人と出会い、世界が広がり、そこに価値が生まれていく
クリエイティブサロン Vol.220 井本達也氏

28歳でデザインの世界に飛び込み、その後、独立行政法人中小企業基盤整備機構、公益財団法人大阪産業局を経て、2017年からフリーランスへ。「デザイン×行政サービス」という独自の視点で新たな事業の創造に挑戦し、現在、大阪産業局に在籍しつつ、大阪・東京・岡山・大分を舞台に女性起業家支援やベンチャー支援、地方創生など、幅広いプロジェクトを手掛ける井本達也さん。自身をつくりあげてきた人との出会いや、活動の源泉となる事業への想いなど、ビジネスプロデューサーとしての“これまで”と“これから”を語ってくれた。

井本達也氏

人生を大きく変えた、デザイナー「シマダタモツ」との出会い

1977年に岡山県で生まれ、ずっと地元で過ごしてきたという井本氏。その人生が大きく転換したのが今からおよそ15年前、大阪・関西万博のロゴの考案者であるデザイナー・シマダタモツ氏との出会いだった。彼のグラフィックデザインに魅了された井本氏は、自らの意思で押しかけのようにシマダ氏の門を叩いたという。

しかしながら、デザイン事務所での実務経験はゼロ。充実した検索手段やノウハウがないうえ、予算もスケジュールもタイトという厳しい状況のもと、情報収集から企業との交渉、取引に至るまで、シマダ氏の言葉を実現すべく奮闘する。

一緒に笑い、時に泣き、時に衝突しながら、ひたすらシマダタモツというデザイナーのために全力を尽くすなかで、「いいデザインは、人を気持ち良くするもの」ということ、そして、どんなに不可能と思われることでも諦めず「できるまでやれば、できる」ことを学んでいった井本氏。短くも濃い5年間を「死ぬほど大変で、死ぬほど楽しかった」と振り返る。

一人の人間に全力で尽くしてきたチカラを、今度は世の中の役に立つために

そんな大好きなシマダデザインを辞め岡山に帰ろうと決めた33歳のとき、井本氏にもうひとつの転機が訪れる。そのきかっけとなったのが、メビック・堂野智史氏から投げかけられた「何がしたいんや?」という問いかけだ。ずっと一人のために尽くしてきた井本氏は、その反動なのか、思わず「世の中の役に立つ仕事がしたい」と答えたという。そして、図らずも飛び出したその一言が、国の中小企業政策の中核的な実施機関「中小機構」への入職へと結びつき、これまでとはまったく異なる世界に飛び込むことになる。

「上司となった中島康明(現・近畿本部長)さんは、オープンイノベーションという言葉がまだ浸透していなかった時代に、すでに実行していた先見の明の持ち主。大企業のネットワークを中小企業にあてる事業“チーム関西プロジェクト”ではブランディング担当として加わらせてもらい、デザイン経験を生かしいろんな事業に関わらせてもらいました」

中小企業の技術と電通のデザインを掛け合わせる「NANIWAZA(ナニワザ)」のロゴデザインもそのひとつ。阪急梅田駅2階中央改札内で展開した月替わりの地方物産展は、井本氏の大きな実績になった。

国の機関として社会のためのさまざまな施策を打ち出していく組織の魅力を実感しつつも、その仕組みやサービスの恩恵を受けているのは「情報を知っている一部の人や企業だけ」ということに気づき始める。また、錚々たる肩書きの人たちと毎日のように名刺交換するが、その人脈を十分に生かし切れていない状況にも、「何とかしたい」という気持ちが強くなっていったという。

「知らない誰かに届けて、ちゃんと支援施策ができてこその行政サービスであり、パブリックビジネスではないか」――

そんな想いを抱きながら、再び、井本氏は自らの道を模索することになった。

当日のスライドより
中小機構時代の井本氏の仕事。デザイン事務所での経験を生かし、社会のための事業に力を注ぐ

めざすのは、働き方の一つとして「起業」を選択できる社会の確立

次の活躍の場、公益財団法人大阪産業局の一員となった井本氏を待ち受けていた事業が、女性起業家支援だった。

「女性が起業できない要因は資金不足にある」という考えから、投資家による支援が有効な手段とされていたそれまでに対し、中小機構での経験をベースに「本当に必要なのは大手企業との人的ネットワーク」と発想を転換した井本氏は、すでに決まっていた事業の仕様に、新たな企画書をぶつけるという異例の行動に打って出た。そうして実現したのが、「女性起業家応援プロジェクト」と名付けた、新たな仕組みづくりだ。

具体的には、女性起業家たちと「サポーター」と呼ばれる大手企業をマッチングするためのビジネスプラン発表会を開催。ここで、ファイナリストに選ばれた10名の女性たちには「アンバサダー」としてコミュニティに参加してもらい、広告宣伝費をかけず口コミでどんどん輪を広げていく。さらに、地方自治体や地域支援機関などからなる「パートナー」、気軽に起業相談できる「サポートデスク」の設置など、誰にもチャンスを与えられる、分かりやすくシンプルな支援のカタチをつくりあげた。

