経営者とクリエイター 両サイドからみた未来につながるブランディング
クリエイティブサロン Vol.226 志波大輔氏

クリエイティブサロン、今期のスタートとなるスピーカーは株式会社MERRY BEETLEの代表であるデザイナーの志波大輔氏。経営者とクリエイターの役割を両立させ、得意とするブランディングでも経営者の視点から、「中小企業にもブランドマネージャーを」を提唱する同氏の話は、これからのブランディングのあり方を考えさせられるものだった。

志波大輔氏

中小企業にもブランドマネージャーを

グラフィック、ウェブ、インテリアから総合的なブランディングまで、幅広い領域のデザインに携わる株式会社MERRY BEETLE。同社のコンセプトは「うつくしいものをつくる」。その美しさとは、代表である志波大輔氏の原体験にさかのぼる。幼少期にカブトムシやクワガタ(=BEETLE)といった自然の織りなす造形美に魅了された。ものにはつくり手の魂が宿るとの想いが根底にあり、つくり手たる自分たちはポジティブに楽しく(=MERRY)仕事をしようとこの名に。

ビジョンとして掲げているのは「良質な商品、サービスで溢れた未来を残していきたい」ということ。「自分たちのお客様の中心は中小企業、社内にブランドマネージャーが存在することをあたり前にしたい。自分たちがサポートし続けるのではなく、ブランドマネージャーを立ててハンドリングしていく会社が増えれば、永く未来へとつなげていくことができると信じています」

ここからは、志波氏のこういった思考が形成された原点を振り返る。子どもの頃、図工や美術が得意な姿を見て母親が言った「建築家をめざしたら」という言葉に感化され、神戸大学工学部建設学科へ。当然だが全国から優秀な生徒が集まる状況では、中高時代のように成績上位者ではいられない。はじめて人生の挫折を味わう。逆に楽しかったのは学習塾でのアルバイトだ。そちらへの就職も考えるが、大学受験時の担当であり、塾の経営者である恩師からはこんな言葉が。「まずは本当にやりたいことをやってほしい。ダメだったらいつでも帰ってくれたらいいから」。この言葉でもう一度、自分の夢と向き合う勇気をもらった。同時にその頃、インテリアデザイナーを紹介する記事を見た。「建築ってハードな世界だと思っていたのですが、こんなにソフトで華やかな世界もあるのかと知って強く惹かれました」

「株式会社MERRY BEETLE」オフィス
自社オフィスのデザインは志波氏自らが手がけ、木、モルタル、ガラスなどの素材を活かし、デザインに注力できるよう要素を極限までそぎ落としてシンプルに仕上げた。

見る人を感動させる、そんな体験をおぼえたnendo時代

同級生の多くが大学院に進むなか、卒業後はデザイナーの道をめざしてバンタンデザイン研究所へ入学する。この専門学校が人生の起点となった。ミラノサローネについて調べる授業で、当時レクサスのインスタレーションを手かげていた、佐藤オオキ氏率いるデザインオフィスnendoの存在を知ったのだ。先端技術を用いて造形された椅子「diamond chair」は、3次元CADデータをもとにレーザーで粉末状のナイロンを硬化し、その場で形をつくることで、輸送という概念をなくすという視点や、ダイアモンドの結晶構造から着想を得た「軟らかいけど強い」というコンセプトにも強く惹かれた。ここで働きたいと上京し、2回のインターンを経て入社する。

多くの仕事をこなして大変な日々であったが、充実していたと当時を振り返る。たとえば国際的帽子デザイナー平田暁夫氏の70年に及ぶ創作の歴史を凝縮した、国内初の大規模な展覧会「ヒラタノボウシ」では、会場デザインに携わった。また、空間制作に関わったスターバックスの展示「Starbucks Espresso Journey」は、ギャラリーにエスプレッソの情報が載ったダミー本を巨大な本棚に配置してカフェの常識にとらわれない提案をするものであった。在籍時に体験したこれらのインスタレーションは、作品をつくりあげていく喜びとともに、見た人の表情を輝かせる嬉しさもあった。nendo時代に体験した感動をふたたび味わいたくて、自分たちも展示会を開催したりもしている。

退職後、1年ほど運送会社で働いてリフレッシュし、大阪へと戻る。

「最悪、塾の恩師が助けてくれるだろうなくらいの甘い気持ちもありました。でもグラフィックデザインをやりたいと在阪の会社に問い合わせたのですが、全然うまくいかなくて」

MERRY BEETLE実績
MERRY BEETLE設立5年の歩みを振り返り、未来に向けて踏み出す機会として開催した展示会「THE PAPER PLAYING」(2021年6月 平和紙業 ペーパーボイス大阪)

「経営者」というフィールドへ踏み出す

そこでフリーランスという選択をしたのが2014年。しかし人脈もない人間に仕事があるわけもなく、収入を得るために学習塾の講師を再開。教室に間借りして合間にデザインの仕事もスタートさせた。しばらくして参加した異業種交流会では、経営者の先輩に出会う。

その人の勧めで経営者団体の倫理法人会に入会した。「ふつうデザイナーとして独立したらJAGDAに入るとか、デザイン業界に所属すると思うのですが、なぜかご縁があったのは経営者というフィールドだった」。ここで経営者としての在り方を学び、先輩の助言もあり2016年に法人化。安定収入だった塾講師の職も辞し、退路も断った。

