多様性の時代の付加価値を創造した「ロジカルな思考」
クリエイティブサロン Vol.181 田中慎一氏

181回目のクリエイティブサロンのゲストは、プロダクトデザイナーでありインテリアデザイナーでもあるKnowledge Base Designの田中慎一氏。

大学卒業後の就職、ロンドンへの留学、帰国後の就職、そして独立……それぞれの出来事を自らの成長につなげてきた田中氏に、「ロンドンから帰国してやってきたこと」をテーマに語ってもらった。

田中慎一氏

「デザイン」という世界共通言語を海外で学びたい

大阪芸術大学環境デザイン学科で学んでいた田中氏。在学中に応募した産学協同のコンペに優勝したことが、クリエイティブな世界で働くきっかけとなった。このコンペの審査員だった株式会社infixの間宮吉彦氏から声が掛かり、初の新卒採用のひとりとして入社することに。

社会人として働きだしてさまざまな仕事に携わったものの、1年ほどで体調を崩して退社することになってしまう。

「体調を崩した理由を自己分析してみると、目標もなく毎日仕事オンリーで漫然と過ごしていたところにあるんじゃないか、と。自分は目標を立てないと前に進めない人間なんだと認識して『海外留学』という目標を定めました」

日本以外の国でデザインという世界共通言語を学ぶことが、自分のプラスになると考えたのだ。留学先として定めたのは、ロンドンにある大学院。そして資金確保のために外資系企業のコールセンターで1年ほど働いた後、ロンドンへ旅立った。

留学時代の写真

大きな学びを得た海外留学

ロンドン留学は3年間の予定だった。そのスケジュールは最初の1年で語学学校に通い、2年目は大学院で学び、3年目は各地を周遊しながら最終的にロンドンで就職先を探す、というもの。

まず1年目は英語の勉強。一般会話とは異なるアカデミックな英語と、ディスカッションで負けない会話力を学ぶことに。最終試験を突破できないと日本に強制帰国させられるので必死だったが、一緒に勉強していたアジアやアラブ諸国をはじめとする非英語圏の国々の人たちともすぐ友人となり、生活自体は楽しかったという。

無事試験に合格し、ようやく2年目から大学院で学びはじめた。しかし、授業初日に待ち受けていたのは「君たちは卒業まで1年しかない。今すぐ論文テーマを決めて、構成を考えよ」という海外の大学院ならではの洗礼だった。

論文作成は、毎日ダメ出しと書き直しの連続。日本の大学院とは異なるハードなスタイルに苦労が絶えなかったが、その分学びも多かった。特に、隅々まで論理的に考えてデザインする「ロジカルな考え方」と、いかにして自分の意図や狙いを正しく伝えるかという「ビジュアルコミュニケーション」の2点は、今も仕事を進める上で役立っているという。

無事大学院を卒業したあとの最後の1年は、多様な人や文化に触れようとイギリス国内やヨーロッパ各国を旅した。最終的にイギリスで就職活動も行う予定だったが、諸事情により日本に帰国して就職先を探すことに。

「ロジカルに整理して物事をシンプルに考える思考スタイルが身につき、異なる言語でコミュニケーションするのがシンプル思考につながることも知れた。さらに、慣れない外国生活でいろいろなトラブルに遭ったことで、良い塩梅の“いい加減さ”も身につきました。得たものが大きい留学にできた」という言葉が印象的だった。

「Texture Cards」

日本の中小企業を「デザイン」で変えた

日本に帰国した田中氏は、就職先に対して「企画段階からデザイナーが関われること」や「5年後の独立に了承もらえること」など、8つの厳しい条件を自ら定めた。「ひとつぐらい妥協する必要があるかも……」と考えていたが、すべての条件に合う会社を一社だけ発見し、見事その会社への入社を決めた。

入社した森田アルミ工業株式会社は、アルミ金属加工をメインとする製造業の会社。最初のミッションは、主力製品を小型化した新製品の開発だった。当初はひとりで開発を担当する予定だったが、素材や顧客ニーズに関しては素人同然。そこで、部署横断プロジェクトチームの立ち上げを提案し、他部署の人々も参画する開発体制を構築した。そして、3年の期間を掛けて新製品「STOK laundry」が誕生。企画からブランディングまで全工程に参画し、海外のプロダクトデザイン賞を受賞するなど高い評価を得た。同時に自社ブランディングにも携わり、会社をデザインで変えた。

