地元・枚方市を拠点に、クリエイティブと地域社会の媒介役となりたい
クリエイティブサロン Vol.211 佐原和行氏

2021年6月、京阪枚方市駅、蔦屋書店が運営する商業施設・枚方T-SITE内にBUSINESS TERRACE & Lab.(ビジネステラス・アンド・ラボ)がオープンした。運営するのは北大阪商工会議所。そのネーミングとロゴ制作をしたのが、バイカイデザイン株式会社代表・佐原和行さんだ。「地元にクリエイティブの力を届けたいという、独立当初の想いが発揮できる場所に出逢えた」と佐原さん。枚方市でデザイン事務所を構えてまもなく10年となる佐原さんに、これまでの経緯と、今後の展望を語っていただいた。

佐原和行氏

パンクロックとプロレスとモーニング娘。そのココロは?

「愛の伝道師」「青春こじらせおじさん」。冒頭から、スクリーンに何やら怪しげな言葉が映し出される。中には「サハラ(佐原)教」という言葉まで。これらは、かつての仕事仲間たちが敬愛の意を込めて佐原さんに向けた言葉。「何のために制作しているのか?」と、仕事の本質を問い、チーム内にミスが発生すると「案件に対する愛が足りないからではないか?」と、仕事への向き合い方を正す。理想を語り、小さなことに感動し、時に涙する。「熱い人を通り越して、暑苦しいって思われていたんですね」と笑う佐原さん。年齢を重ねても、本質と向き合う仕事への姿勢は変わらない。

好きなものは、パンクロックとプロレスとモーニング娘。一見、何の脈略もなさそうなものにも、佐原さんによると、ちゃんと共通点がある。

「パンクロックには、パッションとエネルギーが凝縮されている。第一印象のインパクトがすごいんです。プロレスは受けの美学。足の引っ張り合いが多い世の中で、プロレスは真逆です。強い者が全力で受け止めて、弱い者を光らせてくれる。こんなに愛のある格闘技はないですね。そしてパッションと受けの美学の2つをかけ合わせたものが、モーニング娘。だと思っています。共通するのは、最初に見た時にガツンと心に響く衝撃ですね。これって、クリエイティブにも大事な要素。自分の仕事もそうなっているのだろうかと、いつも自問自答するのです」

冒頭から話に魅了される参加者たち。確かに、第一印象のインパクトは抜群だ。

図工の時間に褒められたこと。それがデザイナーの道に

生まれは石川県七尾市。自然豊かな能登半島の地で幼少期を過ごし、小学校5年生のときに大阪へ転居した。そこで今の仕事に通じる、忘れられないできごとがあったという。

「図工の時間に描いた絵を、担任の先生に褒められたんです。それがとても嬉しくて、子ども心に“自分が得意なことは絵を描くこと”という小さな自信が芽生えました。その自信は私をデザイナーという職業へと導き、今日、こうしてみなさんの前で話している。先生が私のいいところを見落とさずに指し示してくださったことに感謝すると同時に、私もまた、お客様のいいところ、訴求すべきポイントを見落とさずにいたいと思うのです」

その後、地域の中学、高校で学び、デザイン専門学校に進学した。2001年に卒業。大阪市内の印刷業を主体とするデザイン会社へ就職した。そこでは、当時まだアナログによる製版作業が行われていたという。

「DTPに完全移行する最後の時代でしたね。文字や図版を手で切り貼りした経験は、今でも役に立っていると感じます」と佐原さん。規模がそれほど大きな会社ではなかったため、時には佐原さん自身が営業に出かけ、印刷・製本工場などに通い、人との対話の中で現場を知ることの大切さを知った。自らを「現場主義・体験主義」と語るのは、当時の経験が元になっているという。

独立当時の仕事部屋
独立当時の自宅四畳半の仕事部屋。ノウハウと想いだけを武器に飛び出したものの、初めから順風満帆とはいかなかった。クライアントのリアルな実情を「察する」ことの重要性に、経営者の立場となって改めて気づかされたという。

