誰もが“ライター”になれる時代。プロはどう仕事をつくり、チームをつくるか。
クリエイティブサロン Vol.229 松田きこ氏

ブログやSNSを使って、誰もが気軽に情報発信をできる現代社会。副業を認める社会の変化やフリーランスの仕事獲得をサポートするWebサービスの広がりなどもあり、“ライター”を名乗って活動する人は増えているのかもしれない。しかし一方で、質の高い仕事でクライアントからの評価を獲得し、長く安定して活躍する「プロ」のライターは決して多くない。今回のクリエイティブサロンでは、ライター・編集者として25年以上キャリアを積み重ねてきた松田きこ氏が、自身の足取りを交えながら、仕事づくりやチームづくりについて語った。

松田きこ氏

社外に出会いを広げ、多くの情報に触れることが独立の準備に

書籍や情報誌、自治体などの広報誌、Webメディアなど、さまざまな媒体で企画・編集・取材・執筆を行う松田氏。2007年にフリーランスのライター・編集者として活動を開始し、翌年には株式会社ウエストプランを設立。代表として社内のメンバーはもとより、カメラマンやデザイナー、印刷会社など、社外のメンバーも加わったチームの中心的存在として活動している。

松田氏の社会人としてのキャリアは、精密機械メーカーで輸出業務を担当する事務職としてスタートした。このとき、社内報の編集を担当したことから、書くことに興味を持つようになった。その後、転職を経て、フリーペーパーの編集部に勤務。本格的な編集・ライターとしての業務を経験する。そして次に勤務した会社での経験が、後の松田氏の進路に大きな影響を与えた。

「セールスプロモーションチームに所属し、企画などを担当する事務方としての仕事を受け持ちました。業務の中には、広告に使う文章の作成やプレスリリースの作成など、社外のライターに依頼する仕事がたくさんあったんです。上司は私にライター経験があることを知っていたので、『自分で書けるなら書いてしまってよ』と言って、任せてくれるようになりました。そのことが社外でも知られるようになり、月刊誌などから私に対して執筆依頼が来るようになりました。会社が認めてくれていたこともあって、在籍中から休日はフリーランスのライターとして活動しているような状況でした」

この頃から松田氏は、将来の独立を視野に入れた行動を始めていた。その1つが、人との出会いを広げることだ。メビックと出会ったのもちょうどこの時期。仕事をもらうことよりも顔を覚えてもらうことを重視し、とにかく活発に動いたという。研究者や行政関係者など、それまではあまり接点がなかった人と話し、新たな情報に触れたことも後に大きな財産になった。

実績
ウエストプランが企画、編集、執筆等を担当した書籍

会社員としての経験こそがライターである自分の強み

そうして迎えた2007年。会社を退職し、フリーランスのライター・編集者として独立。このとき松田氏は、自身の強みを分析し、将来の方向性を定めていた。

「自身が著者となって書籍が発行され、メディアなどで活躍できるライターはごく一部です。その路線は、私にはおそらく難しいと思いました。逆に、名前が表にでなくても書く仕事はたくさんあるので、私はそちらをめざすことにしました。そういった仕事をするうえで、社会人経験があること、子育て経験があること、女性目線で物事が考えられること、サラリーマン社会の機微を理解していることは、私ならではの強みになると考えました。『きちんとした社会人』であることは、ライターにも大切な要素だからです」

例えば広報物やPR媒体を企画する際、松田氏が直接やり取りをするクライアント企業の担当者の先には、決裁をする上司の存在がある。企画が優れていることは必須条件だが、それに加えて松田氏は、担当者が上司に説明しやすい資料づくりにまで心を配る。そういった工夫が「松田さんに任せておけば安心」「松田さんに相談すればなんとかなる」という評価につながり、絶え間ない仕事へとつながっていった。

「1つのテーマに深く関わっていくことも仕事の広がりにつながりました。ある自治体で観光PRの媒体を作ったときに、地域中のお店を取材して回ったことがあります。必然的に顔見知りが増え、地域の魅力にも詳しくなりました。すると、他のクライアントからもその地域に関する媒体の制作依頼や取材依頼が入るようになったんです。自治体からの仕事も継続しましたし、他媒体の制作やイベントの開催など、新たな仕事へも広がりました」

そしてもう1つ、松田氏が心がけていることが、「会いに行く」ことだ。コロナ禍以降はオンラインでの打ち合わせが一般化し、リアルに顔を合わせることなく仕事が進むというケースも増えている。しかし松田氏は、「やっぱり、実際に会うと違う」と言う。

「クライアント企業も外注費の削減は重要テーマです。実際に会ったことのある外注先は、最後まで切られずに残っている気がしますね。あいさつ回りはやっぱり大事だと思います」

ウェブサイト「にじいろタブレット」キャプチャ
ウエストプランが取材執筆を手がける丹波市内の事業所を紹介するポータルサイト「にじいろタブレット

他者への思いを大切にできる人とチームを組む

媒体作りには社外の多くの専門職が加わり、チームになって進められる。もちろん社内には、松田氏とともにチームのマネジメントを行うメンバーがいる。どんな人とチームを組むかは案件の内容やタイミング次第だと前置きしたうえで、松田氏はこう加える。

