世界的なデザイナーと大企業を通してたどり着いたデザイナーとしての創造性
クリエイティブサロン Vol.223 志水良氏

第233回目のクリエイティブサロンに登壇したのは、ブランディングを軸としたグラフィックと工業デザイン、マーケティング支援などを手がけるBalloon株式会社のCEO / アートディレクターの志水良氏。名古屋市立大学大学院芸術工学研究科を修了後、デザインスタジオOUZAKで工業デザイナーの川崎和男氏に師事し、7年間デザイナーとして働いた後、株式会社キーエンスに入社した。今回のサロンでは、それぞれの組織の中で、デザインはどのように位置づけられていたかを振り返りながら、デザイナーにとっての創造性やマネジメント、教育について語った。

志水 良氏

国際的なデザイナー川崎和男氏に師事

3週間前にアキレス腱を切ったという志水さんは、車いす姿で登場。日常の何気ない動作ひとつにも苦労し、無力感に苛まれているという話からトークがスタートした。大学院で後に師事する川崎氏と出会ったとき、氏は交通事故による下半身の損傷ですでに車いすだったという。

「スケッチを描くだけで相当体力をとられるだろうから、その大変さは僕の比じゃないはず。代表作のほとんどが車椅子になってからの作品ですから、日常生活を営む上でのストレスを一つひとつ乗り越えながら生み出していて、本当にすごいなと改めて思いました」

志水さんが大学院を修了し、「OUZAK DESIGN」に入社した頃、川崎氏は『Newsweek誌(日本版)』の「世界が尊敬する日本人100人」に2度も選出されたり、MoMA(ニューヨーク近代美術館)に永久展示されている車いす「CARNA」や、 禁煙を促す「たばこを吸いにくい灰皿」、脱着を繰り返してもレンズに歪を与えないメガネフレームなど発表する作品が次々と話題になる世界的なスターデザイナーだった。

OUZAK DESIGNの所属デザイナーは多い時で20数名、少ない時は2名ほど。デザインワーク以外の業務も多岐に渡り、激務ゆえに辞めていく者もいたが、志水さんはここで7年間デザイナーとして働き、川崎氏から多くのことを学んだ。

たとえば、通常クライアントにデザインを提出するのは3案程度だが、川崎氏が提案するのはベストの1案のみ。「あくまでデザインのプロは僕らという考え。社内で検討はするが最終的には1案に絞る」という。地方の小さな企業と大手メーカーでは予算規模は数十倍違うこともあるが、どんなクライアントでもやることは同じ。「金額によって仕事に差をつけるな。金額が安くて手を抜くなら、デザイナーやめろ」というのが川崎氏の基本スタンスだった。

川崎氏に薦められた本の一部

デザインは生き方。川崎氏から学んだデザイナーとしての姿勢

デザインワークでは、海外のハイブランドのデザインを横に並べて、そのデザインが完成されたものであるかを確認すること。どちらが正しいか迷った時は、より美しい方が正解であること。そして、デザイナーは言葉を駆使できなければデザイナーではないというのも川崎氏の信条だった。そのためのインプットとして、哲学書をはじめとする幅広いジャンルの本を読むようにと、さまざまな本を薦められた。また、川崎氏は「与えられたものは身にならない」「ハイブランドのデザインを見たことがない人は、同等のデザインをすることはできない」という考えから、会社員時代の出張時には高級ホテルに宿泊するなど、自腹で一流のものに触れることを大切にしていたという。

デザイナー教育に厳しかった川崎氏は「デザインは24時間365日のフルタイムワーク」だと言い、いいアイデアはスケッチの量から生まれると、デザイナーには毎日スケッチを欠かさないように指導していた。ときには夜の8時に「明日の朝までにスケッチを100枚書くように」と指示したこともあったという。

「100枚目なんて、もう何を描いているのかわからないくらいひどいものでしたが、数自体にコミットするというか、やり続ける力が大事だと言われていたのかなと思います。ボス自身も相当の数を書いていたので、教えを受ける側が何枚でいいか決めることはできないなと思いました」

また、OUZAK DESIGNでは「そのデザインが好きか、自分でも欲しいと思えるか」といった一人称のデザインが判断の基準になる。基本的にマーケティング調査などは参考にせず、自分達の主観をもとに広げていく。

その他、「街のデザイン屋さんになるな」「実寸を常に把握すること」「公平性」「不易と流行」など、川崎氏から継承したデザインにまつわるすべてのことを志水さんはこう考える。

「スキルや才能といったことではなく、川崎先生が伝えたかったのはデザイナーとしての姿勢ではないかと思っています。デザインをスタンスだという人もいますが、生き方に近いような気がしていて、あそこで学んだことは今もデザインをする上での指針にしています」