コミュニケーションのあり方で現場は変わる

12年間勤務の後、広告制作会社に転職。広告制作やマーケティングコンサルティング、その他の自社事業などを営む会社に、デザイナーとして入社した。そこで仕事をする中で、企画営業・ディレクターという立場に自然と変わっていった。

「営業スタッフ、ライター、デザイナーが、総勢30名ほどいる規模の会社でした。自分よりも力のあるデザイナーたちもたくさんいる。そんな中で、自分が役に立てそうなことは何かと考えると、営業スタッフとデザイナーとのコミュニケーションが円滑になるように動くことだったんです」

大手企業のフランチャイズ加盟店向けマニュアル制作を担当。エンドユーザーの目には触れない地味な制作物。しかしその中には、それまで感じたことのなかった仕事のエッセンスが詰まっていた。

「クライアントの担当者たちは、マニュアルに企業理念を込め、熱い想いを持って制作されていました。その姿を見て、その人たちの力になりたい、喜んでいただきたいと心から思ったのです」

仕事にのめりこむ日々。しかしその中で、私生活ではつらいできごともあった。「自ずと家にいる時間が減り、すれ違いから離婚に至ってしまいました。そのことで、仕事に向き合う姿勢を省みたのです。人のためと言いつつ、結局は自己中心的な考えで仕事をしていたのではないか。仕事や仲間への愛は、独りよがりのものだったのではないか。そして、相手の立場や置かれている環境をもっと想像しよう。そして人の声にもっと耳を傾けようと心がけるようになりました」と、佐原さん。

自分が手がける仕事によって、クライアントのその先にいるエンドユーザーにどんな影響をもたらすのか。よりよい影響を与えるためには、自分はどう動くべきかについて、より深く広い視野で考えるようになった。すると周りの人たちも変わっていったという。

「現場って結局は人間の集まりなんです。人の心が動けば、現場が動く。現場が動けば、そこにいる人たちに、やりがいや喜びが生まれる。コミュニケーションのあり方一つで現場が変わることを実感しました」

BUSINESS TERRACE & Lab.
枚方は音楽・映画のレンタルカルチェアが生まれた聖地。& Lab.は、そこから生まれる新しい文化。かかわる全ての人に、それぞれの「&」が見つかる。そんな場所を北大阪商工会議所の方々と創り上げていきたいと語る。

独立。そして危機から生まれた出会い

4年間の勤務を経て、2012年に独立。バイカイデザインが誕生した。自分がこれまでやってきたこと、そしてこれからやりたいことは、クライアントの抱える課題に対し、デザインの力で解決に近づけること。クライアントと社会との間に立つ「媒介役」になるという想いを込めた。そして、これまで培ったクリエイティブのノウハウを、地域の企業や店舗にも生かしたいと考え、地元・枚方市の自宅に事務所を構えた。

「先の見えないままの出発でした。何とかなるはずという根拠のない確信を持っていたのですが、無謀ですよね。その確信は2年目に崩れ、お金に困ることになってしまいました。その時に救ってくれたのが公庫による金融支援。それが北大阪商工会議所とメビックにつながるきっかけとなりました。つらい経験でしたが、そのことがあったからこそ、後に& Lab.の立ち上げにもかかわることができた。創業時に描いていた夢、地元のまちにクリエイティブの力を届けるための拠点にたどり着けたのです。使命感を感じますね」

転機の一つとなった仕事が、箕面市の洋菓子店・株式会社デリチュースの案件だ。前々職のアナログ作業時代に培ったノウハウで、商品パッケージを設計し、サンプルを手づくりしてプレゼンしたことをきっかけに、仕事が広がっていったという。

「オーナーシェフのものづくりに対する姿勢、お人柄に惚れ込みました。何か一つのものごとを続けてきた人は、必ず“言葉”、つまり哲学を持っています。それをクリエイティブの力でかたちにしたい。その想いが通じたのでしょうか。その後、さまざまな商品のパッケージやロゴ、書籍、展示会の出展ブース、百貨店のファサードなどを手がけさせていただきました。トータルでプロデュースできたことは、一つの自信につながりました」