「熱意と責任感、クライアントへの思いを持った人と組みたいです。私たちはプロですから、依頼されたとおりの仕事をするのは当たり前です。依頼内容を上回る提案をしてこそ、満足してもらえるのです。その根本にあるのは、熱意と責任感、思いです。これとは逆の例になるのが、アーティスト志向の強い人です。自分の思いをことさら主張するよりも、相手の話を聞き、相手の思いを受け止めて仕事ができる人であってほしいですね」

チームには、チームであるがゆえのリスクもつきまとう。ライターやデザイナーの仕事は属人的な性質が強く、進捗状況が外からは見えにくいという面もある。指定の納期直前になって、まったく仕上がっていないという話も、この業界では決して珍しくないことだ。松田氏も同じような経験を何度もしたと言う。

「私は、成功への道はまっすぐで一本道だけど、失敗を修正する道はいくらでもあると考えています。厳しい状況のなかで頭をフル回転させ、社内外の協力を仰ぎながら解決をめざす。それは、チームをより良いものにするチャンスでもあると思っています」

ウェブサイト「5つ星マガジン」スクリーンショット
ウエストプランが取材執筆を手がける「ワンランク上のハイクラス・エグゼクティブ向けのライフスタイルメディア“5つ星マガジン”

時代によって媒体は変わっても、読者への思いは変わらない

独立してからの15年間で、ライターの仕事を取り巻く状況は変化を続けている。松田氏が携わる仕事は、Webメディアと紙媒体で半々ぐらいとのこと。Webメディアについては、従来の出版社がメディアを紙からWebへ移したものもあれば、ITベンチャーが立ち上げた媒体もある。出版不況とは言われるが、媒体自体は増加し、ライターが活動する舞台は広がっているのかもしれない。

「出版社系のWebメディアは、媒体社に編集者が存在していてクオリティに対してはシビアです。ベンチャー系のWebメディアは、ITの専門家が中心となって運営しているので、編集や取材、執筆という点ではノウハウが確立されていません。そこに、私たちプロの力を活かすことができるように思います」

ベンチャー系のメディアは、コンテンツ作成のために制作フローを確立し、分業制を取り入れるケースも多いという。効率的に多くのコンテンツを作って情報発信をすることは読者の注目を集め、結果として投資を呼び込むことにつながる。ベンチャー企業にとっては狙い通りなのだが、読者が満足できる質の高いコンテンツを作り続けられるかというと、心もとない部分も多い。

「ベンチャー企業の事情はわかりますが、それは読者である一般の人にとっては関係のないことです。私たちは読者にとって有益な情報を、しっかりと作って届けていきたいです」

媒体が増加してライターの活躍の場が広がることは喜ばしいが、一方で、媒体の「乱立」がライターの質の低下を招いていないだろかと松田氏は危惧する。かつて松田氏は、取材先にもクライアントにも、そして読者にも喜んでもらえ、そのうえ自分は楽しく仕事をしてお金までもらえるというライターの仕事に感動したことがあったと言う。Webメディアの台頭、IT企業の参入、検索エンジンへの対応など、ライターや媒体を取り巻く状況は、以前とは様変わりした部分も多い。しかし、ライターならではの楽しさを変わることなく味わってきた松田氏は、「企画・編集・執筆という仕事のおもしろさを後進に伝えていきたいです」と今後への抱負を語り、今回のサロンを締めくくってくれた。

イベント風景

イベント概要

書く仕事を、チームを、どうつくってきたか
クリエイティブサロン Vol.229 松田きこ氏

書くことを仕事にして25年以上経ちました。SNSで誰もが自由に書いたものを発信できる時代に、プロとしてどう差別化するか、仕事のつくりかたや進めかたを振り返ってみようと思います。ライターとしての技術は文章力だけではありません。取材対象者とどうコミュニケーションをとるか、編集者としてライター、デザイナー、カメラマンとのチームづくりで心がけてきたこと、そしていま取り組んでいる国産牛革のブランディングなど、私の経験をお伝えします。

開催日:2022年5月23日(月)

松田きこ氏(まつだ きこ)

株式会社ウエストプラン 代表
編集者 / ライター

メーカー、商社を経て情報誌編集部等でライター、編集者として経験を積み、2008年独立。書籍やウエブなど、さまざまな媒体のコンテンツ制作を行うかたわら、取材を通して集まる情報やトレンドをいち早く取り入れて企業や行政のブランディング、広報活動を担う。2014年度より2021年度まで兵庫県商工会連合会チーフアドバイザー、2022年4月よりINPIT兵庫県知財総合支援窓口ブランド専門家として販促・広報を指導。日本ペンクラブ会員。

https://www.west-plan.com/

松田きこ氏

公開:
取材・文:松本守永氏(ウィルベリーズ

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。