テレビと広告、各々の映像制作から見えたもの
クリエイティブサロン Vol.273 谷口洋輔氏

現在、SNSでは映像がコンテンツの主役になりつつある。しかも、これまで映像コンテンツの主役だったテレビは「オワコン」と称され、衰退の一途を辿っているとされている。そんなテレビ業界で30年以上映像制作に携わってきた映像制作者・谷口洋輔氏が今回のゲストスピーカー。今回のサロンでは、広告業界の映像制作と有名テレビ番組の映像制作の両方に携わってきた谷口氏が、これまでの足跡のほか、SNS時代を踏まえた映像制作のあり方などについて語った。

谷口洋輔氏

映像制作は「二番目に好きなこと」だった

中学生の頃からバンドを組み、ドラムを担当していた谷口氏。大阪芸術大学に通う大学生だった頃は、毎日バンド活動に明け暮れていた。

「高校時代はラジオ番組に出演して演奏したこともあります。大学生になって周囲の友人がプロになっていく姿を見て、『俺もプロミュージシャンとして食っていこうかな』と本気で考えていましたね」

ただ「映画を撮りたい、もしくは映像で食っていきたい」という想いも持っていた。

「兄がサンテレビの社員でテレビの制作業務に関する話をよく聞いていました。でも映像の世界はあくまで第二志望。しかも映画を撮れるような才能がないことはわかっていたんです。だからミュージシャンの道を選ぶのが普通なんでしょうが、小学生の時に行事やクラスの写真を撮影してくれていた地元の写真屋のおっちゃんに言われた『二番目に好きなことを仕事にせぇ』というひと言を大学生になってもずっと覚えていて……。それで、映像制作の仕事を選択しました。今となってはその言葉の意味がよく分かります(笑)」

ブラックな環境で鍛えられた新人時代

就職したのは、印刷や広告制作の会社。映像制作の部門はあるものの、印刷物と一緒に映像制作を受注するのがメインという4名しかいない部署だった。人員不足は明らかで、1年目からディレクターとして現場の仕切りを担当することに。

「ディレクターとは名ばかりで、年上のスタッフが相手。夜遅くて朝早い毎日が続き、給料も激安。ブラックな環境下で若手時代を過ごしていました(笑)」

次に転職したのはケーブルテレビ局。管理職も経験したが、映像制作者として独立を決意し、独立後は商品紹介映像などの制作を中心に、さまざまな映像製作を手掛けた。

「通常の映像制作は台本や撮影、編集、音入れなど、すべて分業制が基本ですが、私はすべてをひとりで行う制作スタイルでした。これが強みのひとつになっていました」

当時、映像制作に必要な機材は高価だった。しかも映像制作に携わる人は希少な存在でプロ意識も高く、制作費も数百万円が普通で、独立直後でも仕事に追われる毎日だった。そして阪神・淡路大震災が発生した1995年、朝日放送「おはようコール」の番組立ち上げに参画し、翌年には朝日放送の看板番組のひとつ「おはよう朝日です」のディレクターとなった。さらにその後もフリーのディレクターとして関西の有名番組に携わり、現在もNHKや朝日放送などでテレビ映像の制作に携わり続けている。

撮影中

テレビ番組と広告映像、似て非なる特徴を持つ

続いて、テレビ番組制作とCMなどの広告映像制作の両方に携わった谷口氏の視点から感じる「違い」が語られた。

「まず、映像の良し悪しを判断する着地点が、テレビ番組は面白さ、広告映像は売上です。これだけでも違いの大きさがわかりますよね。他にも、テレビ番組は全体を通じた中身やテーマ性、構成が良し悪しを決めますが、広告映像は冒頭が注目を集める映像かどうかが勝負。さらに、テレビ番組はネタ、広告映像は高度な技術やノウハウが映像制作上ではカギになります。同じ映像でも全然違うんですよ」

ただ、お互いの良いところを活かしあえる点もあるという。

「テレビ番組ではファクトチェックを含めたリサーチや伝えるための工夫はハンパない。CMも映像の表現力や技術力は素晴らしい。それぞれの良い点を活かしあえば新しい映像文化を創造できるんじゃないかと思うんです。まだ時代はそこまで追いついていませんが(笑)」

谷口洋輔氏制作例
制作に携わった映像のワンシーン

本当に「テレビはオワコン」なのか?!

そしてタイトルにもあった「テレビはオワコンか」について、谷口氏の見解が語られた。

「答えから言うとテレビはオワコンではないでしょう。ただ、視聴環境や人々の嗜好や暮らしが変化する中で、好まれる番組形態の変化やコロナ禍の発生、放送時間にテレビの前にいなければならないという制約などが原因となり、テレビの視聴時間が減少してしまった。その結果、テレビはオワコンと言われているが、まだそのポテンシャルは衰えていないと思います」

テレビやSNSなどのネットメディアの映像は「構成力」と「想像力」が大切だという。

「映像の表現技術のベースは時間軸を利用した時間技術ですが、現状のTikTokでは時間技術を利用した動画はほぼ皆無。ここがテレビとネットの大きな違い。映像表現を進化させるには、構成力や想像力を鍛えることが重要です」

そして最後は実際に映像を見ながら、技術や発想力を解説。さらには自身の今後などについて語った。

「時短や早送りが当たり前の時代、映像制作者も考え方を変えないとダメな時代になっています。まずアイデアを出すプロセスなしに動画編集をしている人は、仕事の取り組み方を考え直す必要があります。私自身はテレビの世界と広告の世界の両方を知っていたことで、自らの立ち位置を確立できました。今後もクライアントに正しい映像を伝えつつ、楽しんで映像制作に取り組んでいければと思っています」

イベント風景

イベント概要

テレビがどんどんバカになる—メディアを中心とした業界の変遷と私が感じたこと—
クリエイティブサロン Vol.273 谷口洋輔氏

  • 自己紹介と映像業界約40年間、会社員からフリーランスへの道のり
    約9年間の会社員時代と独立後の苦悩と喜び
  • TV業界と広告業界の両方を渡ってきた中で感じること
    TVとCMとは似て異なるもの
  • 昔のTVの作り方と今との違いや仕事のスタイルの変遷
    マルチプレイヤーからスペシャリストへ
  • 「TVはオワコン」は本当か?
    なぜにTVは弱体化していくのか?
  • SNS時代を踏まえての映像のあり方と今後
    過去の映像作品に見る失われたものと得たもの

開催日:

谷口洋輔氏(たにぐち ようすけ)

映像制作者

1960年兵庫県生まれ。血液型B型。大阪芸術大学卒。番組、企業VP・PR、Web映像などのフリーランスディレクターとして活動中。TV番組、CM等映像全般・演出、企画、構成、映像を使ったマーケティング戦略企画立案、イベント企画、講師、講演等。
・NHK(大阪放送局)BK朝ドラマ制作編集(昨年度「舞いあがれ」、今年度「ブギウギ」)
・ABC(朝日放送)「正義のミカタ」(毎週土曜日放送)ニュース検証チームスタッフ
・朝日放送「おはよう朝日です」レギュラーディレクター(番組企画制作、政治・経済・医療・介護ニュース制作 / 1996年10月から2023年3月末まで26年半)

https://www.mebic.com/cluster/taniguchi-yousuke.html

谷口洋輔氏

公開:
取材・文:中直照氏(株式会社ショートカプチーノ

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。