「出会い」が気づく力を磨き、「気づき」が新たな価値生み出す。
クリエイティブサロン Vol.188 鈴木康祐氏

今回で188回目を迎えたクリエイティブサロン。ゲストスピーカーは、家具や雑貨など幅広い分野のプロダクトデザイナーであり、ブランディングから販路開拓までトータルに仕掛けるクリエティブディレクターでもある鈴木康祐さん。その人生の岐路にはいつも「出会い」があり、そこでの「気づき」が豊かなモノづくりにつながってきたという半生を振り返り、自らのクリエイティブの源泉を探った。

鈴木康祐氏

絵を描く事に夢中になった祖父との想い出

物心が付く前から、母方の祖父・亀吉さんの家によく遊びに行っていたという鈴木さん。亀吉さんの仕事は、今で言うデザイナー。家には彼が描いたデッサン画が飾られていて、その立体的でリアルな描写に幼い鈴木さんは知らず知らず惹き込まれていたと話す。

「祖父は毎回、これの絵を描いてみろと何かひとつモチーフを出してくれました。褒められるのが嬉しくて、どんどん描いていくわけです。そうすると、描けば描くほど上手くなって、自分でも楽しくなっていきましたね。思えば、この時期が自分にとっての原体験。その後の人生に繋がる、ひとつの大きな出会いだったと思います」

その後、絵を得意にしながらも普通の学生時代を過ごし、成長していった鈴木さん。改めて自分の好きな世界に向き合ったのが、進路を決めるギリギリの高校3年生の夏だ。

「理系を選択していたものの、その先にある将来が全然イメージできなくて、何もワクワクしなかった」という鈴木さんの胸に、ふとよぎったのが祖父・亀吉さんと過ごした子ども時代。絵を描く事が本当に楽しかったという感情が一気に蘇り、芸術大学への進学を決意する。

作品
中川鉄工の技術力と鈴木氏のデザイン力とのコラボより誕生した、日本酒が滴り落ちる様の酒器「shitatari」。

「なぜ?」という想いが、渡欧へと突き動かした

大学ではプロダクトデザイン学科を専攻。1年生の時、友人から誘われたのが、ヘルシンキ、ロンドン、パリの3箇所を1週間で巡る海外デザイン研修だった。

「僕にとって生まれて初めての海外でしたが、歴史的な建築物や有名な場所よりも、つい目がいくのは通り道や床のデザイン、マクドナルドの佇まいなど、何でもない普通の風景。なかでも、なぜかトイレに夢中になって、持参したカメラで何枚も撮影しましたね」

もうひとつ、この旅の想い出として強烈に印象に残ったのが、近代から現代のあらゆるプロダクトデザインをコレクションしたロンドンの「デザインミュージアム」だ。授業のテキストとして愛読していた、ヴィトラ・デザイン・ミュージアムの『いす100のかたち』。そこに掲載されていた椅子が目の前に展示されていた。実際に手で触れ肌で感じることで、写真だけでは分からなかったたくさんの気づきがあったという。

その後、ゼミ研究の一環として1000脚以上の椅子をデータ化しCD-ROMに収めるなかで、デンマーク生まれの家具デザイナー、Poul Kjærholm(ポール・ケアホルム)が鈴木さんの心を強くとらえる。彼の作品PK20、PK22と呼ばれる椅子を見た時の衝撃。「構造、洗練されたフォルム、座り心地、すべてに心酔した」という鈴木さんのなかに、「なぜ、魅力的なデザインはヨーロッパで生まれているんだろう」という、漠然と、しかし大きな疑問が胸のなかに生まれたという。

そんな想いを抱えながらも、大学卒業後、北欧や南欧の輸入家具を扱う商社である株式会社BeZONEに入社。この会社を選んだのも、ポール・ケアホルムの家具を扱っていたからに他ならない。さらにここで、鈴木さんの人生を変えるもう一つの出会いがあった。「INNOVATION Cチェア」を発表したスウェーデンのデザイナー、Fredrik Mattson(フレドリック・マトソン)だ。「座る方向性にとらわれない」という自由な発想力に強い衝撃を受けると同時に、ずっと胸のなかにくすぶり続けてきた「魅力的なデザインはなぜ北欧から生まれるのか」という、想いが大きく再燃。30歳にして単身日本を出て、デンマークへ渡ることを決意する。

いくつもの「出会い」から、多くの「気づき」へ

「いつか絶対に北欧へ行く」と思い立った時から、その想いを周囲に告げていた鈴木さん。イタリアで、ファッションデザイナーのPierangelo D’Agostin(ピエランジェロ・ダゴスティン)氏のもとで働いていた友人の小出真人氏から「一度こちらに来ないか」と誘いを受けBiella(ビエッラ)の街へ。小出氏とともに国際家具見本市「ミラノサローネ」を視察したり、豊かな自然に包まれた城のようなピエランジェロ氏のアトリエを訪問したりとしばしの休息を満喫する。

次に、英語に慣れるため、英国・マンチェスターの語学学校に約3ヶ月間入学。さまざまな国から集まってきた人々と出会い、その後、いよいよデンマークに入国する。

一軒目に訪れたのは、BeZONE勤務時代に知り合った家具デザイナーHans Sandgren Jakobsen(ハンス・サンガイン・ヤコブセン)。デンマーク北部に位置するGrenaa(グレーノ)にある事務所で、約半年間アシスタントデザイナーを勤めた後、首都・コペンハーゲンへと向かう。