2017年、ついに独立してKnowledge Base Designを設立したが、独立直後だけにクライアントも仕事もゼロ。そこでinfix時代の上司に相談し、高級食パン専門店の内装インテリアデザインの仕事を手伝わせてもらうことに。要件と機能を両立させるべく細部まで知恵を絞ったデザインは、建築系雑誌に紹介されるなど評判を呼んだ。

その後も自分が望むプロダクトデザインの依頼がなかなか届かないことに一念発起。自主企画の作品を作ろうと考え、生まれたのがマドラーとして使える砂糖袋「パドルシュガー」だ。マドラーと砂糖袋が一体化したパドルシュガーを使えば、ゴミの量が半分で済む。いつも通りに使うだけで環境保護に貢献できる、という姿を意識してデザインした。

「GOLDBLU lamp series」

人脈やネットワークを活かして仕事をする

こうして着実に実績を積み重ねていた田中氏にとって、大きな転機となったのが共同で出展した香港での展示会だ。あるメーカーブースを担当した田中氏は、同じブースを担当した複数のメンバーと意気投合し、新しい「何か」を生み出そうという取り組みを試みることに。それが「GLC」というユニットで、中小企業のものづくりをトータルサポートする活動は現在も続いている。

また、田中氏のプロダクト開発は新たな段階に進んでいる。

「Texture Cards」は、凹凸の触感だけでカードを読み取って遊ぶことができるトランプ。将来は障害者施設で製造することで新たな付加価値をプラスして販売しようと、今なお試行錯誤を重ねている。

さらに金箔を使ったランプ「GOLDBLU lamp series」は、金沢産金箔でしか創れないものを追求する中で生まれたランプだ。

トランプやランプの製造開発は、GLCの仲間やメビックで出会った企業とのコラボレーションにより実現したもの。人との出会いが製品化や仕事につながったことで、新しい試みやその実現のために人脈やネットワークを重視するようになったという。

最後に、自らのキャリアを振り返って語った「ジェンダーや人種、宗教など、さまざまな多様性を認知する時代から、多様性に敬意を払う時代になりつつあります。だからこそ、コンテクスト(背景)を大切にしたい。デザインを通してコンテクストを伝えられるよう努力していきます」という言葉に、田中氏が今後クリエイターとして向かう方向を明確に感じた。

イベント風景

イベント概要

ロンドンから帰国してやってきたこと
クリエイティブサロン Vol.181 田中慎一氏

日本に帰国して気がつくと8年が経っていました。人生、人それぞれですが、公私共に様々な出来事があったこの期間をお話しすることで何か皆様の気づきに繋がればと思います。
大学院生含め約3年のロンドンライフを紹介しつつ、帰国後会社員として携わったプロジェクト、独立して携わったクライアントワーク、個人でのオリジナルワークなど、インテリアとプロダクトをメインにお話しいたします。また一部プロダクトは実際に実物を見ていただきながら、デザインプロセスや裏話などを紹介いたします。

開催日:2020年10月7日(水)

田中慎一氏(たなか しんいち)

Knowledge Base Design
プロダクトデザイナー / インテリアデザイナー

1983年京都生まれの神戸育ち。 2007年に大阪芸術大学で環境デザインの学士号を取得し、アシスタントデザイナーとしてインテリアデザイン事務所に勤務。その後渡英し、ロンドン・メトロポリタン大学で大学院生として、最先端のモノづくり技術・ビジネスとしてのデザインプロセスを学び、2011年にプロダクトデザインの修士号を取得する。大阪芸術大学に在学中、産学協同デザインコンペティションで最優秀賞受賞。またロンドン在住中、国際デザインコンペティションを受賞しミラノのトリエンナーレデザイン美術館にて作品が展示される。日本に帰国後は、大阪の建材メーカーでプロダクトデザイナーとして在籍し、製品だけでなくブランディング戦略やグラフィックなど多岐にわたるプロジェクトのデザイン&ディレクションを務める。2017年に同社を退社し、大阪を拠点にKnowledge Base Design設立。
Good Design賞、iF Design賞、German Design賞など国内外のデザイン賞受賞歴あり。

https://www.knowledgebasedesign.com/

田中慎一氏

公開:
取材・文:中直照氏(株式会社ショートカプチーノ

*掲載内容は、掲載時もしくは取材時の情報に基づいています。