人生観が変わる体験を通して気づいたこと、悟ったこと。
クリエイティブサロン Vol.194 小松有紀氏

会社員時代の経験から建築に興味をもったという小松さん。失業保険を申請するため訪れたハローワークで、職業訓練校の存在を知り建築設計を学ぶ。ヨーロッパ15か国を歴訪したあと設計事務所や工務店で経験を積んだ。そして独立、仲間の離反などを経て、現在のワークスタイルにたどり着いた軌跡を語っていただいた。

小松有紀氏

営業職を辞めたあと職業訓練で建築業界へ

大学を卒業した後、誰もが一度は社名を聞いたことがある教育関連の会社に就職。営業職として勤務した。はじめは慣れなかったが、最終的には同期入社の中でトップクラスの成績を収め、入社後1年で退職。その後、失業保険の受給申請をするために訪れたハローワークで、職業訓練校の存在を知る。

たまたま前職でも少し関係のあった建築設計科を見つけ、1年間通うことにした。これが建築業界へ足を踏み入れるきっかけになった。だが、訓練校で学んでいくうちに、小松さんは建築って、とてつもなく奥が深い世界なんだと気付く。「当時高校の同級生が、建築家をめざして高専から大学へ進み、大学院で学んでいました。自分は訓練校で勉強しても、5年以上の差がついている。追いつけるわけがない」

だったら、これからどうしようかと思い悩んでいたとき、安藤忠雄著『建築に夢をみた』(NHKライブラリー)に出会う。「読んで、心が震えました。安藤さんは独学で建築を学んで、世界のトップになった人です。海外渡航が解禁になって間もなくの1960年代後半に、100万円をもってヨーロッパを歴訪しています。ふと自分の通帳を開いたら、112万円入っているじゃないですか。自分も安藤さんと同じ大阪出身だし、これは行くしかないと(笑)」

準備に2~3カ月かけ、小松さんは本当にヨーロッパ歴訪の旅に出た。はじめにイギリスへ渡り、ドーバー海峡を渡ってフランス、ベルギー、オランダ、スペインなどをまわりながら、サグラダ・ファミリアをはじめセントポール大聖堂など、建築の教科書や雑誌に載っているような世界的に知られている近現代建築、教会、博物館などをほぼ見て回った。イタリアではワイン畑で働いたり、ガウディ研究の第一人者に同行している日本人研究者と出会って、特別に案内をしてもらったり、通常では入れない建物でも片言の英語と日本語で交渉したら入れてもらえたりと、多くの奇跡的な出会いや経験をした。「ただ、1年くらい勉強した人間が建物を見てまわっても、感動はするけど、建築の実力がつくわけじゃありません。それより旅で得たものは自分と向き合う力であり、考える力であり、生きる力でした」

ヨーロッパ歴訪の写真
「本物の建築が知りたい」と、ヨーロッパ15ヶ国を回った。
写真左上より:サグラダ・ファミリア(スペイン)/ ワイン畑のオーナーと(イタリア)/ サントリーニ島(ギリシャ)/ ル・ランシーのノートルダム教会(フランス)

親友の離反、そして新地封鎖事件

小松さんは帰国したあと、設計事務所や工務店で働きながら2級建築士の資格、施工や図面の引き方を習得。2008年にイクシージャパンを設立した。代表は小松さんで、不動産会社に勤めていた親友が後に合流した。建築をやっていた小松さんと不動産をやっていた親友で「建築と不動産を融合」をコンセプトにスタートさせ、後に広報担当者も雇って3人体制になった。デザインとファイナンスを武器に顧客を増やし、6年間で700件ほどの物件をこなした。「平均すると3~4日に1件やっていることになるわけですね。ろくに寝る暇がない。いつも疲れていました」

6年が経ったとき、2人から「独立したい」と切り出された。男なら独立したい気持ちは分かる。だが、小松さんはまだ、2人の本音に気付いていなかった。「あとで分かるんです。目の前の仕事をひたすらこなすだけで、心身の疲れがそろそろ限界にきていた。会社として先が見えず、体制が改善されないまま、こんな仕事のやり方をいつまで続けるんだということですね。結局、僕は経営者になれていなかったんです」。自分の非を認め、2人には少ないながら退職金を渡して送り出した。

1人になってから、北新地にあるビルの内装工事を請け負った。その作業中、溶接の火花が配線に燃え移った。初期消火に失敗し、消防車15台が駆けつける騒ぎになった。小松さんはそれを自虐気味に「新地封鎖事件」と呼ぶ。
「この時期は仕事においてもプライベートにおいても全てがうまくいかず、死が頭をよぎるほど、本当にどん底の日々でした」

