団体が一緒になってイベントを行ったり、東京を始めとする都市部での特産品フェアやアンテナショップなどに地域の特産品を出品したりと、「二戸に光をあてる」活動を行っているという。

当日の資料
市民自らが楽しみながらまちづくりに参加する二戸市のファンクラブ「にのへシャドーズ」。“光が多いと影も強くなる!”を合い言葉に活動中。

「二戸の“2”つながりで、2022年2月22日に リリースをして活動を始めました。SNSでの情報発信をはじめ、テーマソングをつくったり、地元の鉄道イベントとコラボしたりと、中高生を含む子どもから大人まで、地域の人たちと一緒になって楽しんでいます」

他にも、地元縫製工場のオリジナルブランドづくり、ぶどう農園のワイナリーの立ち上げなど、携わる事業は多岐にわたる。

「一過性の取り組みではなく、地域の人たちの意思を尊重しながら、長く伴走するような支援をしたい。こちらから一方的に提案するというよりは、お互いに意見を交わし合えるような関係性を続けていきたいですね」

手を動かして“つくる”ことから、人と人、人と地域を“つなぐ”役割へ。誠実にこつこつと積み上げてきた活動の種が、今、少しずつ芽を出し、花を咲かせ、実を結び始めている。“つなぐ”の先に、竹村さんにはどんな言葉が待っているのだろう。これからの活動に目が離せない。

イベント風景

イベント概要

「つくる→つなぐ」家業、デザイン、教育、復興活動、共創支援からこの先へ
クリエイティブサロン Vol.284 竹村育貴氏

花火の街の看板屋の息子として育ち、デザイン、筆書き看板修行、デザイン教育、東日本大震災の復興活動、経営企画、転職、コンサルティング、地域と企業の共創支援などに取り組んできました。「つくる」から始まったキャリアは、近年「つなぐ」役割が多くなってきたように感じます。キャリアの節目にあった課題感と変化、その時々のデザインへの思いを話してみたいと思います。自身のこれまでを網羅して話す機会は初めてになりますが、参加者の皆さんと、未来に向けて新しい気づきを得たいと思っています。

開催日:

竹村育貴氏(たけむら なるき)

株式会社カルティブ 上席執行役員
ビジネスデザイナー / グラフィックデザイナー

1981年秋田県大仙市(旧大曲市)出身。岩手県盛岡市在住。岩手大学在学中よりデザイン制作を開始。卒業後、家業の屋外広告業を経て、専門学校にてグラフィックデザイナーの育成から学校法人の経営企画までを担当。その後、株式会社カルティブ(横浜市)にて、上席執行役員、ビジネスデザイナー・グラフィックデザイナーとして、自治体・企業の魅力づくりを事業開発からデザインまでトータルに支援中。2014年に復興庁の新しい東北先導モデル事業で開始した、地域資源のカラーブランディングやシティープロモーションを手掛ける「いわてのいいイロ発信プロジェクト」を、2020年に一般社団法人日本地域色協会に法人化し代表理事を務める。趣味は、伝統こけしの蒐集。

https://cultive.co.jp/
https://www.1116nippon.net/project/iwate1116/

竹村育貴氏

公開:
取材・文:岩村彩氏(株式会社ランデザイン

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