デリチュースのパッケージなど
開拓心の強いデリチュースのオーナーシェフに刺激を受けながら、様々なデザインに協働で取り組んだ。「ブランディング」について、現場で実体験として学ばせていただいた貴重でかけがえのない時間だったと振り返る。

クリエイターは毎日がオリンピック

そして2021年6月、北大阪地域(枚方・寝屋川・交野)で活動するクリエイターと事業者が出会い、新たなビジネスやコミュニティを生み出す拠点・BUSINESS TERRACE & Lab.が誕生した。テラスという名の通り、ゆるやかに間仕切られたオープンなスペース。女性起業家やマイクロDXの支援なども行う。 「“&”が増えていく場所というイメージなんです」と佐原さんは語る。「閉ざされた会議室ではなく、人々が行き交う生活の中にこの場所がある。いろんな人、モノ、コトが有機的につながって、いつも“何か”が生まれるポテンシャルを持つ場所です。遠回りはしたものの、思い描いていた理想の場所がようやく見つかりました」

2022年で独立10年。これからの使命は、まだ「クリエイティブのすごさ」に出会っていない人たちに、それを届けることだと語る。

「 “すごさ”というのは、クリエイティブが持つ力のこと。まだ出会えていない企業や個人の方々に、その力を届けたいと思うんです。自分の会社やお店の特長や理念が、デザインやコピーで表現される。それを見たときの衝撃や感動を味わってほしい。そしてそれによって、例えば売上げが伸びたり、社内のコミュニケーションがよくなったり、従業員の意識が変化したりと、新たな価値が生まれることも実感してほしい。働く人たちが元気になれば、まちも元気になっていきますよね」。サロン終盤に向けて、口調は徐々に熱くなる。

「僕、思うんです。我々クリエイターをはじめ、お商売に携わる人たちはみんな、毎日がオリンピックだって。僕たちは日々、情熱と命をかけて仕事をしているでしょう?……あ、こんなことを語り出すと、また暑苦しいって言われますね」と笑う佐原さん。第一印象どころか、話は最後までインパクト抜群。サロンが終わる頃、参加者たちはすっかり「サハラ教」に魅了されていた。

イベント風景

イベント概要

「現場」で育まれる、クリエイティブの価値と私
クリエイティブサロン Vol.211 佐原和行氏

今年で46歳、業界26年目を迎える一人会社の中年クリエイターではありますが、未だに発見と驚き、ドキドキとワクワクにたくさん出会います。出会いの「現場」は、ご依頼いただく案件、クライアントさん、そこに働く人、まつわる人たちの数だけあって、さらにその数と同じだけ「クリエイティブの価値」も存在していて。それはイコール、私たちの存在意義でもあるのかなぁ……と今更ながら実感しているところです。少し肩の力が抜けてきた今だからこそ語れる現場での体験談(失敗談?)。“現場に生かされている”自分自身をバカ正直に現在進行形でお話しできればと思います。みなさんにとって、何かしらの価値が育まれる「現場」になれるとうれしいです。

開催日:2021年9月13日(月)

佐原和行氏(さはら かずゆき)

バイカイデザイン株式会社 代表取締役

1975年、石川県七尾市生まれ。大阪デザイナー専門学校を卒業後、1996年に大阪市内の印刷会社にデザイナーとして入社。版下・写植のギリギリ世代。少人数制の現場で案件の受注から企画・デザイン・印刷・製本・納品まで、すべての工程に携わりながら約12年間勤務。2009年、自社事業も展開する企画制作会社に入社。クリエイティブデイレクターとして約4年間勤務。コミュニケーションの大切さや仕事の意義について深く向き合い考える濃密な時間を過ごす。2012年、バイカイデザイン開業。2018年には、株式会社として新たな船出を迎え、「現場が動く」クリエイティブのチカラに魅了されながら今に至る。

https://baikai-design.jp/

佐原和行氏

公開:
取材・文:岩村彩氏(株式会社ランデザイン

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。