自分発信の価値創造で、紙と印刷の新たな未来を切り拓く
クリエイティブサロン Vol.214 高本隆彦氏

デジタルコンテンツの急速な普及を背景に、ペーパーレス化が進み印刷産業は衰退していくと言われる昨今。本当に紙の印刷は消えてしまうのか、そのなかでも残る紙とはどんな紙なのかを絶えず考え続け、印刷の新たな可能性に挑む大興印刷株式会社・代表取締役の高本隆彦氏。突破口となった1枚のカードから新たな道を切り拓くなかで、高本氏が考える印刷産業の未来について語っていただいた。

高本隆彦氏

予想外の社長就任で向き合った、自分自身の“信じる道”

1970年10月15日、祖父の代から印刷を営む家庭の末っ子次男として大阪市生野区で生まれ、中高時代はラグビーに打ち込んだスポーツ少年だったという高本氏。大学卒業後は化学メーカーに就職した後、義兄と共に設計デザイン事務所を立ち上げ、グラフィックデザイナーとして活動。ところが、家業を継いでいた長兄が父親と大喧嘩をしたことで、急遽、家に呼び戻される形で印刷の世界へ。2005年、大興印刷株式会社の三代目社長に就任した。

大阪市「谷四」に本社を構える大興印刷の主力事業は、カタログやパンフレットなどのオフセット印刷だ。神戸ポートアイランドにある工場には、1分間に800枚、1時間に4万8000枚印刷できる一台の輪転機がある。輪転機印刷を行う会社の多くは、この大型の機械を何台も設置し大量ロットの印刷を手掛けることがほとんど。それに対し、一台のみで商売する自社を高本氏は「日本で一番小さな輪転会社」だと表現する。

そんな高本氏が、家業を継いで最初に取り組んだのが企業理念の作成だ。

「いきなり呼び戻されて社長になって、何で自分が……という思いがあった。だからこそ、この仕事に打ち込む“理由”、信じられる何かを作ろうと思ったんです」

工場のエントランスを入ると、目に飛び込んでくる一枚のパネル。そこには「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、豊かなコミュニケーション活動を通じて相互理解を深め、良心を育み、人類の発展と世界の平和に貢献すること」とある。

この「豊かなコミュニケーション活動を通じた人類の発展と世界の平和への貢献」こそが、高本氏が考える印刷業の使命であり、大興印刷のすべての事業を動かす原動力の源となっている。しかし、そこに辿りつくには、さまざまな変遷があったという。

大興印刷の工場
神戸ポートアイランドにある大興印刷の工場には、長年主力事業を支えてきたオフセット輪転機と、業務の幅を大幅に拡げる枚葉機を設置。VR工場見学

事業の根本をなすミッションと、道を拓いた一枚のカード

社長に就任後、事業の方向生を考える上で、高本氏はまず「印刷」というものを再定義した。

最初に考えた「印刷」とは、「お客様の良い“印”象を伝えたい相手に“刷”り込むこと」。だが、従来の請負型のビジネスに限界を感じていた高本氏は徐々に考えを変えていき、次に定義したのが「 印刷“の”可能性を拡げる」だった。

「印刷をモノとして捉えるのではなくテクノロジーとして捉えたとき、これまでとは違った方向性が見えてくるのではないか……。それが、印刷技術を用いてフィルムなどの基材の上に電子回路、センサー、素子などを形成するプリンテッドエレクトロニクスでした」

今から約10年前、兵庫県立大学教員と共同で太陽電池をつくるプロジェクトをスタート。残念ながら事業としての成果は得られなかったが、新たな挑戦を経て、高本氏は考え方を発展させていく。さらに、あるアーティスト作品の複製を手掛ける際、特殊印刷を施すことでオリジナル以上のものを創り出すという経験を得て、「 印刷“が”可能性を拡げる」という考えに至った。

「そのうえで行き着いたのが、印刷を通して豊かなコミュニケーション活動を育むこと。この言葉が、私たちの商品やサービスの開発のキーワードになり、すべての事業の根本であるべきだと考えているのです」

そして2011年、高本氏の最初の挑戦となる事業「ジュニアスポーツ応援 エイエイオー(aiaio.net)」がスタートする。

「これは、サッカーや野球、ラグビーなど、スポーツに打ち込む子供たちの姿を1枚のカードにして、全国各地で行われる試合や大会などでトレーディングカードとして相手チームのメンバーと交換し合おうというもの。カードを交換することでお互いの健闘をたたえ、子供同士の交流や思い出づくりをサポートするものなんです」

子供たちの写真と名前、チームのロゴやエンブレム、ポジションやプロフィールなどが印刷されたカードは単なる“印刷サービス”を超え、活発な地域コミュニケーションやスポーツ文化の発展を促していった。そして、このカードをきっかけに、高本氏の前には新たな道が拓いていくことになる。

「aiaio.net」ウェブサイト
「スポーツに打ち込む我が子のカッコイイ姿をカードにしたいな」、一人の父親としての思いつきから生まれた「aiaio.net

「日本がダメなら海外へ」、不屈の精神で導いた大成功

「カード印刷が得意なら、カードゲームの製作を手伝ってくれませんか?」

エイエイオーカードを見たある人物から、そんな依頼が飛び込んでくる。それが、トレーディングカードゲーム『Force of Will(フォース・オブ・ウィル)』誕生の始まりだった。大々的な製作発表会を行い華々しくデビューしたものの、事業はあえなく頓挫。わずか9ヶ月でサービス終了に追いこまれ、その打開策として打たれたのが2013年、フランス・パリで開催されるジャパンエキスポへの出展だった。