「あれから6年、いろんなことがあった。新型コロナウイルスの流行ですべてのプロジェクトが止まったり。体験したことのない苦難に見舞われるたび、自分が経営者にウエイトを置いた意味があるんじゃないかと思うようになりました」。だからこそ経営者に寄り添い、結果にコミットできるような組織にしていきたい。「自分は圧倒的なクリエイティブ能力を持っていると思わない」と語る志波氏。ただマルチなタイプではある。だからこそ経営とクリエイティブの両立ができるのではないか。

「今までは経営理念がトップにあり、それに紐付いた商品サービスがあり、ぼくたちはそれらのコミュニケーションをデザインしていた。しかし結局、川下でいくらあがいても売れる商品ができるわけがない。しかし川上である経営理念の角度を少し変えられれば、川下に至るまで大きく流れの変化を見せます」

理屈ではわかってもいても、どうアプローチすべきか分からなかった。そんなタイミングで出会ったのが一冊の本。中川政七商店十三代目である中川淳氏による『経営とデザインの幸せな関係』だ。見た瞬間にこれだと思った。これこそ自分がやりたいことだと共感し、半年ほど中川氏のセミナーに参加。この経験がその後、仕事におおいに活かされていく。

方向性が定まると、環境が変化していく

たとえば枚方の株式会社green建築工房のリブランディング。当初はウェブサイトのリニューアル依頼だったが、現状では独自工法を謳う抽象的なものであった。それはどういう家で、どんな暮らしが待っているのか。言語化しないと伝わらないと考え、コンセプトを開発して、デザインしていきませんかと提案。そうして生まれたのが「歩くように暮らす」というコピー。「あらゆるものが早いスピードで流れていく時代、せめて家にいる時だけは歩くようにゆっくりと。四季の変化や子どもの成長など些細なことに気づき、生活の豊かさを感じられるように。それが同社の提案するライフスタイルだと伝えます」。このコピーは「ライフスタイルを発信したい」という顧客の考えを掘り下げ、社員参加のワークショップから導き出した。こうして自分たちの仕事を「上流から流れを変えて、顧客の役に立つものに」と決めてからは、面白いように依頼される内容も変わっていく。

「株式会社green建築工房」ウェブサイトスクリーンショット
https://greenkk.com/

ここで冒頭に出たブランドマネージャーの話へ。自分たちがコンセプトを立てそれを表現した世界観をつくりあげても、中小企業でそれを維持していくのは難しい。店内のポップや貼り紙、SNSに掲載する写真ひとつとっても、社内にリテラシーが浸透していなければ方向性を見失う。とにかく社内でのインナーブランディング、世界観を視覚的にあるいは言語化して浸透させることこそ急務だという。

「デザイナーがずっと支援すればいいという考え方もありますが、自分が経営者という視点に立てば少しでも経費は削減したいし、長期的なことを考えるならば自社で完結する仕組みづくりが求められると思うんです」

まず経営者を含めて話し合ってブランドマネージャーを確立し、自分たちのノウハウを共有してキックオフ。「そのブランドらしさを表現、発信できることがゴールであると自覚してもらうことで、ブランドも成長していき、マネージャーの存在感も増すことで次のステージに上がれます。最終的にはMERRY BEETLEの手を離れるというのがブランディングの理想」。

最後に大切にしていることとして、クリエイターと経営者の両側面から語った。「経営者としては運がないとダメ。そのために朗らかに働き、徳を積むようにしないと」。そしてクリエイターとしては、めんどくさいことを大切にする。「めんどくさいことの先にしか感動はないと思っているので」。このように経営者とクリエイター、両者の苦労を理解しているからこそ、アートディレクターとして譲るべき点と死守すべき点を見失わず自分たちがつくりたい未来へと進んでいけるのだろう。

イベント風景

イベント概要

経営者とクリエイターの狭間で見えてきた創りたい未来
クリエイティブサロン Vol.226 志波大輔氏

みなさま、おはようございます、こんにちは、こんばんは。MERRY BEETLEの志波(シバ)と申します。僕は佐藤オオキ率いるnendoを退職後、2014年にフリーランスとして独立をしました。その時飛び込んだのはデザイナーのコミュニティではなく経営者のコミュニティでした。そこから僕の経営者とクリエイターの狭間を生きる人生がスタート。この約7年間で学んだことは、経営の難しさとご縁の大切さです。そんな僕だからこそ見えてきた創りたい未来と、これまでの人生劇を聴いてください。

開催日:2022年4月19日(火)

志波大輔氏(しば だいすけ)

株式会社MERRY BEETLE
代表取締役 / アートディレクター

1986年生まれ、大阪府八尾育ち。神戸大学工学部建設学科を卒業後、専門学校を経て2010年に佐藤オオキ率いるnendoに入社。その後帰阪し2014年にフリーランスとして独立。2016年、株式会社MERRY BEETLEを設立。「うつくしいものをつくる」という理念のもと、グラフィック、ウェブ、インテリアの3本柱で企業、商品、サービスのブランドづくりを行なっている。好きなお酒は芋焼酎のソーダ割り。東大阪市倫理法人会会長。

https://merrybeetle.jp/

公開:2022年5月20日(金)
取材・文:町田佳子氏

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。