井本氏がめざしたのは、単にイベントの開催や資金の援助ではなく、働き方の一つとして「起業」を選択できる社会の確立だ。そうして、近畿2府5県の女性起業家を対象に始まった本プロジェクトは今年8年目。2020年からはオンラインを用いることでさらに地域を広げ、これまで、120ものサポーターとパートナー、リアルで14,000人、オンラインで15,000人を超える女性たちと出会ってきた。そのなかから、72人のファイナリストと60を超える新しい企業が誕生。日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー大賞や、経済産業大臣賞を受賞するなど、日本を代表する女性起業家も多く輩出している。

当日のスライドより
「デザイン×行政サービス」の実現で、新しい社会の仕組みづくりに挑戦した女性起業家応援プロジェクト

より良い行政サービスをつくるための10カ条

このプロジェクトをはじめ、井本氏が事業を考えていくうえで最も重視していることがある。それは、ドイツのインダストリアルデザインの巨匠、ディーター・ラムスが掲げたデザイン哲学、Less, but better――「より少なく、しかもより良く。」だ。

「つまり、予算(税金)をかけず、最大の成果を生み出すこと。それはかつての上司、中小機構の中島さんの教えでもあり、税金を使う仕事としてベストなカタチだと思いますね」

そうした考えを含め、井本氏はディーター・ラムスが唱えた「良いデザイン10カ条」にちなみ、自分なりの「良い行政サービス10カ条」を提示する。学歴や経歴、性別で判断しない、人の想いや覚悟にスポットを当てた未来へのチャンスの提供、繰り返し施策やバラマキではない、手触り感のある継続的なコミュニティ形成、女性の暮らしに寄り添った時間や場の提供、日常の暮らしの中で使う言葉での分かりやすいメッセージなど、そこには、これまでの行政サービスに潜んでいた問題や課題を改善し、より良いものにするための10の視点が示されているのだ。

肩書きから解き放たれれば、新たな世界が広がって行く

現在、大阪産業局の財団フェローとして活動しながら、女性起業家応援プロジェクト総合プロデューサー、大分の女性起業家応援プロジェクトiGC執行役員、助産師のサポート事業を展開するWith Midwifeブランドマネージャー、別府市の地域活性化事業を展開するB-biz LINKアドバイザーと、さまざまな「肩書き」で活動フィールドを拡げている井本氏。2021年4月には、自身の会社saturdays株式会社を設立。“遊びをきっかけに躍動する経済を”をコンセプトに、新しい時代のコミュニケーションシップの実現をめざしていく。

話の締めくくりに、「今、あなたが持っている役職や肩書きではない、もう一人の自分は何なんだろうということを考えて欲しい」と、井本氏は語ってくれた。

「デザイナーと名乗ればデザインの仕事しか来ないけれど、僕自身はビジネスプロデューサーと名乗ることで会える人の幅が格段に広がりました。だから、まずは今の肩書きを取り払って、あなた自身が持っていることを考え、そのことを実際に名乗って欲しい。そうすれば、今までとは異なる世界の人たちと出会うはず。そして、今までの自分の世界と新しい世界を掛け合わさって、そこにテーマが生まれた時に、ものすごい価値が生まれるでしょう」

イベント風景

イベント概要

知らない誰かの気持ちをアップさせる、デザイン×行政サービスの作り方
クリエイティブサロン Vol.220 井本達也氏

21歳で突然やりたいことが見つかり、インターンシップを経て大手アパレルメーカーに就職。同時に大学を中退。その後、取引先だった大阪のデザイン事務所のBOSSに惚れ込み丁稚奉公。生きていく上で大切なことを学ぶ。5年後、ニューヨークADC金賞を受賞し、そのパーティーを主催した行政サービスのBOSSとの出会いがきっかけで中小企業支援の業界へ転職する。業種や、肩書き、組織の壁を超えた、関わる全ての人に「オープン・フラット・フレンドリー」なプロジェクトをプロデュースする上で大切な「変わらないために変わり続ける」。そんな僕の毎日をお話しできればと思っています。

開催日:2021年12月9日(木)

井本達也氏(いもと たつや)

公益財団法人大阪産業局 フェロー
saturdays株式会社 代表取締役

1977年生まれ。岡山県出身。株式会社ワールド、デザイン事務所、独立行政法人中小企業基盤整備機構、公益財団法人大阪産業局など、ファッション×デザイン×行政サービスの経験をベースに2017年からフリーランスとなり、大阪・東京・岡山・大分で事業プロデュースを中心に活動。現在は、近畿2府5県で展開中の大阪産業局が主催する女性起業家応援プロジェクトの総合プロデュースや、大分県で役員をしている会社が実施する、多世代多様な人を主役にしていく事業ブランド・クリエイティブを年間事業として6つ運営。2021年4月に、saturdays株式会社として、「遊びをきっかけに躍動する経済を」をコンセプトに、法人を設立。より幅広くこれまでお世話になった方々の縁を結び、新しい時代のコミュニケーションシップを実行する会社にしたいと思っています。

公開:
取材・文:山下満子氏

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