それでも踏ん張れたのは、助けてくれる職人や仲間がいたからだという。
「事件の後に職人さんに仕事を発注するでしょ、でも月末になっても請求書があがってこない。僕が電話しても『出すの忘れてた』とかいってわざと出さないんですよ。また、噂を聞いた仕事仲間が、大切な自分の仕事を振ってくれたので会社を潰さずに済みました。会社の資金も自分の蓄えも人も失ったとき、やっと気づくわけです。すべては人であり、繋がりなんだと。生産性とか効率をあげても、人は幸せになれない。今まで自分が切り捨ててきた、目に見えないこと、意味のないと思えること、役に立たないようなこと、面倒で効率が悪いこと、そんなことこそ大切なのではないかと。今、すべてを一から見直し、本質を見極めなければ自分の先はないと思いました」

人の繋がりを大切にしようと決意

親友でさえ、何もいえない環境をつくってしまった。「仕事=働く」って、人と人とが助け合って関係性をつくっていくはずなのに、何か違う気がする。だから自分と向き合う、人と向き合う、社会と向き合うことを、ひとつひとつ丁寧に「今」やらないと、人としてダメになってしまいそうな危機感を覚えた。考え抜いて、会社も自分の考え方も根本から変えるべく、会社のコンセプトを「関係性を大切にし、プロセスをデザインする」ことに落とし込んだ。自分の立ち位置として、既存のリフォーム会社やリノベーション会社、あるいは建築家とは違うポジションを確立しようとしている。

当日の資料

「僕は自分の手掛けた物件において、作品性はなくてよいと思っています。無色透明でありながら、お客様の色に染まる存在であればいい。最終的にお客さん自身が『自分にとって特別なもの』とか『私の家だ』と思ってもらえたら、それで満足」

小松さんは「パーソナルリノベーション」と「デザインマネジメント」という、2つの軸を大事にしている。

「パーソナルリノベーション」を簡単にいうと、お客さんにも考えてもらってプロと一緒につくりあげていくこと。なぜなら何百万円も出してそこに住むのは、お客さん自身だから。たとえば壁に貼るクロスのサンプルをどっさり渡して「ここから選んでください」といっても、そもそも知識のない人は選ぶ基準をもっていない。だから「何が分からないか」を一緒に考えていきましょうということ。
つくることがゴールではなくプロセスそのものがゴールであり、お客様自身がそこで暮らし生きていくことを目的としている。

「デザインマネジメント」は、感情と理論という、相反する価値観をいかに融合させるか。それが建築の本質でもあるという。小松さんが考えているのは、建築をするうえで欠かせないとされる6要素、「情報・機能・品質・意匠・費用・時間」をバランスよく融合させること。

当日の資料

建築家やデザイナーは時間と費用のデザインが苦手だが、工務店や施工業者はそれが得意とか、それぞれの弱みと強みを知れば選択肢が広がる。「大切なことは全体を理解したうえで自分の強みをどう生かして、いい空間をつくるかを考えること。答えは一つではなく、たくさんある。どれが正しいかではなく、それぞれが能力を発揮し、役割を果たせる環境をつくりあげることが重要なんです」

そして最後に「どんな仕事も1人で完結できる仕事はない。建築は、設計士だけでなく、大工さん、電気屋さん、左官屋さんなどの職人さんはもちろん、クライアントであるお客様の協力なしでは成り立たない。良い空間をつくるという目的を達成するために、それぞれが自分の能力や役割を理解し、足りない部分はその能力をもっている人と一緒にコラボして良いものをつくる。それこそまさに、メビックがめざしてきたクリエイティブクラスターそのものではないでしょうか」と締めくくった。

イベント風景

イベント概要

生き抜くことこそクリエイティブ
クリエイティブサロン Vol.194 小松有紀氏

恐ろしいほど無知で何もないところからはじめ、情報に振り回されながらもがき、あらがい、失敗を繰り返す中でようやく見えてきた自分の役割。リノベーションという手段であり仕事を通して自分と向き合い、人と向き合い、社会と向き合い生きていく中で見つけた僕なりの仕事の仕方。そして、デザイン、マネジメント、関係性についてお話しできればと思います。

開催日:2021年2月9日(火)

小松有紀氏(こまつ ゆうき)

株式会社イクシージャパン 代表
建築カタリスト / リノベコンサルタント / 2級建築士

一般大学卒業後、大手教育会社に就職するも1年で退職。職業訓練校で1年間建築に触れ、その後、100万円を握りしめ欧州建築の旅へ。帰国後、独学で建築・デザインを学び店舗設計、設計事務所、工務店を経て独立。小さなリフォームからリノベーションまで約13年間で900件以上の物件を手掛ける。現在、リノベーションとデザインマネジメントを融合したパーソナルリノベーションという独自の手法を使い、ヒト・モノの力を引き出し、暮らし方の提案から経営の課題解決までおこなっている。

https://www.exi-japan.com/

小松有紀氏

公開:
取材・文:平藤清刀氏(Writing office 創稿舎

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