オフィス風景
グレーノにあるハンス・サンガイン・ヤコブセン氏のオフィス。ここで半年間、アシスタントとして経験を積む。

「気になる事務所をマークした地図を片手に、片っ端から廻りました。ほとんどが門前払いのなか、手を差し伸べ受け入れてくれたのは、やはりBeZONE時代につながりのあったKomplot Design(コンプロット・デザイン)。彼らの最新技術を取り入れたデザインプロセスへの自由なアプローチは、本当に多くのことを学ばせてくれましたね」

また、デンマークの街にあふれる豊かなデザインも鈴木さんを驚かせた。「クラシックとモダンが混在し、自然も豊か。何より、環境先進国として循環型社会システムがしっかりと整備されていて、街中のリサイクルボックスにも考え抜かれたデザインが施されている」

ポール・クリスチャンセン氏、鈴木氏
コンプロット・デザインのPoul Christiansen(ポール・クリスチャンセン)氏(左)と鈴木さん(右)。日本文化と最新技術を取り入れたデザインに感銘を受ける。

魅力的なデザインと出会うたびに感じた不思議な落ち着き。そこに、鈴木さんは日本との共通点を見出すと同時に、「居心地が良い空間」「楽しい時間」を表すHygge(ヒュッゲ)というデンマーク独自の文化が息づいていると確信する。

「特に、印象的だったのが『フォルケホイスコーレ』という独自の教育システムです。17.5歳以上であれば、国籍・人種・宗教を問わず誰でも入学できて、試験や成績評価などは一切なし。多様な価値観に触れながらさまざまなジャンルを学ぶことができる環境が、自由なアイデアや発想力を磨いていくのだと思いますね」

イタリアとデンマークで過ごした約1年半。それは、鈴木さん自身の気づくチカラを養った、貴重な学びの時間でもあったと振り返る。

常識”に納得するな、すべてを疑え

帰国した鈴木さんは、イタリア滞在時に出会ったピエランジェロ氏からの依頼を受け、すぐまた渡欧。3ヶ月間滞在し、『スタンダードな伝統スタイルと最新の素材・技術の融合』をコンセプトに、靴とカバンのプロダクトに打ち込む。この経験を踏まえ、帰国後、仲間と共に「Made in Me Project」をスタート。自由に自己表現できる透明のカバンのプロダクトからブランディング、販路開拓まで一貫して行い、現在の事業のベースを築き挙げた。

「Made in Me Project」ロゴ
イタリアで活動していた友人、小出真人氏・梓氏とスタートした「Made in Me Project」。生活の可能性を広げるプロダクトを展開する。

さまざまな出会いと経験を通して、鈴木さんが思うことは3つ。それは、「当たり前」はひとつもなく、人の数だけ「解釈」や「世界」がある。人・環境の数だけ「気づき」がある。自分の感度によって「気づきの精度」が変わるということだ。

そんな鈴木さんの最近のプロダクトのひとつが、水滴のようなフォルムが美しいステンレス酒器「shitatari」。クライアントである中川鉄工株式会社の切削技術を活かす製品として考えられたこの器は、鉄工所が長年培ってきた技と、古から伝わる日本酒の伝統製法が出会い生み出されたもの。日本酒が滴り落ちる一瞬を見事に表現する。そのほか、人の「座る・リラックスする」という動作に着目した「Switch chair」、ユーザー自身が座面素材をカスタマイズできるコンクリート製ベンチ「Solid+」など、鈴木さんのプロダクトには、異なる物語や価値観と「出会う」ことで、新たな「気づき」から生まれるアイデアが生きている。

「大切なのは、当たり前とか常識に納得しない、“なんで?”という疑問や反発する気持ち」と語る鈴木さん。「なぜ、紙の色は白が大前提なんだろう?……そんな素朴な疑問の先に、新しい切り口や素材、技術が生まれるかもしれない」

彼のクリエイティブの源泉は、何にも捕らわれない無垢で自由な心にこそあるのだろう。

イベント風景

イベント概要

日本→イタリア→デンマーク→日本
移住して得た、それぞれの「出会い」と「気付き」
クリエイティブサロン Vol.188 鈴木康祐氏

当たり前のように日本で生まれ育ち、一時期日本から離れ海外に住み、帰国してから今まで様々な人たちと出会ってきました。そもそも「当たり前」ということと、「出会い」がいかに重要な「気付き」を与えてくれる「貴重」なことかをお話できればと思います。様々な出会いからどういったきっかけでプロジェクトに携わることになったのか、またデザインのヒントになった裏話など、デザインしたプロダクトの現物も見ていただきながらお話しします。皆様にとって、少しでも何かの「気付き」のヒントになれば幸いです。

開催日:2020年12月4日(金)

鈴木康祐氏(すずき こうすけ)

Breath.Design
プロダクトデザイナー / クリエイティブディレクター

20代の頃日本で就職した後、デンマーク・イタリアに渡欧しデザイン活動をした後、帰国。2012年、仲間と共にデザインチームを発足。2016年、デザインオフィス「Breath.Design」設立。大阪を拠点とし商品開発、ブランディング、販路開拓の三事業をトータルにサポートする。「まずは一人の笑顔の為に。そして丁寧に。結果少しずつでも笑顔になる人が増えるような『モノ・コト』をデザイン」を信条に、生活用品・家具・雑貨・服飾・電化製品などのプロダクトデザイン、ロゴ・パッケージ・パンフ・Webデザインディレクションなどのグラフィックデザインを様々な観点から見つめ直して提案している。

https://www.breathdesign.info/

鈴木康祐氏

公開:
取材・文:山下満子氏

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。