ブースの片隅に小さなテーブルが一個だけ。「日本向けに作った日本語のカードが売れる訳がない」という大方の予想を裏切り、『Force of Will』は大反響を呼ぶことになる。

「当時話題になっていたAR(拡張現実感)をつかって、スマートフォンをかざすと剣が現れるうちわを作って配ったこともそうですが、何よりフランスの人々を驚かせたのがカードの裏面に施した特殊印刷でしたね」

巷にあふれるトレーディングカードの裏面は、ほとんどが味気ないものばかり。そこに、裏面にまでこだわった『Force of Will』のカードは、新しモノ好きのフランス人を大いに魅了したのだ。

フランスでの成功を足がかりに「英語圏でも絶対に受ける」と確信し、イタリア、ドイツ、スペイン、イギリス、フィリピン、マレーシア、インドネシア、ベトナム、タイ、ボスニアと順調に商圏を拡げ、フランスのジャパンエキスポでは毎年出展ブースを拡大していった。

こうしたビジネスの成功を支えたのは、『Force of Will』のマーケティング戦略にある。

「今、35歳ぐらいの人は、小学生の頃にトレーディングカードを経験して大きくなっている。高校生になると一旦離れるが、大人になった時にもう一度趣味としてカードを始める人が一定数いるんです。その時、もっと大人向けのカードゲームがあれば面白いんじゃないかと考えました」

モチーフとして、欧米人でも馴染みの深い神話や童話を選んだことも成功の要因となった。

2013年〜2017年のフランス・ジャパンエキスポ出展ブース
人気とともに年々拡大していったフランス・ジャパンエキスポの出展ブース。他国でもコスプレや独自のプロモーションで盛り上がった。

自分たちのサービスや商品をつくること、そこに新しい道ができる

海外マーケットで大きな実績をあげ、2017年にはカード製作のために6色印刷+ニスコーターで鮮やかな色彩や箔加工などさまざまなデザイン表現が可能な枚葉機を導入。「どうしても日本で勝負したい」と、2020年12月に完全オリジナル新トレーディングカードゲーム『GETA RULER(ゲートルーラー)』を正式リリースした。

それと同時に、カードゲーム製作で名を馳せた大興印刷のもとには、アナログゲームの相談が数多く舞い込んでくるようになる。2019年に製作した『避難バッグゲーム』は、名古屋学院大学のゼミの授業の一貫として依頼され、学生のアイデアを形にしたものだ。これをきっかけに、社会課題をゲームで解決していくシリアスゲームという新たなジャンルにも活動領域を広げていった。

そうしたさまざまな動きを受けて、2020年にボードゲーム研究所「octpath」を発足。毎週木曜日にゲームクリエイターと社員が集まり研究会を行うなかで、新たなゲームの企画・開発につなげている。

また、これまでの事業で培ってきたノウハウを進化させた新サービス「PhotoGoods」もローンチ予定だ。

さまざまな可能性を追求し、印刷ビジネスの未来を探る高本氏。子供たちのトレーディングカード製作から始まった道のりを振り返り、「一つ、自分たちのサービスや商品をつくること。それが、新しい未来を創ることなんだと信じています」と言う。

2022年1月15日開催予定の「ペーパーサミット(主催:大阪府印刷工業組合)」は、その布石ともいえるイベントであり、クリエイターと技術者の共作を通じて、紙と印刷が持つ魅力や可能性とそこから生み出される新しいサービスを発信していく場にしたいと意欲を見せる。

「時代が大きく動くなか、終わる事業もあれば、これから生み出せる事業もある。紙にできることは、まだまだあるはず」と力強い言葉で締めくくった高本氏。

考え続ける姿勢と不断の挑戦によって創られる新たな価値が、印刷産業の明るい未来を伺わせてくれた。

「octpath」ウェブサイト
ゲームの企画・製作はもちろん、世界各国への流通もサポートする「octpath」。若手社員が中心となって新たなビジネスを創出中。

イベント概要

デジタル時代の「残る紙」と「消える紙」印刷屋が考える未来戦略
クリエイティブサロン Vol.214 高本隆彦氏

急速にデジタル化する世の中でも「残る紙」は存在すると信じ、それを探し続け、ひとつの解として「トレーディングカード」に魅力を感じ事業として取り組む。最初は、一生懸命スポーツする子供たち(我が子)のカッコイイ姿をカードにすることを思いつき事業化。その後、トレーディングカードゲーム事業に取り組むが大失敗。日本で売れ残ったカードゲームをフランス・パリのオタクイベントに出展してヨーロッパで認められるようになり、翌年アメリカへ進出。いきなり全米カードゲームランキングの第4位にランクイン。その成功の後……。

開催日:2021年10月14日(木)

高本隆彦氏(たかもと たかひろ)

大興印刷株式会社 代表取締役1970年、祖父の代から印刷を営む家庭の末っ子次男として大阪市生野区で生まれる。25年前に親父と兄貴が大喧嘩し、家業の大興印刷を継ぐことになる。「印刷屋の一番のお客様は印刷屋」と言われる業界で請負仕事から脱却し、自立できるインディペンデントな会社をめざし七転八倒中。豊かなコミュニケーション活動を通じて相互理解を深め、お互いの良心を育むことのできる仕事をめざしている。

https://www.daiko-printing.co.jp/
https://happypano.work/vr/DAIKO_PRINTING-KOBE/tour.html
http://www.fowtcg.com/

高本隆彦氏

公開:
取材・文:山下満子氏

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