リセットを重ねながら自分らしさを発揮できる場所をつくる
クリエイティブサロン Vol.232 北村泰広氏

カルチャーを通してライフスタイルを提案する「枚方T-SITE」で、企画・営業を担当する北村泰広氏。20代はアパレル、30代は飲食・エンタメ、40代半ばからはデベロッパーの領域へと、それぞれの場所で培った方法論、そしてベースにある音楽への愛を武器に多岐にわたる活躍をしてきた。今回は「リセット」をキーワードに、紆余曲折のストーリーを語った。

北村泰広氏

未知なる世界への第一歩。音楽の扉を開けた店との出会い。

ガラス張りのキューブを重ねたモダンなデザインが、異彩を放つ「枚方T-SITE」。代官山、湘南に続く3店舗目のT-SITEは2016年に誕生した。北村泰広氏は運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)株式会社の枚方T-SITEで企画・営業を担当。生まれも育ちも枚方が地元だが、ここに立ち返るまでは長い道のりがあった。

1970年生まれの北村氏はMTVが放送されると洋楽にハマる、当時日本中にいた中学生のひとり。そんなある日、一軒の店が話題になる。枚方市駅前ビルにできた「CAFE LOFT」という喫茶兼レンタルレコード店。中学生にとって興味はあるが高くて買えないレコードが借りられるとあって、北村少年は足繁く通う。当時珍しかったカフェカウンターは大学生が陣取り、音楽談義に花を咲かせる。その姿に羨望の眼差しを向けていた。

高校に進むと、映画『アブソリュート・ビギナーズ』によってロンドンカルチャーに遭遇。モダンジャズやR&Bを愛し、タイトな三つ釦スーツにべスパに乗ったモッズの姿、ボウイのタイトル曲、シャーデー、スタイル・カウンシルやワーキング・ウィークなどジャズやソウルの血が流れた、暑い夜のためのクールな楽曲がラインナップされていた。映画に強い影響を受け、当時流行ったブルー・アイド・ソウルのルーツである黒人音楽にも興味を持つ。

神戸の大学に進学すると、今度は生粋の神戸っ子からカルチャーの洗礼を受け、たどり着いたのが「TOOTH TOOTH」という路地裏のグッドプレイス。時はバブルであったが、それとは無縁の空間に流れる至福の音楽。その空気は北村氏を虜にした。店には夜な夜なコアな人種が集まり、独自のカルチャーを醸成していた。こちらに通うことで北村氏の音楽体験は豊かに深まり、感度を高めていく。

未経験の世界で考えた「自分の武器はなにか?」

そんなカルチャーにどっぷり浸かった、夢のような日々も一時休止する。大学卒業後は三菱商事系列のアパレル商社に入社。営業やMDを担当し、ビジネスの基本を学ぶ日々。「得意先とのコミュニケーション、発注、納期などビジネスのシビアさを叩きこまれました」。20代後半には最若手としてひとり東京へ転勤させられた経験も。「誰も教えてくれない環境で、すべて自分で考えてやるしかない。これが今の仕事のやり方につながっていきます」。しかしプライベートと現実の仕事との乖離がだんだんつらくなる。

仕事を辞めようと考えたとき「TOOTH TOOTH」に足が向いた。当時は、株式会社ポトマックとしてさまざまな形態の店を展開しており、学生時代、一緒に遊んだ先輩は今や部長に。そこで「今度、音楽を楽しめる大きなハコをつくるから」と誘われる。「飲食業は未経験。けれどTOOTHの世界でなら生きていけるかも」と「CAFE FISH」の店長に就任。これが1回目のリセット。2002年のこと。「創業者である金指さんは本物のカルチャーモンスター。その影響力は大きくて。彼が語る“人々を楽しませることを心から楽しむ”との言葉、これはぼくの想いでもあります」

しかし大きな店舗をまかされるも、前途洋洋とはいかない。スタッフとのコミュニケーション、サービスやマネジメントにおいて自身の力不足を痛感する。この世界でどう生きていくか考えた結果は、「音楽の知識と営業的な行動力」にたどり着く。音楽でなら、人を楽しませることができるはず。「飲食業では外部と交渉する人材がおらず、前職で孤軍奮闘した経験から、音楽を武器に外部へのアクションをおこそうと考えたんです」。こうして2度目のリセットポイントを迎えた。

「TOOTH TOOTH」と「CAFE FISH」
(左)裏通りにぽつんと佇む10坪、18席の小さな空間「TOOTH TOOTH」。ここが人生を変えた。
(右)神戸のランドマーク、フィシュダンスホール跡地につくられた、「CAFE FISH」。

レーベル発足、聖地でのレコーディング、夢を叶え続けた日々。

とはいえ自分はミュージシャンでもなく、業界の人脈もない。あるのは好きという情熱、それだけ。まずは小規模なライブからスタートさせた。「そのうち自分が気に入ったアーティストのライブで集客したい、新しい才能と出会いたいと思うようになって」。ライブハウスやクラブをひたすら巡り、少しずつ信頼を得ていく。

イベントが軌道に乗ったのは2000年代前半。さまざまな才能との幸福な出会いが、北村氏を新たなステージへと運ぶ。レーベルの立ちあげだ。そこで発揮されたのが北村氏の「独学力」。忙しいさなか録音現場に顔を出し、権利関係に流通販路から、ミキシングやマスタリング、PAなどはプロの仕事を手伝いながら、裏方のノウハウを学んでいった。