制作実績
独立後、Balloon Inc. で手がけたプロジェクト。

クリエイティブへの異なるアプローチ

OUZAK DESIGNに7年間在籍した後に入社したキーエンスはまさに真逆の環境だった。スターデザイナーの下、属人的に仕事を進めていく前者に対し、キーエンスでは一貫したシステムで合理的に仕事を進めていく。また、OUZAK DESIGNでの業務はデザインワークのみならず総務・事務、プレゼン準備や展示会場の設営、そのための運転など広範囲に及んだが、転職後はデザインに集中することができる環境を得た。「最小のコストで最大の成果」を出すことを求められるため、コスト意識を強く持つようになるなどクリエイティブへのアプローチのやり方も変化していった。

また、キーエンスではすべて業務を30分単位で管理することで、作業量や内容、進行を可視化する。この方法で効率よく仕事を進めることができた志水さんはキーエンスを退社した今も、同様の方法で時間管理を行っているという。

デザインでは、徹底したマーケット調査やユーザーヒアリングをもとに理論的にニーズを組み立て、それに応えていく。主観をもとに広げていくOUZAKとは真逆のやり方だ。合理的で客観性を持った説明をすることが求められるキーエンスでは、主観による説明だけでは受け入れられない。当然デザイン案は複数提案。プレゼンテーションと合議によって決定する。

また、大企業ならではの厳しいルールも存在した。全体の工数の数パーセントは独自のリサーチに使うが、検索ワードはすべて人事がチェック。キーエンスが扱う産業機器分野に関連のないワードを検索した場合は、翌日注意が入る。デスクで許可されている菓子の種類まで指定されているなど徹底的な管理体制が存在した。

株式会社コムウトのリブランディング事例
シンボルマーク作成や、コーポレートアイデンティティの構築等を手がけた、コムウトのリブランディング事例。米国「Graphis」のデザイン年鑑「Design Annual 2022」でSilver賞を受賞。

2つの組織で学んだことを、選択・咀嚼し自身の創造性を確立

「OUZAK DESIGNとキーエンスそれぞれ全く異なるアプローチでありながら、どちらも創造性を扱うための最良の手段を選び取るという点は共通していて、アプローチの違いは創造性の捉え方の違いだと考えています」

川崎氏から、デザインとは何か、デザイナーは社会にとってどうあるべきか、どのような姿勢でデザインに向き合うべきかを学び、キーエンスで専門性を持った多様な人達とのチームワークによって、共創とは何か、マネジメントとは何かを身をもって教わったという志水さんは2つの組織を経て、2013年に独立。新たなキャリアを築きはじめた。「すべての業務を30分単位で管理」「金額によって仕事に差をつけない」「デザイナーは言葉を駆使できなければデザイナーではない」「マーケット調査・ユーザーヒアリングをもとに論理的にニーズを組み立てる」「いいアイデアはスケッチの量から生まれる」「一人称のデザイン」「合理的で客観性を持った説明をする」など、それぞれの組織から学んだ考え方やデザイナーとしての姿勢を活かし、日々、デザインを生み出している。

イベント風景

イベント概要

現在地から〈創造性〉について考える。〜川崎和男先生にデザインを学び、キーエンスでの共創を経て〜
クリエイティブサロン Vol.223 志水 良氏

川崎和男先生に師事し、デザインとは何か、デザイナーは社会にとってどうあるべきか、どのような姿勢でデザインに向き合うべきかを学びました。キーエンスでは専門性を持った多様な人達とのチームワークによって、共創とは何か、マネジメントとは何かを身をもって教わりました。それぞれ全く異なるアプローチでありながら、どちらも創造性を扱うための最良の手段を選び取るという点は共通しています。アプローチの違いは、そのまま創造性のとらえ方によるものです。それぞれの組織の中で、デザインはどのように位置づけられていたかを振り返りながら、デザイナーにとっての創造性についてお話しできればと思います。

開催日:2022年2月4日(金)

志水 良氏(しみず りょう)

Balloon株式会社
CEO / アートディレクター

名古屋市立大学大学院芸術工学研究科修了後、OUZAK入社、川崎和男先生に師事。商品開発から販売計画に至る一連のデザインプロセスに携わる。2007〜09年まで大阪大学招聘研究員。2010年より株式会社キーエンス、デザイングループに所属。2018年Balloon株式会社設立。ブランディングを軸としたグラフィックと工業デザイン、マーケティング支援等を手がける。大阪市立デザイン教育研究所にて非常勤講師。JAGDA・JIDA正会員、World Design Consortium メンバー。German Design Award、A’ Design Award、Graphis Branding等受賞。

https://lloon.jp/

志水良氏

公開:
取材・文:和谷尚美氏(N.Plus

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