音楽と飲食とコラボさせた独自のライブもこの頃から。幸せな食のテーブルに音楽という魔法が、かけがえない瞬間を織りなす。これに物販をからめたディレクションの集大成が、「dictionary T-SHIRTS AS MEDIA」への参加だ。日本初のクラブ・カルチャー情報誌『DICTIONARY』が、Tシャツをメディアとして捉えた

プロジェクトで、北村氏が選んだメッセージは「ICHI GO ICHI E」(一期一会)。これは映画『男と女』のテーマソンクで知られるピエール・バルーのアルバムタイトルから。創業当初よりフランス音楽やボサノヴァなどのブラジル音楽を提供し、ライブによる人との出会いをつくりあげてきたこの店らしいチョイスだ。

波に乗りまくる音楽展開、そのピークが訪れる。それはビートルズで有名なアビーロード・スタジオでのレコーディング参加。世界最高峰スタジオの、凄腕エンジニアが紡ぎだす生のサウンドに触れ、自分のなかに確たるものが芽生えたという。この頃には土岐麻子、大橋トリオ、コトリンゴ、高野寛などのツアーも手がけ、広告代理店や商業施設からの制作依頼も増えていく。

スタジオ風景
ポトマックの音楽部門としてレーベル「fish for music」を立ち上げる

生まれ育った街と向き合い、起爆剤としてカルチャーを発信。

時はめぐり、激動の日々にも変化が訪れる。まずはランニングクラブに所属する息子と一緒に走るようになり、地元のつきあいがはじまった。「酒とロックな夜型からフィジカルへ興味が向かうようになり、ギアチェンジした感じ」。これが3度目のリセット。走ることが自分、そして地元と向き合う機会を与えてくれた。

そのタイミングで飛び込んできたのが、ある求人。「急募。枚方の空気を一変させたい人、100人」。 新聞に掲載されたCCC株式会社による「枚方T-SITE」の広告だ。かつて音楽との出会いを果たした「CAFE LOFT」こそ、CCC株式会社が運営するTSUTAYAの前身にして、栄えある一号店だった。好きを追い求めた道のりは円を描くようにスタート地点にたどり着く。「CAFE LOFT」が「T-SITE」になったように、音楽好き中学生だった北村氏も進化を遂げて再び両者が交わる。これは運命か?「自分が求められている」と直感した北村氏は2016年、蔦屋書店ブランドの音楽コンシェルジュとして同社へ。これが最新のリセット。

ここでは地元出身の駅前商業施設のイベンターとして、「ヒラカタ ナイトラン&ミュージック クラブ」やアウトドア映画祭、セミナーまで手がけている。

イベントフライヤー
5月に開催された「Modern Classics vol.1 Supported by ΩWV SOUND SYSTEMS ~枚方T-SITE 英国ナイト~」

ひとり外へ飛び出して興味あるジャンルの人と交流し、自分の糧とする。そんな得意技を使いながらリセットを重ね、新しいステージを切り拓く。挑戦を続ける終わりなき旅。もうリセットはないのだろうか?「今後は地元デベロッパーとして進むか、このノウハウを違う街で活用する可能性もあります。またこのノウハウを、若い世代に伝えていきたい。そのためには自分たちが心から楽しむ姿を見せて、彼らに“大人になるのって楽しそう”と感じてもらうことが大切ですね」。それはかつて自分が「CAFE LOFT」のカウンターで、音楽談義する大学生に憧れた姿を彷彿させた。

イベント風景

イベント概要

クリエイティブではない自分が、どうイベントをディレクションするかについて
クリエイティブサロン Vol.232 北村泰広氏

現在は、ライフスタイル提案を掲げる商業施設「枚方T-SITE」の企画・営業を担当。それまでは、アパレル商社、飲食業、音楽業界と幾度となく全く違う業界に飛び込んではキャリアをリセットしてきました。キャリアをスライドさせ、ひとつの業界や仕事では得ることのできない視野を持ち、行動してきたことが、今の自分のビジネススタイルの根っことなっています。業界のベテランではなく、常に期待の助っ人外人でありつづけたい僕の感覚を少しでもお伝えできればと思っております。

開催日:2022年6月20日(月)

北村泰広氏(きたむら やすひろ)

カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社 枚方T-SITE 企画・営業

20代は三菱商事系列のアパレル商社にて営業、MDを担当。30代からは神戸の飲食業 株式会社ポトマック内にて音楽事業部「fish for music」を立ち上げる。その間2009年にはロンドンのアビーロードスタジオでのディレクターも経験。大橋トリオや土岐麻子、高野寛など数百組のアーティストと仕事をしてきた。その後も大阪を中心に商業施設のイベント企画、「1000000人のキャンドルナイトin OSAKA」のステージ等の様々な音楽、カルチャーイベントをディレクションしてきた。2016年からは、カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社に移籍し、枚方T-SITEのイベントリーダー、生活提案企画リーダー、営業リーダーを歴任。「アパレル」「飲食」「エンタメ」「デベロッパー」など多方面の経験を活かして枚方T-SITEの企画を行っている。

https://store.tsite.jp/hirakata/

北村泰広氏

公開:2022年7月8日(金)
取材・文:町田佳子氏

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。